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勇者物語、その後に  作者: 背水 陣
第二章 水の精霊 編
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第九話 ~ミズホの国・シキ島~

 鋭角な先端が、瑠璃色の波を切り裂き色白くを染めていく。風に任せ、人の力を用いて、帆船は進む。

 港町フリスタを出てから数日後。船員が、遂に通称三角島(デルタアイランド)、正式国名『ミズホ』を見つけた。

 山が多く、起伏の激しいその一つの島――――『アキツ』にまずは停泊する。


 ミズホは、三つの島国がそれぞれ役目を持っている。ユアラシル大陸に最も近く、貿易交易などが盛んな島アキツ。政経を担当する島でもあり、国のトップもここに住んでいる。


 その次、地図でいうなれば南西に位置する真ん中の島が『フソウ』と言って、こちらは、気候や土地が良く農業や漁業が中心とされている。この国一番の稼ぎ頭な島だ。人口密度で言えば、こちらの方が高い。


 最後、アキツと縦に直線で並んでいる世界地図のほぼ中心に坐している島が、『シキ』である。基本的に、この国を担っているのは上記二つの島である。故に、シキの島は特異であった。

 ここは、神を祀る島なのだ。元々、ミズホの国の人々はみな信心深く、古来より神様を奉り生きてきた。食べ物にも、無機物にも、空にも海にも、あらゆる物に神が宿っていると信じている。


 その中で、担当を任されてしまうほど霊験あらたかな場所がシキだった。

 

 ちなみに、ジルもジャンヌも旅の途中でミズホの国は訪れなかった。真っ先にアメリア大陸を目指したので、三角島(デルタアイランド)には寄っていなかったのだ。

 なので、多少は土地勘や知識のある船長に水の精霊のことを尋ねてみた。


 しかし、魔族との長い戦いの中でもこの国は非常に封鎖的で、アキツ島やフソウ島は人の出入りがあるから良いものの、特に外界との関係を絶っている、シキ島の情報がほとんどない。

 ただ、精霊というくらいなのだから、訪ねるならばそこだろう、という結論に至った。


 一度、船を変える為にアキツの島で停泊。その後、再び別の船に乗って、シキの島に向かうのだ。

 昔は観光地として有名だったが、いつしかその商売も辞めたらしい。アキツ島からシキの島に向かう途中の船長さんには、今どき珍しい人たちだね、とまで言われてしまったほどだった。


