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勇者物語、その後に  作者: 背水 陣
第三章 火の精霊 編
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第二十二話 ~エドワード・ランクス王~

 大きさだけなら、オルラン王国の方が勝っているであろう。

重々しさを感じさせる、頑強な素材で作られた人口水城。街中から、松明の立てられた仰々しい樫の木橋を進んだ先に構える、ルアン国の王が住まう場所である。主な建材は石煉瓦ではあるが、製錬技術の応用で対魔力の高い素材が混ざっており、大砲の攻撃を受けたところで弾かれてしまうほど。

 さらに、落下した不発弾は、城を覆う水路に流れるとそのまま精錬所へ進んでいく。相手の攻撃を吸収して、自らの力に蓄えるという、攻防一体の難攻不落要塞でもあるのだった。


 「お待ちを。ここから先は、ルアン城内になります。何用でございましょうか」

 「入城許可証はございますか? お持ちなら、こちらで確認させていただきます」


 石畳の歩きにくい街路を歩き、橋へと足を踏み出す直前であった。鋼鉄の兜に、銀の胸当てなどの軽装備した一対の兵士が、行く手を阻む。腕から見える鎖帷子を鳴らしながら長い鉄槍をクロスさせ、前進を容認しない。


 「……いえ、持ってないわ」

 「それでしたら、城下町の役場にて発行所があります。そこで許可証を受け取ってから、再度お越しください」

 「その許可証というのは、どれぐらいで手に入るんですか?」

 「用途によって変動がありますので、偏には料金を申し上げることはできません。期間のお話でしたら、早くて三日、遅ければ一月ほどかかります」

 「そんな悠長に待てるわけないでしょーが……」

 「しかし、規則ですので。皆が守らなければ、秩序を維持できません」


 心底毛嫌いするかのように、ため息交じりで頭を抱える。

 こちらの顔を見ているのだろうか。身なりはどうなのだろう。彼らは、単に人間が来たから相応の対処をしているだけなのか。もしも、自分の国の王が同じことをした場合ですら、この回りくどい問答を始めるのだろうか。


 「もー、いいわ」

 「?」

 

 諦めて踵を返すような発言をしたのに、目の前の通行人は動こうとしない。それどころか、隣の青年従者が背にかけた袋から取り出した、小さな箱を受け取る。黒檀と思われる重厚な雰囲気の口をあけると、中から印璽(いんじ)と思われる物が出てきた。


 「あたしは、オルラン王国、第一王女のジャンヌ・ド・アーク。そんでこっちは、オルラン王国選定の最高等聖魔術師、ジル・D・レインよ。名前ぐらいは知ってるでしょ?」

 「え? あ、はい……」


 ムスッとしたままジャンヌは自己紹介をすると、印をそっと一人の兵に渡した。言われるがままに、受け取ると、ぽかんとしたまま停止する。状況がつかめないのだ。


 「それ、本物か?」

 「……ああ。間違いなく、オルラン王家のシールだ。オレ、初めて見たよ。すげえ……」


 まじまじと、はれ物に扱うかのように見定める二人の兵士。重さや材質などを見るだけで、例え無知の者であっても即座に理解できる。それほどまでに完成された、品位ある代物なのであった。


 「感心してないで」

 「へ?」

 「エドワード王にお話があって、参りました。突然の来訪で大変失礼とは存じますが、もしご都合がよろしいのであれば、謁見を許可できないでしょうか?」

 「今すぐね」

 「は、はい。少々お待ちを!」


 印を返すと、敬礼をした後に二人の青年兵士は慌てて城内へ駆けていった。


 「ホント、頭の固い連中だこと。あたしの顔も知らないのかしら」

 「もしかしたら、新任さんかもしれないよ。それに普通に考えれば、許可証じゃなくて印璽を見せてくる王女様なんて居るわけないし」

 「む……。それはそうだけど……」

 「格好も普通だしね。彼らが驚くのも無理はないよ」

 「別に良いんだけど……なんだかんだいって、こういう場面ですぐにわかってもらえないのはショックを受けるわ」

 「国議を避ける君が悪いよ。顔も出さない人を覚えておいて、って方が無理な話さ」

 「うぅー……正論……」


 辛辣だが、ジャンヌのこれからや今までを思いやっての発言である。肩をがっくり落とす姿に、少し申し訳なさを覚えたけれど、間違ったことは言っていないのだし、とジルは視線を正面に戻した。

 慌てて、先ほどの二人が戻ってきていた。走っていても汗が顔を反射しているのが見える。かなり急いでくれたようだ。それだけで、二人は既に城へ入る許可が得られたのだと確信した。


 仰々しい外装とは裏腹に、内部は成金趣味と言えるほど豪華絢爛であった。無骨な大橋を渡り終わり、ぽっかり空いた鉄柵門を抜けると、まずは赤絨毯とシャンデリアが出迎える。ウール製の手織りの高級カーペットは、ブーツ越しでも柔らかさに足が埋まりそうであった。天井からぶら下がる無数の照明器具は、希少な鉱石を利用しており、発光そのものは非常に綺麗なのだけれど、同時に下品じみたものを受け取ってしまう。


