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彼は日常を好む。しかし、日常は彼を好まず。 其の四

 この物語はフィクションです。

 この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。

「裏切り者……」


 昼休み、屋上。いつものメンバーと昼食をとろうかという時にダウナーな声が聞こえた。


「アメ、裏切り者、私、悲しい……」


 すっかり言語能力を低下させてしまった霧華が恨めしそうに見つめてくる。て、ちょっと待ってほしい。僕だってあれは非常に不本意な状況だったんだ。それに僕と霧華って別に付き合っていないよね? と弁論するが、


「聞きたくないよッ、そんな言い訳ッ! ……やっぱりアメは獣だったんだ。野獣だったんだ。狂獣だったんだ。魔獣だったんだ」


 何故だろう。同じ日本人同士なのに会話が成り立っていない気がする。困ったと視線を栄多に送るが、こちらはこちらでえらくご立腹の様子。カルシウムが足りていないのかな。


「雨兎、俺たち友達だよな?」

「藪から棒にいきなりなにさ」

「いいから。俺たち、友達だろ?」

「まあ、世間一般から見てそうだと思うよ」


 こうやって学校がある時は、ほぼ一緒になって昼食を食べるのに赤の他人というのもないだろう。それは霧華も同じだ。

 僕ら三人はどのような波長が合ったのか、まったく共通の趣味や話題がないのにいつの間にか友達になっていた。元々二人とも人見知りをしないタイプということもあって、初めから緊張する要素もなく普通に話せていた。

 そう、話せていたはずなのに――今はこの有様である。

 躰をプルプルさせていた栄多は、怒髪天を衝くといった言葉が似合いそうな表情で詰め寄ってきた。


「だったら何で天神ちゃんのこと黙ってたんだよ!?」

「知らないよ。てか、何でそんなに怒ってんのさ。それに栄多は巨乳派だっただろ?」

「それはお前が俺に内緒であんな可愛い子とお知り合いになっているのが非常にムカつくからだよ!? 巨乳? ハッ、そんな過去のこと忘れたね! 今時流行りは慎ましい純和風の胸だよ!?」

「疑問形で怒るなよ、唾が飛ぶ! ガードしてて正解だったよ」


 栄多が詰め寄ると同時に蓋を閉め直しといてホント正解だった。でなければ今頃ひどい状況になっていたはずだ。グッジョブ僕!

 けれどそんなことは露知らずとばかりに、栄多はこめかみに青筋すらたててこちらを睨んでいる。ホント、流行りに敏感というか、流されやすい性格をしている。


「…………」

「分かった、分かったから無言で睨まないで。霧華もね。でも、僕はホントに彼女についてまったく知らないんだよ。はっきり言って、今日会ったのが初めて」

「だったらなんで天神ちゃんはあんなこと言ったんだよ?」

「そうよ! 初めて会ったのならあの話も嘘だって言うの?」


 今や二人に押し倒されんばかりに間近で見つめられているが、僕は嘘を言っていないのだからこれ以上言うこともないんだけどな、と頭の片隅でため息をつきながら思った。

 だいたい天神さんも天神さんだ。

 何であんな嘘を言う必要があったのだろうか。

 二人の熱気に押されながら、数時間前に起こった出来事を思い出していた。




 朝のホームルーム、最後の最後に転校生の爆弾発言から僕らのクラスは世紀末状態に陥っていた。核弾頭はもちろん天神さんだ。

 美火ちゃんがフラフラしながら教室に戻ってくると、そこには『ヒャーハーッ!』状態の生徒(主に男子)で跋扈していた。美火ちゃんは「あらあらー?」と言いつつも予定通り、僕の後ろに机と椅子を運ぶ。

 相変わらずマイペースな先生だ。

 その間の僕はというと、嬉しくもないやっかみから特定多数の男子生徒たちから肩をはたかれていた。一発一発は軽いので問題ないが、行列のできるなんちゃらみたいに列を作るのはやめてほしい。数は暴力だと思います。