 「そんじゃー、次の船は一週間後だかんね」

 「え!? ちょっと、どういうこと!?」


 シキの島の波打ち際に乱雑に停泊した船から降りる際、船長と別れようとした時に知らされる衝撃の事実。ジャンヌは思わず、怒鳴るようにして聞き返してしまった。


 「いんや、どうもなにもな。シキ島は、基本的に立ち寄らない島だかんねぇ……。オラ達も、商売があるで、寄り道すんのはどうもねえ……」


 訛りのある言葉で、真っ黒に日焼けした船長は頭を掻きながら答える。むしろ、何でそんな質問をしたんだ? というくらいすっとぼけた表情だった。


 「この島から船は出てないの!?」

 「出とらんね。ここの島は、ご神木ばっかだもんで、簡単に切って船にするのもいかんのよ」

 「何それ。大体、ここは停泊所作るとかしなかったの……」

 「本来ありがたーい神様を奉る場所だで、あんまり外界のものを持ちこんじゃ、いけんしきたりなんですわ」

 「……では、一週間後にまたこの時間、この場所なら確実なんですね?」


 ジャンヌが更に何か言いかけた途中、ジルが間に割って入り尋ねる。


 「まぁ、そうだの」

 「わかりました。では、そのようにお願いします」

 「おぉ、話の分かる兄ちゃんだね。それじゃ、そのとーりによろしくなー」


 いそいそと、小さな魔術で動く帆船に乗り込んで船長さんは行ってしまった。

 ジルがその船を見送って、振り返ると……。

 やはり、当然、ジャンヌが目をつり上げてジルを睨んでいた。思わず声が漏れそうになるがとりあえず話を聞いてみる。


 「なんで勝手に行かせたのよ」

 「いや、ああいう人って交渉しても無駄だって、わかってたから……」

 「どうすんのよ、一週間もこの島にいなきゃいけないのよ?」

 「良いじゃないか。むしろ、水の精霊様が一週間で見つけられるとは限らないだろうし」

 「それはそうだけど……」

 「じゃあ問題ないね。行こうよ。綺麗な場所だよ」

 「うー……なんか納得いかない……」

 

 ザクザクと真っ白な浜砂を踏みながら、ジルは歩いていく。その先は、全てが森であった。簡単に、不揃いな石で舗装された道が、近づくと見えてくる。

 森林浴を楽しむ気分で、青々とした葉っぱを実らせる木々の隙間を二人は歩く。気候も涼しく、リラックスするにはちょうどいい土地だ。どことなく、神聖な雰囲気もあるので、神を祀る島という名に相応しい雰囲気は出ている。

 また、森の中はどこを歩いても小さな川が流れている。水を大切にし、精霊と関係のある国だからだろうか。


 外界との接触を断つ、と言われている通りにシキの島には民家や集落らしきものは見当たらなかった。

歩数や太陽の動きを見るに、島の中心くらいまでは道なりに進んでいるはずだ。人、一人にすら出会わないだなんて、どうなっているのだろう。


 「あ!」


 そう思いかけた時だった。ジャンヌが小さく声をあげて、前方を指さす。そこには、頭を布で多い、籠を背負った老婆だった。ゆっくりと、地面と藁製の履物が擦れる音を立てて歩いている。藤色の、麻の服を着ている。セパレートではなく、ドレスのように上下一体型で腰に巻いている帯で、はだけぬ様に留めているようだった。


 「すみませーん! あのー、ここの島の方ですかー?」


 見つけるや否や、ジャンヌは嬉しそうな声でその人を呼びながら駆けていく。ジルも、その後ろにならって小走りでついていく。


 「ん? ひゃあ!? な、なんぞ!?」

 「?」


 声に反応し、振り返った年配の女性はいきなり腰を抜かした。見かけとはいえ、年齢に比べると綺麗な歯を見せるくらい大きく、口を開け閉めしている。

 

 「あの……?」

 「お、おぉ……もしかすて、外国の方かいね?」

 「ええ、ユアラシル大陸のオルランから来た者です」


 ジャンヌに追いついたジルが、質問に優しく答える。そして手を差し伸べて、立ち上がる助勢をしてあげた。ジャンヌは、籠から零れた山菜類を拾って籠へ戻してあげている。


 「いやぁ、もうしわけねぇ。島の外からの人間なんざ、久々に見たもんで、びっくらしてもうたわ」


 訛りがきつく若干聞き取りにくいけれども、悪い人ではないらしい。対応を見ただけで、ジャンヌもジルもすぐにそれを読み取った。

 ミズホの国の人々は、黒目黒髪で肌には若干色がついている。ジャンヌ達ユアラシル大陸の人間は、髪の色も瞳の色も様々だし、色素は薄い人が多い。老婆からすれば、異形の人がいきなりこちらに向かって走ってくるのだ。驚かないわけもないだろう。

 非礼を詫び、この島がどういうものなのかを聞いてみることにした。


 「んー。といってもだ、もう神社も持っていないアタシが説明するより、ずっと上手に話せる人間がおるでよ。そっちに聞いてみんのは、どうかね?」

 「ええ、そういった方がいらっしゃるなら、もちろん」

 「そうじゃろう。この道をな、ずーっと先に進んで行くとな、おっきな神社があるんよ。そこに住んでる神主様にお話を聞くとええ。年も、あんたらと同じくらいだで話しやすかろう」

