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勇者物語、その後に  作者: 背水 陣
第三章 火の精霊 編
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第二十話 ~決定されている勝敗~

 「……ザイルか。失礼だぞ、ノックもせずに」


 ドアノブに手を伸ばしかけたままの姿で、オードル村長は怒ったような口調で話した。

 

 名前を、もう一度聞いてみたかった。

 二人は、聞き間違いなのかどうかを確信にしたくて。


 「……ジャンヌ様とジル様、ですね」


 声も姿もそっくり。背負った武器は、紛うことなく聖戦斧フランシスカ。けれど、持ち主の顔立ちが違っていた。

 ジルとは種類が異なるけれど、端正な顔つきをしていたライルだが、それでも目の前の人物には違和感を覚える。

 他人の空似……そうとしか言えない不一致さを。


 「そうです」


 動揺するジャンヌより先に、我に返ったジルが答えた。目の前に立ちはだかる、大きな青年に対して。初対面の人間に対応するかのように。

 その時点でジャンヌも理解する。認識する。そして無念さを大きくあらわにした。


 この人は、ライルではないのだ。


 「一度お会いしたこともあると思います。ライルの兄で、ザイル・デュロワと申します。覚えておいででしょうか?」

 「ええ。もちろんですよ」

 「それは良かった」


 人懐っこい笑顔は、そっくりだった。思わず涙すら零れそうになるが、グッとジャンヌは堪える。


 「一体何事だ。無用な接触は避けるように、と言ってあるはずだろう」


 睨みつけながら村長は言う。決められた医者、決められた業者以外は何人も近づくな、近づけるな。そういった掟で、今は村を外界を守っている。許可なく近づく者は、魔族と想定しているので、ジルたちはうっかり攻撃を受けてしまったわけだが。


 「……ええ。わかっておりますよ、村長様。でも、私はどうしてもお二人にお会いしたかったのです」

 「あたし達に?」

 「はい。これを見ていただきたくて」


 背に掛けた斧を、ゆっくりと抜き、突き出すようにして見せるザイル。

 銀一色の、金属製の戦斧だ。両方に付属した半月の刃は、絶えず柔らかな光を放っている。

 破邪の効果が非常に強く、またデュランダルと同じく持ち主の能力も引き上げられる。これでなければ、ベルクの腕を切り裂くことは絶対に不可能であっただろう。他の一般的な武器であれば、近づいただけで蒸発していたに違いない。


 「フランシスカは……この村に戻ってきた時、私が引き抜きました。以前は、どれほど力を込めても抜けなかったのですがね」


 そんな代物を、ライルはいとも容易く引き抜いた。悔しい気持ちもあったが、それ以上に弟を誇りに思ったという。懐かしそうにザイルは語る。


 とある日のことである。

 ライルは来訪したジルとジャンヌと意気投合する。もともと、村の守長(もりおさ)として修練を怠らなかった彼だ。正義感も強く、いずれは世界の為に動こうと考えていた時でもあった。


 「兄貴、オレはあの二人についていこうと思う」

 「は? なにを言って……」

 「不思議なことなんだけどな、確信がある。あの二人は、絶対に魔王を倒してくれるはずさ。だから、その手助けをしてやりたい。この聖なる武器をもってすれば、足手まといにはならないはずだ」

 「そ、そんな理由でこの村を放っておく気かお前は!?」

 「オレの勘、結構当たるのは兄貴も知っているだろ?」

 「しかし……」

 「何より、オレはフランシスカに選ばれた男だ。それを無駄にしたくない」

 「……」

 「大体、戦斧術なら兄貴もオレも大して変わらないだろ? たまたま選ばれたのがオレだっただけだ。きっと、フランシスカが兄貴を選んでいたら、兄貴もきっと同じことを言うよ」