 大理石でできた螺旋階段が中央に鎮座している。その両隣は兵士用の宿直室と食堂。食堂はともかく、これほどギラギラした発光の下で、夜勤に備えている兵士は安眠できるのだろうか。

 城内の警備を担う兵士たちの敬礼を受けながら、二人はコツコツと足音を立てて階段を上っていく。

 

 途中に、二階部分の入口が見えるがそこは素通りしていく。書簡や大食堂があるだけだから、今は用がない。

 三階、最上部で再び絨毯に足を下す。後は敷いてある赤羊毛ラインに沿って歩けば、王の間へ到着する。分かれ道はあるけれど、腕の立つ近衛兵がしっかり守っているのでそれ以外のルートは実質存在しない。王家のプライベートルームへ通じる道を守っているだけなのだが。


 「大丈夫?」

 「はー……ふー……」


 階段を上る程度では、ジャンヌが肩で息をするわけはない。キロ単位で疾走しても、ケロッとした顔をするほど鍛えているのだ。ジルですら汗ひとつかかない階段上りをしただけで呼吸が乱れるのは、どう考えても異常であった。


 しかし、それは何かしらの攻撃や城の防衛機能による副作用などではない。

 先述のようにジルは元気だし、城の兵士の険しい顔つきを見れば、この三階フロアが異常事態に陥っているなどとは思えない。大体、このご立派に金装飾のされたオーク材の大扉の先には、エドワード王が居るのだ。不快になるような、何かしらの現象が起こったとすれば、優秀な守り人たちがすぐさま除去をすることであろう。


 そんな超安全地帯で、どうしてそこまで彼女に負荷がかかるのか。


 「……」


 ゴクリと唾を飲み込んだ。カラカラの喉に、唾液は引っかかるようにして落ちていく。じんわりと滲んだ脂汗を、手で拭ってからジャンヌは息を整えようと胸に手を当てて心を落ち着かせる。


 心の奥底から、毛嫌いしているわけではない。人間、欠点と反対に利点もある。それは人によって、受け取り方だって千差万別だ。


 例えば、ずいずいと心に入り込もうと迫ってくる行為はジャンヌにとっては悪行以外の何物でもない。人懐っこいような、遠慮を知らない無粋な行動かもしれないけれど、人によっては――――例えば口下手な人相手には――――それは非常に心が楽なのだろう。

 会話という、意思疎通のキャッチボールにおいて、両方が下手くそならば失敗ばかりで中々上手にできないだろうが、一方が名手だとすれば投げることも受け取ることも、やりやすいように調整してくれる。エドワード王は、その名手タイプの人間だ。誰であっても、そつなく会話をこなしてくれる。やや、強引さはあるけれども。


 ジャンヌは、そういうところが苦手であった。


 女性に優しいのは、ずっと前から聞いている。街の女性の間で、ファンクラブのようなものも出来ている。下町の平民女性が結婚など不可能に近いことだが、逆にそれが良いそうだ。手が届かない高嶺の花だからこそ、より一層美しく見える。


 ジャンヌにとっては、それはただの軟派な男なのである。


 武芸もしっかりと嗜んでいた。病に侵されたジョージを守ろうと、幼い頃から懸命に鍛練を重ねているのだ。近衛兵クラスには及ばずとも、戦線に立てば武勲を収めることは想像に難くないほどの手練れ。魔術も、剣術ほどではないが会得している。


 ジャンヌにとって、屈強なライルと最高峰の魔術師であるジルを知っていれば、それは霞んでしまうのである。


 要するに、嫌いなのではなく。

 彼女はとかく、エドワードが『苦手』なのだ。話のペースをいつも持ってかれるし、過剰なほどキザったらしく、叶わないくせに何か共通の接点が欲しいから、と剣術相手だって挑んでくるほど。


 反りが合わない。ただ、それだけ。


 これが、単なるご近所同士の問題なら良い。付き合いたくないなら、時間経過と共に疎遠になればいい。

 しかしながら、そうはいかない運命の下にジャンヌは生まれてしまっている。互いの国家の安泰のため、裏を返せば、絶対の協定同盟を固めるため、彼女らは結ばれなくてはならない。多くの人の幸せにつながることは明白だから。自分だけの都合じゃない。みんなの為に。


 頭では分かっていても、嫌なものはイヤなのに変わりはないが。


 「……ジャンヌ」

 「!」


 ジルは優しく声をかけ、そっと空いている方の手を取り包み込むように握る。その行為をジャンヌが目で追うと、ふいに焦点が合った。子供に見せるような、柔らかな笑顔で言う。