 「わかりました。ありがとうございます」

 「うんむ。気をつけてな」


 二人は礼を言って、言われた通りの小道を進んで行く。山道になるかと思ったが、どうやら下り坂のようだ。角度は酷くないし、何より他の道に比べて途端に綺麗になっていた。

 砂利道は砂利道だが、木製とはいえ手すりなどもあるし、簡易的な階段も存在する。普段から、人が使うのだろうか。


 「あれかしら?」


 下り坂の終わりに見えてきたのは、朱色の左右対称な木製建築物であった。犬のような、でもそうではない石像の獣が二匹、石畳の入り口で門番をしている。瓦葺の、大きな凱旋門のような奥には、本道以外は砂利で覆われた空間が広がっている。

 その奥には、先ほどの門と同じ素材の棟があり、『賽銭箱』と大きく書かれた箱(二人は文字のような線が描いてあるようにしか見えない)と、鈴が繋がれている太い紅白縄が垂れ下がっていた。箱から先には入れず、そこは人間よりもかなり大きな金の像が坐している。胡坐をかいて、両手を合わせて何かに祈っているような姿だ。


 「ジル、あの子」

 「しっ!」


 二人は木製の箱の前で、熱心に祈りを捧げている一人の少女を見つけた。艶のある黒い髪の片方を、瑠璃で出来た(かんざし)で留めている。小柄なその身に纏っているのは、先ほどの老婆と少し違っていた。上半身のものは同じように見えるが、袖が長く真っ白であった。腰……にしてはやけに高い位置で留めているが、朱色のプリーツが異様に多いスカートのようなものを履いていた。


 「……!」


 目を閉じ、頭を下げつつ両手を合わせていた少女は、ふいに後ろを向いた。ジャンヌもジルも黙っていたはずなのだが、気配にでも気づいたかのように動いたのだ。

 細く整った眉の上で、キッチリ切りそろえられた前髪が揺れる。少女と乙女の中間ほどの年齢と思われる、あどけなくも大人びた丸い瞳は、二人を捉えていた。


 「こんにちは」

 「あ、こ、こんにちは……」

 

 ジャンヌは無意識であっても、精一杯柔らかく明るい笑顔で挨拶をしたつもりだった。しかし、その娘はまるで怯えるかのように、か細く消え入りそうな声であいさつを返していた。

 

 「……ねえ、ジル」

 「ん?」

 「あたしって、もしかして怖い?」

 「僕には、綺麗なお姫様に見えるから安心して」

 「ほ、ほんと……?」


 先ほどの老婆にも、突然腰を抜かされるほど驚かれ、今も怯えるような仕草をされては、ジャンヌとしてもショックを受けないわけにはいかなかった。

 ジルのお世辞なのか本心なのかわからない慰めに、恥ずかしそうに真意を唱えるジャンヌ。ジルはしかしそれを聞かずに、少女の方へと歩みを進めた。


 「こんにちは。キミは、ここの家の人かな?」


 ジルは、少し距離を保ちつつ腰を屈めて、女の子の目線と同じ位置で質問をした。もちろん、彼特有の柔らかな笑顔で。


 「あ、は、はい。わたし、渦流 伊織(うずる いおり)と言います。この、渦流(うずる)神社の巫女をしてます」


 ジルの目線にも合わせず、慌てて伊織と言う名の少女は自己紹介をした。来客だと判断したからだろう。それでも、小さな声はジルが一生懸命耳を傾けなければ聞こえないほどであった。老婆や船長の人違って、訛りがほぼ使われていないのが救いか。


 「……あ、これは失礼しました。僕は、レイン・D・ジルって言います。こっちは、アーク・ド・ジャンヌ。ユアラシル大陸の、オルラン王国から来ました。よろしくね」


 自己紹介をして、ジルは頭を下げる。本来なら、そのまま握手の一つでもするのだが警戒心の強い相手の場合、いきなりそれは怖がられるだろう。笑顔を作ることで、それを代替とした。


