彼は日常を好む。しかし、日常は彼を好まず。 其の一
この物語はフィクションです。
この物語の舞台はこの世界とよく似た別の世界であり、実在もしくは歴史上の人物、団体、国家、領域その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
カーテンから朝日が差し込む時間、僕こと国頭雨兎は憂鬱な気持ちで目を覚ました。
時計は――そろそろ七時になろうとしている。
世間一般の学生や大人がそうであるように、休み明けの寝起きはどうしてこうも疲れるのだろうか、などと答えが出てくるはずもない自問自答を、未だめぐりの悪い頭で考えていた。
今日は月曜日。つまり、高校へ行かなくてはならないのだ。
ピピピッピピピッピピピッ――
そんな馬鹿な思考に突っ込むかのタイミングで、本日朝一の目覚ましが鳴る。
主人の起床後に鳴る目覚ましの価値については人によってそれぞれであろうが、僕にとっては大いに役立っていると言える。
その理由は簡単で、行動するべき時間を教えてくれるからだ。この行動するべきというのは言わずもがな、朝食の時間を意味する。
僕は寝巻きとして着ているスウェットを手早く脱ぐと、予めハンガーにかけておいた制服を、これまた手早く着込んだ。まあ、高校生活も二年目になってくると、こうした作業が自然と最適化したルーチンワークになってくるものだ。
ある程度の整った状態で自分の部屋を出ると、ゆったりと階段を下りる。そして、日課である今朝の新聞を取りに郵便ポストを開けると、いつもと同じ見慣れた景色が広がっていた。
「……またか」
目の前には新聞が折りたたまれた状態で、郵便ポストの受け口から約半分の割合で挟まっていた。
これはいい。しかし問題は次だ。
その問題というのは、新聞の下にあるモノにある。
両親の仕事の関係で、この家に引っ越して早一年が経とうとしているのだが、早朝ともいえる時間帯、ポストへの投函は新聞だけではない。厳密にいうと一ヶ月前からほぼ毎日、我が家のポストに余分なモノが混じるようになった。当事者がいるのであれば、よく飽きもしないものだ。労いの言葉と一緒に、その頭に一発お見舞いしてやろう。
僕は普段読みもしない住宅情報のチラシを新聞の折込から何枚か見つけると、それに触れないように気をつけながら、ため息混じりに包みこむ。その朝からやりたくもない行為を終えると、これまた朝の日課という体で所定の場所に投げ捨てた。
キン、と金属同士がぶつかる音を後ろ耳に、朝食と摂るためにリビングへと向かう。
……その前に顔を洗わなくては。やはり休み明けというのは、普段の調子を取り戻しにくいものだ。
国頭家の住居は一戸建てで、一階は両親の、二階は僕と妹の部屋がある。東京都という地区においてそれは高額な買い物であるはずなのだが、実際のところ、そんなことはなかったらしい。
別に物凄く狭いということはないし、寧ろ四人家族で住むには部屋がいくつか余っており、広すぎるくらいだ。ではこの住居が建ったのが物凄く古いのかというとそうでもなく、築二年にも満たない。それは外観からも、内装からも確かなことである。
だったら何なのだと思う人がいるかもしれないが、少しばかり考えてみると分かるはずだ。
よくある話――昔、この家で人が亡くなったのだ。これで説明完了。もっと分かりやすく表現すると、新築早々に曰く付きの物件となってしまったこの家を、父が家族に何の相談もなく勝手に購入した。それが一年と一ヶ月前。この家で人が亡くなったのが、一年と二ヶ月前。実の父ながら常識を疑う行動だ。
そんな非常識な人間である父だが、勤めている外資系企業ではかなり貴重な人材となっている。営業実績も優秀ということもあって、我が家は一般家庭からみると裕福の部類に位置する。だが、そんな高給取りの父をもっていても、両親が基本的に贅沢をしようとしない部類の人間なので、僕ら兄妹はごく一般の常識をもった平凡な人間に育ったとも言える。
何が言いたいかというと、それを知った母と妹は当然の流れで、愚かなる父に思いつく限りの罵詈雑言をぶつけた。言葉四割、母の拳や、妹の脚が六割の言いたい放題やりたい放題の狂気の場と化していた。
それでも粗方の不平不満を言い終えると二人ともすっきりとしたようで、あっさりと引越しの日取りを話し始めた。覚悟を決めた女は強いというが、この強さは正しいのだろうかと、未だに疑問で仕方がない。
元々住んでいた場所が福岡だということもあって、引越しはひと月程の時間を必要としたが恙無く終わった。
もちろん僕と妹の通う学校も変わるので、それはそれで一つの大きな転機でもあったが、人生どうにかなるもので、二人とも希望の学校に転入することが出来た。普通なら受験日などの兼ね合いで試験すら受けることも出来ずに一浪する可能性が高かったのだが、どのような運命の巡り合わせか、その時点で多数の欠員が出来ていたことが学校側の調べで判明していたようで、突発的にして異例のことだが中高共に入校希望者の二次募集をかけていた。そこに、僕ら兄妹が運良く便乗したというのが事の顛末だ。
僕は家から近くにある、私立の樂陽高校に。妹も家から近くの樂陽中学に。学校の名前から察しのいい人であれば想像がつくかもしれないが、これらの学校は同一人物が経営している。敷地自体は同じだが中高と校舎が別々にあり、それぞれが不満なく学業、部活動が出来るように配慮された学校の保有する敷地の広大さは他校でも有名であるようだ。進学率もそれなり良いらしく、少なくない入学費であったが両親は快く出してくれた。
さてここで余談であるが、僕らの大黒柱である非常識な父はというと、どのような交渉を行なったのか、勤め先の福岡支社から東京本社にいつの間にか転属願いを出して受理させていた。父よ、あなたは一体何をしたんだ?
