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勇者物語、その後に  作者: 背水 陣
第三章 火の精霊 編
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第二十四話 ~アグニの下へ~

 想像していたよりも、ずっと暑かった。

 なにせ、山道へ続く街道を歩いている時点で、纏わりつくような熱気が押し寄せてくるのだ。


 今、ジルは一人で紅蓮の猛火山(レッドインフェルノ)へ向かっている途中なのである。



 ――――――――数時間前、城下町民宿にて。



 「それじゃ、行ってくるね」


 飲料水を多めに、汗をぬぐうクロスをしっかりと袋に詰めたジルはいつもの出で立ちで、出発の挨拶をジャンヌに告げた。

 当然だが火山は非常に暑いので、出来るだけ薄着が良いのだけれど、不死鳥の間の先は火口を迂回するように降りる道らしく、熱を遮断する材質の衣服でなければ逆に危険なのだ。油断しようものなら、すぐに火傷を負ってしまうそうだ。


 なので、城を発つ前に近衛魔術師から防熱の魔術を衣服に付与してもらっている。ジルが万全ならば自分で出来るの処置であるが、今はそうもいかない。また、腕の封印装具には魔術が効かないので、マントや袖で物理的に隠しながら、進むしかないとのこと。


 「……いってらっしゃい」


 ベッドに腰を掛け、すねた顔をして、ジャンヌは適当に言い放った。開いた足の間に両手を置き、顔をジルに向けず頬を膨らませた格好は、小さな子供のようである。

 ジャンヌとしては、今夜の会合に同席してほしかったから、こんなにむくれているのだ。いくら、外交とはいえど、相手はエドワードだ。少し話をして慣れてはきたけど、まだ苦手意識はぬぐえない。

 ジルさえいれば安心できるのに……。小さく独りごちるが、それはジルの耳には届かなかった。


 「明日には帰ってくるから。きっといい知らせと一緒にさ。それまで待っててよ、ね」

 「……」

 

 機嫌は直りそうにもないので、踵を返し別れの挨拶を交わして部屋を出ていこうとした。

 けれど、ジルの動きは急な牽引力で停止する。何事かと振り返ると、マントの端っこをジャンヌが掴んでいた。


 「……連絡」

 「え?」

 「何かわかったら、すぐ連絡ちょうだい。アグニ様なら、それぐらい出来るでしょ?」

 「……うん。わかったよ」


 保証はないけどね、と付け加えてからジルは笑う。いつもの、ずるい(・・・)彼特有の表情をされては、これ以上拗ねている自分の方がバカみたいだ。そっと手の力を抜いて布を解放する。


 「それじゃ、またね」


 手を上げ、一瞥してから部屋を出ていくジル。足音が過ぎ去り、階段を下りる音が遠ざかっていく。扉の開閉音がしたので、ふと窓の外を見た。真っ直ぐ街道へ向かうジルの後姿が見える。


 影が街の雑踏に溶けて見えなくなると、ふとジャンヌは強烈な孤独感と焦燥感に襲われた。

 魔族と戦うよりも、もっと恐ろしいかもしれない。相手は国王故に、下手ことが出来ないから尚更。冷たい気持ちが心を落ち着かなくさせるので、仕方なくジャンヌは心を無にするため、シーツを頭から被り夢の世界へと逃げることにした。




 ――――――――


 空は緋色と群青色のグラデーションで塗られたキャンパスのようになっていた。せっかちな自己主張をする一番星や、透けるような色合いだった月が金色色に輝いて、世界を照らし出す。

 気温の下がる時間帯にも関わらず、ジルの額には汗がにじんでいた。

 今、彼は登山道の麓に居る。途中で見つけた宿に、顔を出してみると既に話は通っていたらしく丁重な扱いを店主から受けた。

 本来なら、一晩休んで明日の朝にでもアグニと会えばそれ問題はないはずだろう。けれど、ジルには少しでも早く向かわなければならない理由があった。


 まだルアン王国に入って一日も経っていない。到着したその足で、すぐさま登山をしようとしているわけなのだ。ジルも人間なので、当然疲労を感じている。

 しかし、脳裏に浮かぶ不安そうな幼馴染の顔を思い出すと、動かざるを得なかった。いてもたってもいられないのは、どちらも同じなのだ。


 (……そういえば)


 店主に、夜中になるかもしれないがその時によろしくお願いします。

 そう伝えて、険しい道へと臨んだジルは、ふと思ったことがあった。

 

 (こうして、全く別々の行動をするのは初めてかな)


 衝突を重ねて塵となった極小な石の道を踏みしめながら、思考する。


 道そのものの複雑性はない。

 適当に打たれた、鋼鉄の杭を目印としたルートを辿るだけで良いらしく、目視しやすい場所にそれらは存在している。砂利道から、小石の道、大岩だらけの道と少しずつ厳しさを増すことを除けば、さほど時間はかからないだろう。


