彼は日常を好む。しかし、日常は彼を好まず。 其の三
この物語はフィクションです。
この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
突然の転校生という話にクラスが騒めく。昨日までそういった話が一切なかったのだから、周囲が騒ぐのも無理はない。
担任教師である美火ちゃんから「入ってきてー」と言われて入室してきたのは、線の細い小さな女の子だった。
いやいや、こんな女子高生今まで見たことがない。身長が他の女子生徒と比べると一際背が低いのが一目瞭然である。多分一四〇センチあるかないかだろう。しかしそれ以外に関しては顔立ちも整っているし、艶のある黒髪のミディアムショートも白い肌と相まって良く似合っている。あと何処となくその所作と雰囲気から落ち着いた子――例えるなら、何処ぞの令嬢のように見える。霧華とは大違いだ。
ホント、ラノベとか漫画でこういうのを見たことあったけど、実際に目にするとあまりの驚きで声が出なくなる。現に教室にいる誰もが、開いた口が塞がらないみたいだし。
「えー、ご両親のご都合でこちらに転校することになりましたー、天神刹那さんでーす。自己紹介をお願いしてもいいかなー?」
「分かりました」
そう言うと彼女は教卓の前に行こうとして立ち止まり、その横に立った。それだけでこの教室にいるクラスメイトは正確に理解した。彼女が教卓に重なってしまうと見えなくなるのだ。完全に見えなくなるということはないだろうけども、頭部しか見えない自己紹介なんて好んでするようなものでもない。
「ご紹介に預かりました、天神刹那です。好きな食べ物はハンバーグです。肉食系女子です。よろしくお願いします」
……ん? 今の自己紹介で突っ込みどころが二箇所あったぞ。今時こういった場で自分の好きな食べ物を言う高校生がいるのかってことと、自身を肉食系女子と言ったがそれでいいのかお前ってこと。
まあ、多分アレだ。きっとハンバーグと掛けて言っているんだろう。僕は声に出して突っ込まないけど、霧華や栄多あたりは……やっぱりだ。すっごく声に出したそうに躰をプルプルさせていた。お預けをされている犬とかってあんな感じだよな。所謂、『待て』ってやつだ。
「……」
「んー、自己紹介はそれで大丈夫ですかー?」
「はい、全て語りました」
何故か、やってやった感が凄いんだが、この子も実は美火ちゃんに劣らずマイペースなんじゃないだろうか。なんとなくぼんやりと天神さんを見ていると、一瞬彼女と目があった気がした。でもすぐに視線が別のところにいったので、多分クラス全体でも眺めていたんだろう。
「ではー、みなさんから質問などありますかー?」
美火ちゃんのその言葉が切っ掛けであった。今まで『待て』を強要されていた猛犬たちは我先にと質問をしだした。
「身長は何センチなんですか!?」「好きなミュージシャンとかいるー?」「彼氏はいますか!? 寧ろ俺が彼氏だよね!?」「スリーサイズを! スリーサイズを!」「ハンバーグ以外に好きな食べ物って何かある?」「前の高校は何処だったの?」「肉食系なら俺を! この俺、三叉栄多を喰らってくれ! 刹那様!」「どこか部活に入る気ある? まだだったら是非、都市伝説研究会に入らないっ?」「貧乳こそステータスです! 間違いありません!」「得意な科目ってありますか?」「好きなブランドってあるぅ?」「SとMならどっち!?」「肉食系だって言ったよね。だったら私のアメだけは譲れないよ、セッナ!」
自由過ぎだ、うちのクラス。この爆発にも似た騒ぎのせいで、きっと今頃他のクラスの人たち驚いているに違いないぞ。特にまともな質問よりも変な質問が多いって時点でおかしい。個人的には霧華と栄多は後で呼び出し決定は確定事項。何で質問じゃなく自己主張してんだ。明からさまに間違っている。
ああ、ほら天神さんも突然のことにフリーズしてるよ、と僕が思っていると徐に彼女の口が開いた。
「そうですね。身長は一三九センチです。特に好きな方はいませんが、主にロックを聞きます。彼氏はいませんし、あなたは誰ですか? スリーサイズなど日々変わるものです。ステーキが好きです。前は神奈川の青塔学園にいました。三叉栄多さんですね、お断りします。申し訳ないのですが、部活は家庭の事情により入れないのです。私は巨乳です。体育と家庭科が得意ですね。フェードの服は丈夫なのでよく買います。どちらでもありませんが、敢えて言うなら肉食系なのでSだと思います。……最後に、私のアメとは誰のことですか?」
本日、二度目のフリーズ。クラスメイトたちも有り得ないものを見た顔をしている。中には「現代の聖徳太子、その名は天神刹那様」と残念なコメントをしている者もいた。言わずもがな、僕らの残念な友人、栄多である。っていうか栄多、お前は巨乳派じゃなかったのか?