閑話休題。
リビングに入るとそこには誰もいなかった。いつものことだと思いながらテーブルの上に新聞を置く。この後に起きてくる父のために新聞を取ってきてあげる高校男子というのはちょっと、というか非常にシュールであるが仕方がない。家族の誰もが一つ受け持つノルマを果たさなければならないのだから。父であれば食後の皿洗い、母であれば掃除洗濯、妹に至っては料理ときている。だからこれくらいの雑用なんでもない。
朝食は基本、一人で摂ることの方が多い。家族構成として父、母、妹、そして僕の四人家族となっているが、朝食や昼食を家族全員で摂ることなど数える程しかない。
両親共に夜行性で、その血を引き継いでか、妹も同様に朝には極端に弱かった。その為か、夕飯は暗黙の了解として家族全員が揃ってから食べることが多いので、決して家族仲が悪いという訳でもない。もちろんそれぞれの付き合いもあるので、もし外食になることがあれば家族の誰かにメールを送れば問題はない。
こうして一人でリビングにいると、この広い一軒家に僕しかいない気になってくる。そんなはずもないのだが、こんなの静かな朝だとそう思わずにはいられない。
手持ち無沙汰にテレビをつけると、朝っぱらから憂鬱なニュースをやっていた。『勤勉なる殺人鬼』の話題。また人が殺されたようだ。これで確か十七、いや今回ので十八件目の殺人事件だ。警察も周囲の聞き込みとかで犯人の情報を血眼になって探しているみたいだが、悲しいかな結果が出てこないらしく、テレビの中にいる大人たちは警察の無能を罵っていた。
朝から面白くもないニュースを見た所為か、どうにも食欲がわかず、豆乳をコップ一杯だけで朝食を済ませた。大丈夫、豆乳は高タンパク質だから何も食べないよりはマシなはずだ。
時計を見ると時間は七時半――そろそろ妹を起こしてやらないと、あいつが遅刻する。
僕は一旦部屋に戻り、学校指定のカバンを手に持つと、そのまま妹の部屋の前に向かった。
「おーい、優心ー。もう朝だからいい加減起きろよ」
僕は『優心のへや』と書かれたプレートの掛かったドアをノックしながら、部屋の中にいる妹へと声をかけた。
五秒、十秒と沈黙が支配して、三十秒が経とうという頃、やっとドアの向こう側から人の動く気配を感じた。
「……ぁぃ、ぉきまふぅ……」
あからさまに寝ぼけた調子の声だが、間違いなく僕の妹の声だ。今は寝起きのためにのんびりとしている感じだが、完全に目を覚ますとアクティブというか、男も真っ青なワイルド少女になる。身内びいきかもしれないが、妹の優心は見た目、大人しめで身長も低く愛らしい容姿をしている。けど性格や行動はワイルド。何ともチグハグ感が激しい中学二年生。
「ああ、僕はもう学校に行くから。優心も急げよな」
ドアの向こう側から聞こえる、「ぁぁぃ」みたいな眠そうな声を聞きながら僕は優心の部屋から背を向けると、いつも通りの時間に家を出たのであった。
僕と妹の優心が通う中高を総称して樂陽学園と世間では呼ばれている。その敷地は広大で、在籍する学生の人数もそれを教える立場の教師の人数も他校より多い。入学を志望する学生はもちろん、入学を薦める親も多いため、少子化などと言われているこのご時世、これだけ人が集まるのはこの樂陽学園以外他にないのではないだろうか。
進学率の高い中高であるこの樂陽学園は、全国的に見ても学生の質が高い。学業もそうだが、運動関連にも力を入れていることから非常に優秀な生徒が粒ぞろいで、中には将来を約束された若い人材もいる。こうなっては大人たち、つまりは青田買いに躍起になる企業が血眼になって手招いているイメージが伴うかもしれないが、そこもしっかりと管理されているのがこの学園のいいところでもある。
入学式で聞いた校長兼理事長の有難いお言葉を思い返すと、それは一目瞭然である。いや、この場合に於いては一耳瞭然か。