 何を思ったのかは知らないが、それを見た美火ちゃんも疑問符を浮かべながらその列に並びだしたのは一生忘れられないだろう。


「先生、とりあえずこの事態を収拾してください」


 僕にとって救いの女神は不機嫌そうな霧華であった。美火ちゃんを『美火ちゃん』と呼ばずに『先生』と呼ぶところが実に不機嫌そうである。おかしいな、なんだか背中がゾワゾワするぞ。

 名残惜しそうに美火ちゃんは列から外れて教卓に戻る。確かにあと三人で自分の番でしたからそれは残念ですよね。でも何も楽しいことはありませんでしたよ。叩かれる本人が言うので間違いありません。


「事情はわかりましたー」


 あれから霧華の淡々とした説明を受けた美火ちゃんは、両手をぽんと叩いて納得した様子。

 ちなみに僕の後ろの席には天神さんが着席している。窓ガラス越しに確認したがあれだけの騒ぎを起こしたにもかかわらず、彼女は無表情をキープしていた。たぶん無表情が天神さんのデフォルトなのだろう。


「ではー、この時間は現国の授業を変更して皆さんの聞きたいことを解消しましょうかー」


 一時限目の授業は美火ちゃんが担当している現国である。しかし、いいのか。これでいいのか、美火ちゃん。

 とはいえ、僕以外に不満要素を持つ人がいないため、敢え無くこの時間はホームルームの延長となった。何この学校、ホント自由過ぎる。世間一般で言われている進学校としてこれは正しいのだろうか。いや、正しくないはずだ。


「議題はー、『天神さんが国頭くんに惚れた理由について』でよろしいですかー?」

「「「異議なし」」」


 満場一致。もう、意味が分かりません。


「ではー、誰か司会進行として議長をお願いしたいのですがー……」

「「はい」」


 美火ちゃんの要請に応えたのは腕を真っ直ぐに伸ばした霧華と栄多であった。お互いに視線がぶつかる。一瞬、よくフィクションなどの創作物で『火花が散る』と表現されるが、まさにその状態が目の前で起きたような気がした。

 暫く無言の状態が続く。

 重苦しい空気を終わらせたのは栄多であった。彼は肩を竦めると、霧華へ教壇に進むように挙げた手を前へと傾けた。

 彼女は颯爽と席から立ち上がると、真っ直ぐに教壇へと向かう。その表情は真剣そのもの。ただ歩くという姿ですら決まっているのだから、やはり霧華のスペックは高い。惜しむらくは、もっとそれに適した場で見せてほしかったということぐらいだろうか。

 そのままの勢いで霧華は黒板に達筆な文字を書き記した。


 表記は『マイダーリンは何時、泥ぼ……もとい天神刹那の心を射止めたのか』――


 待て、趣旨が変わっている。それに口頭であれば言い間違いというのも分かるのだが、書き間違ったのをそのままにしておくのは意味深過ぎる。絶対、わざとだ。

 しかし、僕以外の人間にこの不条理感はまったくないようで話は進む。


「では確認するよ。天神さん、あなたはアメに一目惚れしたの?」


 その質問に教室が静まり返る。固唾を呑んで状況を見守る、という感じだ。でもこれそんなに重要なことじゃないから。栄多も授業では見せたことのないくらいに真剣な表情で、事の真偽を確かめようとしていた。

 なんというか、この状況に乗り切れない僕のアウェイ感が凄まじい。


「いいえ、一目惚れではありません。彼とは以前、出会っています」


 ざわ……。

 友人に奬められて読んだことのある漫画にこんな表現があったが、まさか現実で体験しようとは思ってもいなかった。嬉しくないけど。


「って、待って! 僕が天神さんに会ったのって今日が――」

「発言がある方は挙手して下さい」


 抗議の声は、もっともらしい理由で中断された。

 渋々右手を上げて発言権を求めるが――


「却下。それよりも天神さん、気になることを言ったよね。アメと“出会ったことがある”って。そこのところ、詳しく教えてもらってもいいかな?」


 僕の発言権は独裁政治によって敢え無く散った。

 肩を落として落ち込む僕の心情とは裏腹に、天神さんはホントに恋しているのかと疑うほどの冷静な口調で、その出会いとやらを切り出した。


「私と彼の出会いは、今から二週間ほど前のことになります。そう、あの日はまだ風も冷たく、今にして思えば少し不気味な夕暮れ時でした……――」


 正直に言うと天神さんの語りは上手かった。その声は流麗でありながらも深みがあり、聴く人の心にその光景を映し出す。そして話としても起承転結があり、しっかり物語として成り立っていた。