「ふむ、もう一度聞きます。アメとは誰のことを言っているのですか?」
「アメはアメさ! 私のダーリン、国頭雨兎だよっ☆」
ここにも残念な友人が一人いたことにため息が出そうになる。
テンションが上がった霧華は、席から立ち上がるとビシッと効果音が付きそうな仕草で僕を指差した。
嫌な予感がしてクラスを見渡すと、周囲の反応は様々ではあったが、その大半が『やれやれ、またか』という感じになっていた。ちょっとみんなしてその反応はおかしいだろ、と言いたいがそれをやってしまうと更なる深みに嵌ってしまいそうなので黙っておく。
そして、一際強い視線を感じた。肌を刺すような強い意思のある視線。
何気なく窓ガラスを使って視線の主を見ると、案の定転校生からひしひしと強いものを感じる。霧華が余計なことを言うから、もしかしたら『女の敵』とでも思われたのかもしれない。
「ではー、自己紹介もそろそろ終わりにしますねー。天神さんの席はー……どこにしましょうかー?」
美火ちゃんの言葉にその刺すような圧力は止んだ。ほっとため息が知らずに漏れてしまう。
しかし、その油断がいけなかった。
クラスの中でも賑やかな部類に入る生徒たちや、彼女に一目惚れした生徒たちが質問の時と同様に激しく自己主張を行う喧騒の中、当の天神さんは無言でスタスタと歩き出したのである。
窓ガラス越しにその様子を見ていた僕は段々と嫌な予感がした。と言うより、嫌な予感しかしない。
「あなたが国頭雨兎ですね。……中肉中背より若干細め。容姿は結構整っていると言ってもいい範囲でしょう。ただ難を挙げるのであれば一つ、前髪にかかった少し長めの黒髪が野暮ったい感じでしょうか」
僕の席の真横に立った彼女はそう評価した。説明台詞ありがとうございます。
無言でスルーするわけにもいかず、顔を天神さんの方へ向けると、そこには顔は無表情に近いが瞳に『興味津々です』と物申す正直者がいた。
「決めました。先生、私の席は彼の後ろで宜しいでしょうか?」
確かに後ろの空間は空いているからこうなることは分かっていたのだが、何だろう。何だか理由が凄く不純な気がするんですが……。
「そうですねー。国頭くんの後ろは空いてますしー、うん、いいと思いますよー」
周りの悔しそうな声も抗議の声もなんのその、マイペースな美火ちゃんは両手をぽんと叩いて可決した。思考自体は早い美火ちゃんは「ではー早速机と席を用意しますねー」と教室から出て行く。いや、別に予め教室にそれらを用意しておけばいいんじゃないのかとか思っていませんよ。何故なら、それが彼女らしさなのだから。
でもこのタイミングで教室を出て行くのは止めてほしかった。理由は簡単で――
「おい、雨兎! この裏切り者ッ!」「ねぇねぇ、天神さんだっけ。国頭くんのどこに惹かれたの!?」「リア充爆発しろ!!」「ホントにその通りだな。これは某ゲームのように学級裁判をするべきではないだろうか?」「よし、俺は国頭がクロだと思う」「それは違うよ! 国頭は真っ黒だ!」「「「同意見だ」」」「ひどいひどいよ、アメ! そんな女のどこがいいのっ?」
ほら、こうなるから待ってほしかったんだ。
霧華に肩を掴まれてガックガックと揺さぶられながら、話題の張本人である天神さんを見た。
彼女は自分に質問していた女子生徒、田中さんに顔を向けていた。この位置からだと田中さんの好奇心旺盛なニヤニヤ顔と天神さんの後ろ姿しか見えない。
すっと流れる仕草で天神さんは両手をその頬に当てて、有り得ないことを言い出した。つまりは爆弾の再投下である。
「彼に――国頭雨兎に、惚れました」
その一言で、我らのクラスが更なる混沌に陥ったことは言わずもがなであろう。ホント、勘弁してほしい。
お待たせしました。
もう一つ書いている話とはまったく別ものの話(向こうは結構シリアス?)ということもあって書いていて面白いです! いや、自分が面白いだけではダメですね……。
読んでいただいています皆様にも少しでも面白いと思っていただければ幸いです。
誤字脱字、ご意見があればお気軽にお願い致します。