 「僕も居るから、安心しなよ」

 「…………うん」


 少しの間を置いて、ジャンヌは返事をした。躊躇いや戸惑いなどではなく、その手から、声から伝わるジルの気持ちを感じ取っていたから。いつのまにか、汗は止まり呼吸は安定していた。


 「よし!」

 

 手をつないだまま行くわけにはいかないので、滑らせるようにして前に進みながらジルの手をほどく。意を決し、警備の近衛兵に頼んで開錠してもらい、重苦しい両開きの扉を開けた。


 「へ?」


 王の間にあるのは、他の階と同様に直線に伸びる赤絨毯と、玉座が二つのはず。下界が良く見えるように、あらゆる方向に大窓が取り付けられて日当たり風通し共に良好にしてある。もちろん、高価な材料を使ったシャンデリアもぶら下がっているが、ジャンヌが驚いたのはそこではなかった。


 赤い、小さな紙切れのようなものが大量に舞っているのだ。

 血液かと思い一瞬身をたじろがせたが、どうやら違うらしい。そっと手のひらに乗せると、ひんやりとした冷たさが伝わってきた。

 すぐさま理解する。部屋に充満している香りと共に。

 

 「お待ちしておりました、麗しの女神様」

 「ッ!」


 会うのはいつ以来だろう。城を出て旅に発とうと考える前だったはず。物心がついたころからなのは間違いないが、まだ身体が出来上がる前だったのはしっかり記憶にある。

 しかし、だからといって……これは成長しすぎだった。もちろん、ジャンヌが望まない方向に。


 「おや、失礼。女神様かと見間違えました、聖少女様でしたね」


 後は予想通りであった。わざとらしく膝を折り曲げて、仰天しているジャンヌの手を優しく取りキスをする。柔らかな唇が触れると、拒否反応を示すように彼女の身体に鳥肌が立った。


 「御久し振りです。ジャンヌ王女」


 彼にとっては当たり前の所作を済ませるてから、立ち上がり美しい会釈をする。

 国王の証であるカーペットと同色のベルベット製マントを翻しながら。銀色のウェーブのかかったミディアムヘア、均整のの取れた眉、真っ直ぐ見据える緑色の瞳、スッと通った鼻、低く響きやすい声や、薄い唇は多くの女性を魅了する。


 「エドワード……」

 「ええ、そうです。私こそが、ルアン王国、現国王のエドワード・ランクスです」


 ニコリと笑う表情は、ジルの見せる人懐っこい笑顔とは少し違った。ジルの場合は、何か不思議と母性本能が擽られるような、優しさと少しのか弱さと共に絶大な安心感が得られるもの。対するエドワードのものは、人が魅入ってしまいそうな魔力のある笑みである。言い方を変えれば、対象を捕まえる攻撃的な微笑みと言うべきか。


 「再びお会いできて光栄ですよ。いやぁ、しかし久しぶりだ。戴冠式への参加についても音沙汰がなかったから心配だったんですよ。さ、こんな謁見の間では申し訳ない。取り急ぎ、会食の準備をさせたので、階下の食堂に向かいましょう。」

 「あ、いや……。そんなことしなくていいわ。少しお話しに来ただけだから」

 「そんな! あなたがいらっしゃったという知らせを受け、すぐに最高級の食材で素晴らしい料理を作らせたのに!」

 「あのね、エドワード。ほんとに、少しだけでいいの。ちょっとした用があって、それで顔を見せにきただけだから、本当に」

 「そうですか。……ということは、マルノ牛のソテーも破棄しなくてはならないな。セゥヌエビも、先ほど捌いたばかりだが……致し方ない。ああ、あとマルティンのワインも開けてしまったな」


 エドワードが落胆しながら、独り言をつぶやく。けれど、それは絶対に間違いなくジャンヌに聞こえる位置で、耳に入る声量で、だ。彼の口から出ている食材はすべて、ルアン王国の最高級素材である。人数分すべて合わせれば、小さな家ぐらい建つほどの値段になるのではなかろうか。


 「うぅ……。わかったわよ、もったいないからいただくとするわよ!」

 「ああ! やはり君はなんて優しい素敵な女性なんだ。ありがとう、神に、いえ女神の化身である君そのものに多大な感謝するよ!」


 少し離れてやりとりを見ているジルにも、ジャンヌの背中を見るだけ表情が読み取れた。きっと、口角をひくつかせ内心煮えたぎるほどの怒りや、嫌悪感を沸き立たせているのだろう。

 悪気がないようで、狙いすませた狡猾な言葉運びにより結局は食事の席に同席をせざるを得なくなった。


 「ああいうところが、好きになれないのよ」


 食堂へ向かう途中、頬を膨らませながら、ジルにだけ聞こえる声でジャンヌは言う。

 なだめるように、ジルが優しく頭をポンポンと叩くと溜飲は下がったようで、とりあえずは目の前に広鎮座している、宝石にも匹敵する材料で作られたフルコースに舌鼓を打つことにした。

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