 まるで朗読会にでも参加している気になってくるから不思議だ。

 彼女が語る僕との出会いは要約するとこうである。


 この高校に引っ越すことが決まっていた天神さんは、少しでも早くこの地域を見ておきたいという欲求に耐えることが出来ずに一人で散策することにした。

 ただし彼女は少し警戒心というものが足りていなかった。冬が終わり、春になったこの時季でも日の暮れは早い。その中を天神さんは一人で歩いていた。

 道によっては男ですら不安になる暗い場所がある。まして女性であればこの時間に通る者はいないと言われている場所を彼女は知らずに歩いていた。

 段々と不安になってくる気持ちを抑えながら、彼女は足早に歩を進める。一方通行の道なのだから出口はあるのだと信じて。

 しかし、それは間違いであった。進めば進むほど民家は少なくなり、古めかしいビルが多くなってくる。ビルとビルには隙間があるのだが、その隙間は小型の動物が通れるくらいにしか空いていなかった。当然こうもビルが乱立していれば陽の光など届きにくいため、いま来た道を戻ろうかと振り返った先に三人の男たちがいた。

 天神さんはその三人の表情を見て悟った。この男たちは私がこの道に入るのを初めから見てついて来たのだと。

 不快を誘うニヤついた笑みを貼り付けながら男の一人が近づいてきて、「こんな暗い場所一人じゃ危ないから、俺たちが大通りまで案内してやるよ」と声をかけてきた。全身を鳥肌が走る。「いえ、一人で大丈夫です」と言葉少なに拒否して逃げようとするが、男は無視して彼女の腕を強く握ると更に奥へと引っ張っていった。

 天神さんも力の限り逃げようとしたのだが相手は男で筋肉もあるらしく、それが無駄な抵抗だと分かると彼女は懸命に声をあげた――「誰か助けてください」と。

 その声も虚しく響くだけで、返ってきたのは男たちの下卑た嗤い声だけ。

 もう駄目だと、希望が消えそうになったとき――「なぁ、あんたら何やっているんだ」という声が天神さんの意識を揺り動かした。

 天神さんが振り返ると、そこには同年代らしき一人の少年の姿があった。周囲が暗いためその姿は正確には認識できなかったが、この三人とは無関係に感じられた。

 藁にでも縋る気持ちで「助けてくださいッ」と彼女が言うと、男の一人が舌打ちしてその少年へと向かう。柄も悪く暴力に慣れているのだろう男は少年に近づくなり拳を振るった。

 慣れぬ光景に思わず目を瞑ってしまった天神さんの耳に届いたのは、何か重たい物が地面に崩れ落ちる音と彼女の腕を掴んだ男の「おいおいマジかよ」という呆然とした声であった。

 恐る恐る目を開けると、そこには想像した光景とは別の驚愕があった。暴力を振るわれた少年は立っており、反対に振るった本人が地面で悶えていた。

 残った男たちの意識が戻るのを待たず、少年は地面を滑るように駆けて一気に天神さんの下まで辿り着く。そしてその勢いを殺さずに彼女を拘束する男の顔面を打ち抜いた。

 人が殴られる音を初めて間近で聴いた所為か身を竦めてしまった彼女は、男が吹き飛ばされる際に生じる引力が自分にも働くとは思ってもいなかった。既に男の手は彼女から離れているとはいえ、引っ張られたのは事実。体勢を崩して地面に倒れるかという瞬間、何かが躰を包むのを感じた。

 後方からは吹き飛んだ男が激しく地面に叩きつけられる音が聞こえたが、彼女にとってそれはどうでもよかった。自分を包み込むように抱きしめたのが助けてくれた少年だと分かり、安堵とともにこの少年の顔を瞳に焼き付けようと思ったからだ。