 「ライル……」

 「な? 良いだろ?」


 屈託のない涼やかな笑顔を向けられると、その無邪気さに何も言えなくなる。この愛想の良さは、兄のザイルに持ちえなかったものだ。


 「あの時、ライルがいった言葉は今ならわかります。確かに、この斧は二人に……いえ、正しくはジャンヌ様に対して強く惹かれております」

 「え? あたしに?」


 頷きながら、ザイルは続ける。


 「あの後でしょうが、あなたも聖なる武器を手にしたそうですね?」

 「ええ。聖剣に選定されました」

 「その素質を、フランシスカは見抜いていたのでしょうな。共に戦うように示唆する、言葉ともいえない奇妙な意思が、私に語りかけてくるのです」

 「……ザイル、わかっておると思うが」

 「ええ、もちろんですよ」


 村長が遮らなければ、きっとザイルはこう言っていただろう。

 その意志に従い、二人にお供します、と。

 けれど、それはしないつもりだった。村が大変な時に、そして何より選ばれし男が再びどこかへ行くことは許されない。彼は、聖戦斧と同じく守長の称号も受け継いだのだから。

 激減したとはいえ、危険には変わりない。道中で何度も魔族に襲われたジルたちは、身に染みて実感していることである。


 「けれど、どうしても……確かめたいことがあります」

 「確かめたいこと……?」

 「ジャンヌ様」

 「はい」

 「一国の姫に対し、いえそれよりも、大勇者様に対してこんなお願いをすることは、不敬千万と存じますが……」


 ザイルは大きく頭を下げていった。


 「私と、手合わせをお願いしたいのです」

 「え?」


 頭をあげ、きょとんとするジャンヌを見ながら続ける。


 「ただの自己満足です。私自身が、この身で理解したいだけの……道楽と言う方が正しいかもしれませんね」


 フランシスカを強く握りしめ、その声を聴くように目を閉じる。多分、この斧も村人も、世界も。誰もが本当は認識して、肯定していること。けれど、だからといって、それをあるがまま受け取りたくない。

 子どものような単なるわがまま。きっと、弟を失ったという悲しみが生み出してしまった、悲しい邪念。


 「あなたが本当に、ライルと共に旅する資格があったのか。それを私に、納得させていただきたいのです」

 「ザイル、お前!」

 「わかりました。その試験、受けさせてもらいます」


 失礼な発言を取り消させようと村長が遮ろうとしたが、ジャンヌが先に割って入る。

 怒るなんてとんでもない。不敬だと一括するなんて言語両断。そうしたいのなら、そうさせるだけ。

 自信も強さも、聖戦斧の持ち主に証明するための能力も、ジャンヌは持っている。

 そんな彼女を見て、ジルもそれ以上会話に割入ろうとするのをやめた。


 「では、外で。今すぐでもよろしいですか?」

 「もちろんです」


 不敵な笑みを、ジャンヌはザイルへぶつける。その底知れぬ自信をぶつけられ、決して虚勢ではないことを認知しているザイルは、肝が冷えるのを実感した。


 「ザイルさん」

 「なんでしょうか」

 「決して、あなたを卑下しているわけではないのですが……あたしは、デュランダルを使いません。この風魔軽鎧(ヴァルハラ)だけで勝負させていただきます」


 鎧を光から顕現しながら、ジャンヌは伝えた。それは、聖剣の力など借りなくても勝てる意志表示ではなく。彼女がここに到着した当時では、まだデュランダルは持っていなかった。だから、その時と同じ状態で、聖戦斧と戦いたいという意図だったのだ。