“この樂陽中等学校、及び樂陽高等学校に在籍する学生は、私が保有する至高の宝である。それは他者から見れば喉から手が出るほど、それこそ手段を選ばないほど手に入れたい人材であろう。だが、やらん。何故ならこの学園を支配するのは私――久我原美神であるからだ。だから、絶対にやらん。ふふふ、どす黒い情念が無言の圧としてこの身に響いてくるわ。ぁ……心地いい。しかし、私は鬼ではない。美神ではあるがな。故に遠くで、ひいてはこの学園に密偵を送り込んで聞いている浅ましい貴様らにチャンスをやろう。なに簡単だ。私がランダムで各学年から代表を五人づつ選出してやるから、それぞれを一年以内にスカウトしてみるといい。とは言ってもだ、無理な勧誘や引き抜きは御法度であるから心しておけよ。もしそのような不逞の輩がいるのであれば、私の持てる力と美貌を駆使して社会的にも生きていられなくしてやる。嘘だと思うのなら試してみるがいい。間違いなく、一族郎党を『貴様』らの所為で世にも恐ろしい……おっと、これ以上は野暮というものだな。こらこら、私の自慢の生徒である君たちが顔を青ざめてどうする。ホントにもう可愛い奴らだな! ふむ、ではここで一つ規則でも設けるか。各企業、各法人団体、それに類する組織は彼らの放課後三十分間をスカウトが可能な時間とすることにしよう、そうしよう。これに異を唱える者は、スカウトの参加資格がないと思いたまえ。
最後に生徒諸君、喜びたまえ。スカウトされる者も、スカウトされない者も等しく君らには選ぶ権利がある。自分の望む道があるのであれば、それこそ堂々と諸手を振って進むがいい。その道中、君らを利用しようとする大人がいるのであれば、そいつはまさに絶好のカモだ。ネギを背負っているから鍋持参で話を聞くがいい。だが食べるときには注意するんだぞ。火を通さない内に食べてしまうと自身の躰を壊す恐れがあるのでな。
おっほん……では早速だが、代表者を選出する! まずは中等部から――”
この話を聞いてその時は、何とも自由奔放で豪放磊落な性格をした理事長だと、僕は呆れながらに思った。でも家から近いという理由で選んだ学校であっただけに、結構面白い人がいるもんだと思った。しかも、言葉では表現しづらい程に美人の女性である。見た目の年齢も二十代(正確な年齢は不明)にしか見えないし、スタイルも抜群でトップモデルすら霞む勢いだ。……まあそう思っていたのも、その選出者発表中に僕の名前が出てくるまでは、だったけど。
しかし、何の取り柄もない人間に誰がスカウトをしたいと思うのだろうか。いや、思うわけがない。実際その通りで、はじめの頃は様々な大人たちが僕に対して何が出来るのかと、放課後引切り無しに会いにやって来てたけど、それも一ヶ月まで。つまりは皆がきちんと理解してくれたのだ。
所謂――国頭雨兎は『凡人』だと。
なのに、それなのに高校生活二年目になった今年も『スカウト対象者』に選ばれるというのは一体どういうことなんだ。体育館で行われた新学期一発目の全体朝礼で、今年の『スカウト対象者』が決まった瞬間、色々な各方面から落胆のため息が聞こえたのは決して気のせいではないだろう。あの美神め。この前そのことで直接文句を言ったら物凄く嬉しそうな顔をしてたし、本当にあの人は思考が読めない。
そんな毒にも薬にもならないことを考えながら、僕は一人学校へと歩を進めた。
初めての方ははじめまして。私の他の拙作を読んでくださっている方は今後とも宜しくお願いします。水々火々と申します。
前記でも書きましたようにもう一つの話も書いているのですが、どうしてもこの話の構想が浮かんでしまって我慢できずに書いてしまいました。
両方の話もきちんと進めます! ……投稿のスピードは、ごめんなさい。他の方々みたいに一週間に一本とか、二三日で一本とか私には無理でございます。
それでも書きたかった話なのできちんとやります。ご勘弁ください。
ご質問・誤字脱字等ございましたらお気軽にお願い致します。