 (いつも一緒だったもんなあ……。ジャンヌが不安になるのも、仕方ないか)


 小さい頃から、ジルの前にはいつも手を引くジャンヌの笑顔があった。

 悪気もなく、純粋な気持ちで、一緒に居たいから。それだけの理由で、彼女はジルをいつも誘って動いていたのだ。

 そんな心の内が、歪むことなく真っ直ぐに伝わってくるから、彼自身も嫌悪感など一切覚えずにその手を握り返してきた。


 いつしか年を重ね、肉体的、技術的、精神的に成長を経た二人は並列するような関係になっている。実際は、生まれの違いという引け目から、ジルは少しだけ後ろを歩いている気分なのだろうが。ジャンヌは、貴族としての証を得て名実共に横並びになれたと、心底喜んでいる。


 「おっと!」


 少し景色を観よう、と乗った大岩がグラリと傾いた。慌ててジルは別な岩に飛び移って事なきを得る。


 もうすぐ夜の世界に支配されてしまうだろう。

 月明かりの眩しい日で良かったと安堵の息を吐きながら、足を進めた。

 

 「こんばんは」

 「こんばんは。お待ちしておりました、ジル様」


 旅慣れしていたおかげか、太陽が地平線に消える直前には洞窟への入口へ到達出来た。

 想像より天井の低い大口の前には、重装備を施した兵士が経っていた。城の前に居た人と比べても武装は厳重で、顔立ちを見るだけで腕の立つことが即座に理解できる。


 既に件を耳にしていたようで、その衛兵はジルを確認すると一礼してから、この先でしなければならないことの説明を始めた。


 「不死鳥の背中に鍵穴がありますので、こちらを使って中にある三角形の石板を取り出してください」


 厚手の鎧の隙間、鎖帷子の上からぶら下がっている金属チェーンを時間をかけて兵士は取り出す。

 赤い宝玉の嵌ったスケルトンキーだった。ジルが装具の施された右手で受け取ると、燃えるようにゆっくりと点滅していた玉石は、力を失ったかのように暗黒色になる。

 慌てて左手で持つと、また同じように光の胎動を再開してくれた。それだけで、何かしらの魔術が施された特殊な鍵なのだと理解できる。


 「お渡しされた石板はお持ちですか?」

 「ええ、ここに」


 クロスの入っている腰袋から、台形の石板を取り出す。幾何学的な模様が描かれているそれは、一見したところどういうものなのか、さっぱりわからない。

 けれど、山道へ向かう前にエドワード王から直々に賜ったものなのだ。行けばわかる、と言われたので疑問を片隅に追いやりここまで来たものだが。


 「でしたら、先ほど申し上げました石板と繋ぎ合わせて、五芒星の中心部にあてがってください。さすれば、道が開け先へ進めるようになります」

 「わかりました。御勤めご苦労様です。極地での警備とは大変でしょう?」

 「いえ、これも大事な任務ですので。お気遣いなく」


 額から汗ひとつ流してもいない姿をみると、余計なお世話だったのだろう。少し淡白な対応に若干のくすぶりを覚えつつも、頑なさに一種の敬意を表したジルは一礼してから先へと進んだ。


 「凄いなぁ」


 松明が均等に並ぶ一本道を進んだ先に鎮座するそれを見て、思わず感嘆の声を漏らす。


 大きなフェニックスの石像は、想像していたよりもずっと精巧な作りをしていたのだ。世界を見渡すという瞳にはルビーが嵌められており、金属すら砕くと言われている嘴には金箔が貼られていた。鷹やワシに近い逞しい猛禽類の体は、赤黒い石膏で作られている。今にも羽ばたきだしそうに広げられた両翼は、燃え盛る炎のように不定型な形をしていた。


 たしかに、ご利益はありそうだ。みなが祈るのも当然だろう。我に返ったジルは、失礼と思いながらも身長の倍以上はある巨体の背中へよじ登る。

 そして、小さな施錠口を見つけた。右手で体を支えつつ、左手を使いその穴に、鍵を差し込む。


 カチャリ、と小さな音を立てて鍵穴周辺が微音を立ててスライドした。中には、無骨ながらも不可思議な雰囲気を放つ、三角形の石板が保管されている。幾何学模様は、王様から譲り受けたものと繋がっているようだ。

 足元に注意を払いつつ地面に降り立ち、ジルは不死鳥の背後にある壁と向き合う。


 ぼんやりと金色の光を放つ円形の内に描かれた五芒星がそこにはあった。壁一体に定期的な間隔でその文様はあるが、彼が事前に聞いた話によれば、像の後ろ側の一つだけが目的地らしい。