 「良いですよ。こちらは、フランシスカを使わせていただきますがね」


 いわゆるハルバードタイプの武器であるフランシスカ。斬りも薙ぎ払いも、そして穂先についた槍で刺突も出来る。破壊力の増した、強力な槍という呼称がしっくりくる。

 鋼鉄製の胸当てや、手甲なども装備して準備は万端の様だ。


 「ええ、どうぞ。怪我程度は問題ありません。相手を屈服させた時点で勝ち、で良いですか?」

 「もちろんです」


 村の前に広がる森の一角で、ジャンヌとザイルは決戦の取り決めを行い、そして互いに了承した。

 傍で見聞役を担っているジルとオードル村長には、もう止める理由も力も持たない。ただ、二人の勝負の行く末を見るだけ。


 「では、合図を出しますよ」

 「お願いします」


 村長の言葉に、ジャンヌが答えた。ザイルは、既に戦闘態勢に入り心をひたすら、目の前の勇者に向けている。

 対峙するだけで、彼の脳裏に浮かぶのはたった一つの真実。けれど、それがわかったところで今は止まれない。本能を、理性で押さえつけて初手の構えを取った。


 「はじめ!」


 途端、まるで何か大きなものが打ち付けられたような音が鳴った。力一杯、地面を踏み飛ばしたザイルの足音なのだが、まるで破裂音にすら聞こえる轟だった。

 一瞬で勝負を決めるつもりなのか、フランシスカを片手で握り大きく上空に掲げる。持ち手の場所は、動かしやすい中心部ではなく、槍の端……石突き。剛力でなければ決して扱えない、滅茶苦茶な持ち方からザイルは思い切り振り下ろす。


 一般的な斧槍のリーチの数倍にも及ぶ奇襲を、ジャンヌは数歩下がるだけで回避していた。デュランダルの代わりに、納屋から持ち出した鈍らの鉄剣を構えもせずに。

 彼女がいくら風魔軽鎧(ヴァルハラ)の加護を受けていても、ザイルの攻撃スピードは見てから避けることは叶わない。

 けれど、ジャンヌは既にその間合いも速度も知っていた。旅の途中、何度も鍛練として手合せした時の、ライルと全く同じ動きだったから。


 単なる先読みの技術で、彼女は初手を無効化した。フランシスカの間合いも、刃の先に延びる槍の長さまでしっかり読み切っての後退運動。


 「まだまだ!」


 余裕を持たれたことに驚きはしない。ザイルは、そのまま攻撃の勢いと同時に更に突進する。柄を持ちながら滑るようにして。

 そして、最短で掴めるところまで動くと、そのまま地面に埋まった半月刃を支点として、前方宙返りを行った。前進と回転によって、威力が更に増大した渾身の唐竹割。

 二段構えに近いその技を、ライルも、もちろんザイルだって得意としていた。


 地面を蹴った時とは比べ物にならない、けたたましい轟音が響いた。今度は微震すら巻き起こすほど。足腰の弱い村長が、重心を崩してしまうほどの威力である。


 「!」


 土煙も巻き起こしたので、視認するのに数瞬の間があった。手ごたえはなかったのはわかっていたが、一体どこへ?

 視界に映るすべての景色に神経を集中させて、顔を動かさずに確認する。


 「っ!」


 ギィン、と甲高い音がなった。命を奪うつもりはないが、命を奪えるような攻撃を寸止めすることで、屈服させる。だから、肌ギリギリまで斬撃を繰り出す必要がある。

 それを、ジャンヌは止められたことに少々驚愕する。視界の悪い中での、不意打ちの横薙ぎを受け止められたから。


 ザイルは腰を曲げ、急所となる頭部を下げつつも、斧を差し出すことでそれを防御したのだ。

 それから、巻き込むようにして柄を動かしてジャンヌの剣を制する。半回転させると、ちょうど斧先が相手の首を刈り取るように考えられた、戦斧術だ。


 しかし、それは現実とはなっていない。巻き込む動作をしようと、柄を滑らせる前にジャンヌは上空へ跳躍していた。

 そして、相手の肩から腰へかけて振り切る袈裟斬りを放つため振りかぶっていた。


 ザイルはまたもそれを見て、防御体勢を取る。槍先と刃の間で、ジャンヌの鉄の剣を受け止めて、いなす。そして、石突きで喉元を刺突するつもりだった。

 だが、それもまた回避される。攻撃を受け止めるまでは良かったが、受け止めた途端に風魔軽鎧(ヴァルハラ)の空中移動能力により、今度は背後を取られてしまった。


 再び、横薙ぎがザイルへと向かっていく。振り返っては間に合わない、防ぐには時間がない。戦術とは全く関係のない、前方へ身体ごと飛び込むことで辛くも回避できた。


 「流石はザイルのお兄さんですね。想像以上です」

 「そちら……こそ……!」


 再び正面を向きあった状態になると、ジャンヌは幾度も攻撃を防御回避されたことを、素直な気持ちで賞賛する。

 ザイルは、それを社交辞令と捉えて返す。大きく肩で息をしながら、涼しげな顔をする勇者へ向かって。

 別に、ザイルの体力が低いわけではない。極限の戦いを、何度も繰り返し乗り切ったジャンヌとは、命のやり取りに匹敵する対戦闘への緊張感や慣れが違うだけ。プレッシャーや不安などを、完璧にコントロールしているジャンヌは、この程度の戦いはお遊戯といっても過言ではないのだ。