 少年は油断一つない表情で残った男を見て、「あんたもやるのか?」と淡々と言った。流石に形勢不利とみた男は捨て言葉を吐きながら足早に去っていった。

 静寂が二人を――正確には周囲から倒された男たちの呻き声が聞こえるが――満たすと、少年は優しい声で「ここは危ないから安全な場所まで案内するよ」と呟いた。先程、男が言ったのと同じ台詞であったが、その言葉がもたらす安心感が雲泥の差であったというのは当然としか言い様がない。

 二人はしばらく手を繋いだまま暗い道を歩いていたが、すぐに大通りへと抜けることができた。

 久しぶりとも思える街の光に思わず安堵の息が漏れる。そんな彼女を知ってか知らずか、少年は彼女から手を離すと「じゃ、さよなら」と一言だけ残して人々の喧騒の中へと溶け込んでしまった。


 そう、その少年こそ僕こと国頭雨兎であった………………………って、ナンデスカコレ!?


「これが私と彼の出会いです。一日千秋の思いで国頭雨兎を探していました」


 天神さんは無表情のまま、両手を頬にあててもじもじとしていた。シュールだ。

 対称にその話を聞いていた霧華は顔を真っ赤にして歯を食いしばっていた。怖い。

 そして、周囲の反応はというと――


「すげぇ! 男だぜ、国頭!」「それなんてエロゲっ!?」「ハードボイルドだ!」「国頭くんカッコイイっ」「さてはお前、体育の授業手を抜いていたな? どうだ、今日から空手部に入らないか?」「いいや、国頭は陸上部に入るんだ。そうだろ?」「何ぃ? それは聞き捨てならんな。あのおとこは我ら剣道部がいただいた!」「男子、うっさいのよ! それよりも国頭くん、今日って暇? もし暇だったら一緒に――」「こらぁ! 私のアメに色目を使うなぁっ。泣いちゃうぞっ! いいの!?」「お、落ち着けってキリ。それよりも皆、こんな武勇伝をもつ雨兎をどう思う?」「「「すごく、英雄ヒーローです」」」「だろ? だったらコールしてあげなきゃ可哀想だ。せーの、」


「「「「雨兎! 雨兎! 雨兎! 雨兎! 雨兎! 雨兎! 雨兎!」」」」


 この悪夢のような時間は隣のクラスの学年主任が来るまで続いた。欝だ。憂鬱だ。せめて美火ちゃんだけでも止めてくれれば良かったのに、一緒になって楽しそうに僕の名前を呼ぶのは勘弁してほしかった。純粋過ぎて怒る気持ちにもなれないから。

 もちろん、このような事態を扇動した裏切り者(えいた)には後で報復する所存であることを述べておく。




「うん、一通り考えてみても天神さんと会った記憶がない。そうだ霧華、僕の弁当食べる?」

「……食べる」


 あの時のことを思い出して食欲がなくなってしまったのであまり元気のない霧華に余った弁当を渡すと、横から物欲しそうな視線を感じた。


「言っておくけど、栄多にはあげないよ」

「何でだよ!? お前の作った飯ってスゲー美味いんだよ! 俺の母ちゃんが作った飯なんて……フッ」

「ニヒルに笑ってもダメなものはダメだ。霧華、完食しちゃってよ」

「言われなくとも完食です☆ アメの愛夫弁当を食べた私は無敵だー!」


 すっかり元気になった霧華を悔しそうな目で見る栄多を眺めて、報復完了と内心で呟いた。

 心に溜まった鬱憤も晴らしたし、放課後は早めに帰ろうかなと考える。

 きっと天神さんから何らかのアプローチがあるはずだ。それを受けるわけにはいかないので、放課後のチャイムが鳴ると同時に行動しなくてはならない。コンマ一秒を争う大仕事になりそうだ。

 それに僕の想像通りだと、たぶん天神さんは……――



遅くなりました、申し訳ございません。


読んでいただければ幸いです。

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