 「ちょっとジル。何言ってんのよ? あたし、アーク・ド・ジャンヌじゃなくて、ジャンヌ・ド・アークよ?」

 「良いんだよ。もしかしたら、勘違いしてるかもしれないから聞くね。ジャンヌ、この子の名字は?」

 「? さっき言ったわよね、イオリでしょ?」

 「んー、残念。この子の名字はウズル、だよ。ミズホの国の人々は、僕らの大陸と姓名の名乗りが逆なんだ。覚えておくと良いよ」

 「へー、そうなんだ」


 感心するジャンヌをよそに、伊織は自分たちの文化を知っている人だからか、若干身構えている表情を解いてくれたようで、自分から声をかけてくれた。


 「あ、あの、こちらにはどういったご用で……?」

 「うん。あのね、この国の人々は、水の精霊テティス様と縁が深いって聞いたんだけど、何か知らないかな?」

 「! は、はい。その、海神(わだつみ)様でしたら、この渦流神社の祭神です」

 「わだつ……え? テティスじゃないの?」

 「多分、この国でのテティス様の言い方だよ。で、この建物……ジンジャだね。僕らの大陸で言う神殿みたいなものだろうから、ちょうどいい場所に着いたみたい」


 ジルはかじった程度の知識ではあるが、ミズホの国の知識は頭にある。とはいえ、所詮は知識程度なので、実物を見て正確にこれだ、と言い切る自信まではなかった。ある程度、会話の内容でどんなものか、推測は出来るのだが限界がある。


 「あ、あの……」

 「あ、ごめんね。それで、そのワダツミ様に会うには、どうしたらいいのかな?」

 「え? そ、それは……その……」


 いきなり何を言うんだ、といわんばかりに焦りながら伊織は口ごもる。

 そもそも、精霊というのは人間たちと深く関係を持っているわけではない。ヴァーユのように、気軽に会える存在の方が稀なのだ。神と祀られるよう、存在の示唆はすることはあっても、面と向かって話すなんて、出来た人間の方が少ない。

 けれど、ヴァーユが確かに存在するように。精霊は実体を持って、世界のどこかに間違いなく、いる。それだけは確かだった。


 「もしかして、難しい?」

 「……そ、その……。はい。申し訳ありません……」

 「謝らなくていいよ。ありがとう。じゃ、もう一つ良いかな。知っていればでいいんだけど、この国に伝わっている……マヨケ? って言うんだっけ。そういう感じの薬とか、物とかってないかな?」


 やはり、テティスと会えるような関係ではないのか。少し何か悩んだ様子も見えたのだが……。

 ともかく、何か情報を聞き出そうとジルは質問を変える。ヴァーユは、『会えばいい』と軽く言ってくれたが、そう簡単にはいかないようだ。

 風神の大樹の神露の類のような、何かがあるのだろうか。予測を立てた上での質問変更であった。


 「ま、『魔除け』ですか……えっと……。でしたら……『大滝(おおだる)の儀式』でしょうか?」

 「ありがとう。その儀式は、どうすれば受けられるのかな?」

 「え、えっと……その……」

 「?」

 「す、すみません。その、大滝の儀式は……一年に一回しか、行われないんです……」

 「あー、そうなんだ。ちなみに、それはいつ?」

 「そ、その……実は、つい先月行われたばかりで……」

 「……ということは、また来年じゃないと受けられないってこと?」

 「すみません……」

 「ううん、大丈夫だよ。ありがとうね」

 

 穏やかな表情をして、伊織にお礼を言うジルだが、内心穏やかではなかった。多分、この神社はテティスとかなり近い関係のはずだ。他を当たっても、そんなに効果的ではないのは確実だろう。

 ……しかし、かといって一年近くまた待って、儀式を受けるなんて悠長なことは言ってられない。


 「……どうしたものか……」


 こんなことなら、ヴァーユにしっかりとテティスのことを聞いておけば良かった。行けば何とかなると、と浅い考えな自分に憤りを覚えつつ、ジルは再び今後の策を練り始めるのだった。

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