 好奇心として、右手でそれに触れてみるが何も反応はない。拒絶も反発もせず、スッと手は壁面に到達してしまった。


 当然か。と呟いて、ジルは手に入れた二対の石板を合致させる。接着に使う道具などは一切なくても、刻まれた模様が合わさるように連結させただけで、それは一枚の板へと戻った。

 同じ形をしている、五角形の部分――――線の交わらない五芒星の中心――――へゆっくりと石板をあてがった。


 それは低く唸りをあげると、夜明けと共に消え入る星々のような儚さで光線は消え去った。残ったのは、石板だけ。

 何も反応がないので、もしやと思いジルは今度こそ押してみる。

 五角形石板は壁に埋め込まれるように沈むと、次に壁ごと横へスライドして消失した。


 (……凄い仕組みだ。魔術結界のようだけど、単にその発生源を消失させただけじゃ意味はなく……特定の道具を使わなければ、効能が実現しないのか。別々の人間が持てるようにしてあるのも、機密性が高い……)


 今の扉の仕組みを分析しながら、歩き出す。

 開いた封印結界の先は、同じような松明で覆われた通路だった。しかし、一歩進むにつれて防熱服越しにも伝わる、熱気流が押し寄せてくるのを感じた。

 

 「うわ……これは危ない」


 顔面に押し寄せる高温の空気に、思わずたじろぐ。松明がなくても足元がしっかり目視できるようになったはいいが、いくらなんでもこれは見えすぎである。


 そこは、火山の核。大きな螺旋状の坂道が壁沿いに設置されているだけで、他の部分――――つまりは中心部の底には煮えたぎる溶岩が敷かれていた。

 上を見上げると、遠く遠くの細い穴に黒い空が見える。どうやらここが噴出孔の内側みたいで、外界と繋がっているようだ。噴火しないのはわかっているが……眼前に広がる、足を滑らせれば即死の熱源体を見ると、不安を覚えずにはいられない


 一歩一歩、踏みしめるように降りていくジル。老朽化は進んでいないようで、しっかりとした土台で形成されているのだけれど、用心するに越したことはない。はやる気持ちを抑えつつも、安全最優先で緩やかな坂を下る。


 (今、何時頃なのかな? ジャンヌはどうしてるんだろう)


 荷物をちょっとでも軽くしたくて、時計は持ってこなかった。また、金属製の懐中時計しか持っていないので、熱伝導率の高い金属類を持ち運ぶのは危険と考えたから、というのも理由である。


 しかし、彼の腰には渦流神社の宝刀である霧雨丸が装着されていた。野宿の際に偶然気づいたことだが、これはいくら火を近づけようと熱を持たないのだ。焚き火の傍であっても、鞘も柄も、ひんやりとした冷たさを放っている。


 先ほどより遠くなった夜空を眺めるが、月も見えない以上は時間の確認すら出来ない。汗をぬぐいながら、ジルは温度が増していく火口へ歩みを進める。


 (……エドワード王、凄く立派になられていたな)


 注意を払いつつも、ふと昼間に見たルアン国の最高権力者であるエドワードのことを思い出す。

 実際に会うのは初めてだけれど、紙面で噂や活躍は聞いていた。王子の頃と比べ、物腰は穏やかになっていたし、端正な眼差しはまさに王とはかくあるべき、という凛々しさだ。


 (適わないよなぁ)


 外気温の方が低いという極地で、ジルはため息をついた。

 産業も安泰だし、国も益々発展していくことだろう。今は、何やら鉄の塊を魔術なしで動かす開発をしているそうだ。誰でも、使える高速移動手段が発達すれば、爆発的に売れることだろう。安全性を考えて、子どもは難しいが男性女性問わず、老人も使えるならば需要がないわけがない。

 

 そんな国の上で、立派な人格者であるエドワードが、ジャンヌの許婚。


 身分を弁えているつもりだし、実際割り込む隙がないとわかっていても……。自分の中にある、正直な気持ちは現実と向き合うと、ちりちりと焼けるような感情を沸き立たせる。


 (それにしても、あの目は一体どういうつもりだったんだろうか)


 燻る胸の内を、腕の封印の如く押し込めて、再度回想に入った。

 

 あの会食の席で向けられた、憎悪のような視線。


 許婚と常に生活を共にする年ごろの従者、という自分が気に入らなかったのだろうか。

 いずれは自分の妻となる女性が、ある意味でそんな危険に晒された状態だとすれば、焦ってしまうのは当然のこと。

 王と言えども、彼だって人間だ。嫉妬をするのは不思議なことではない。


 自分なりの結論を導き出したところで、彼は前を見る。

 押し上げるような、熱閃に近い風の傍には竪穴があった。どうやら、ここがアグニの居場所らしい。

 奥の見えない暗闇の道へ、壁に手を当てながらジルは進んでいった。

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