 「……村長。止められませんか、この戦いを」

 「……」


 ジルは、その余りの戦力差を見ていられなくなった。大人が子どもとじゃれ合うような図にしか、彼の視界には映らないのだ。

 ザイルの戦士としての名誉や自信のため、これ以上の戦いは無意味だ。


 でも、オードルだってそれは理解している。何よりも、ザイル本人がもうそれを認識しているのだ。戦う前から。


 だからこそ、止められない。ジルもわかってて言った。

 この試験は、彼が納得したいだけの茶番。ならば、幕引きはしっかりとしなければならない。


 「はっ! はぁっ!! うぉあああ!!」

 「……」


 激しい薙ぎ払いを、目にも留まらない刺突を、轟音を鳴らす打撃を。ジャンヌは、眉ひとつ動かさずにいなしていく。戦術差はあっても、筋力差は埋められない。まともに受けては、一瞬で剣ごと折られてしまうから、彼女はすべて受け流しをしていた。手が痺れる感覚は、どこか懐かしい。


 「……!」


 離れてみている村長は気づかなかった。対峙している、ザイルはもちろん見た。何よりも、当人であるジャンヌが一番驚いていた。


 ザイルの攻撃方法は、何もかもがライルとそっくりだった。性格も似ている。容姿だって、後姿だけならば同一人物と言ってもおかしくない。

 そんな、懐かしさが。ジャンヌの心を少しだけ突いた。


 戦闘中にも関わらず、ふいに涙がこぼれてしまったのだ。


 ジルは、遠くに居てもそれがわかった。彼も、よく二人で手合せしていた記憶を脳裏に浮かび上がらせていたから。平静状態なので、余裕があって堪えることができただけ。視界はぐにゃぐにゃと歪んでしまっている。


 「……ふんッ!」


 その涙の意味を、ザイルは言及することもないし、気にも留めなかった。詮索する余裕、考慮する隙が今、ここにないから。

 彼は、大きく振り落ろしを行った。ジャンヌはバックステップで回避する。荒れ果てた土に細長い楕円の溝ができあがった。


 それから、斧を引き寄せつつ一歩短く前へとザイルは跳躍をした。推進力を使って、槍部分での突きをするために。


 「なっ!?」


 ザイルは、それも回避されると心構えは行っていた。けれど、驚愕する動きをジャンヌは実行していた。

 その槍先に向かって、突進してくるのだ。避けるつもりなど毛頭ない、ぶつかるつもりで。


 もう引っ込みは利かない。慌てながらも、ザイルはその顛末を見届ける。


 穂先が、ジャンヌに触れた。けれど、それは彼女の柔肌ではない。風魔軽鎧(ヴァルハラ)として顕言された、黄金のサークレットに、である。

 ぶつかったと同時に、首をひねって槍先を誘導させる。腕も使わずして、フランシスカはいなされてしまった。


 生み出されてしまった、身体の隙。必殺の間合い。猛攻により、刃の欠けたボロボロの剣が、遂にザイルの首元で停止した。


 「……もう、良いですか?」


 優しく、包み込むような口調でジャンヌは言った。もうザイルは一歩も動けない。動かせない。


 「……はい。完敗です」


 気の緩みか、圧倒されたことによる消失感か。フランシスカを手放し、崩れるように腰を落としてザイルは敗北を認めた。

 ジャンヌは、頬についた涙をぬぐい。そして、勝ったにも関わらず。大きく頭を下げ、お礼を言った。


 「ありがとう、ございました」


 震えた声は、ザイルだけではなく村長にも、もちろんジルにも届いていた。


 寂しげに、ザイルの傍で横たわるフランシスカを見て、ジャンヌは改めて、ライルを失ったことを心に刻みこんだのだった。

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