第05話 始めましてイギリスからやってきましたリリスっていいます。 仲良くしてくださいねっ! キャハ☆
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朝っぱらからの全力疾走はかなり堪える。
「っばあ、はぁ、はぁ、はぁ、は~~~~~」
ゴールが学校という朝から止まれないマラソンによって荒くなった息をはぁはぁと吐きながら息を調えていた俺に陽菜が心配そうに声をかけてきた。
「・・・悠哉、大丈夫?」
「はぁ、はぁ、心臓が、口から飛び出しそうだ」
遅刻しそうな時間に家を飛び出した俺は滑り込みセーフといったギリギリさでなんとか学校に間に合った。
もし間に合わなかったらビスマルクに一週間分の生命力を一気に削りとられるところだった。
「それにしても悠哉がこんなギリギリに登校するなんて珍しいね。何かあった?」
「何かって言うか・・・」
うむ、ここはなんて答えるべきだろうか。
今朝起きた事をそのまま言うわけにはいかないし、あまりに変な事を言ったらバカだと思われるかもしれないからな。
とりあえず脳内でシミュレートして良さそうな物から答えよう。
・・・・・・
『何かあった?』
『いやー、家の玄関先でさ、死神が倒れてて、話してたら遅くなっちゃったんだよね。困っちゃうだろハハハ』
『ズザー(陽菜がドン引きして心の距離を取った音)』
『ハッハッハ、13kmや(心の距離が(泣))』
・・・・・・
・・・これはない。
玄関先で死神に逢ったなんていったら、あの自称死神少女より先に俺が病院に送られてしまう。
他の言い方はないのか。
・・・・・・
『何かあった?』
『ああ、玄関先で女の子に話しかけられて・・・』
『・・・その子って可愛かった?』
『可愛かったけど・・・』
『へー、遅刻しそうになるまで可愛い女の子と話してたんだ。よかったね~』
『め、目が笑っていない!(ガクガクブルブル)』
・・・・・・
これもない。
女の子と話して遅刻しそうになったなんて、心配してもらったのに申し訳が立たない。
もっとまともな返答はないのか!
・・・・・・
『何かあった?』
『人助けをしてたら遅くなっちゃって』
『人助け? 何したの?』
『人が倒れていて・・・』
『倒れていて?』
『息をしていなかったから・・・』
『息をしていなかったから?』
『人工呼吸をしました』
『人工呼吸ね・・・。 それって女の子?』
『・・・・・・はい』
『ほ~う、つまり悠哉は気を失って抵抗できない女の子の唇を無理やり奪ったと・・・ちょっと警察に行って来る』
『なんで、そんなに悪意を持って解釈されているんですか!?』
・・・・・・
っ、まともな案が一つもない。
どうすればいいんだっ!
「・・・や、悠哉ってば」
「はっ! 悪い、ぼーっとしてた」
「大丈夫? もしかして本当に何かあったの?」
「いや、何か有ったと言うか、何かに逢ったと言うか・・・」
「もしかして、昨日私が注意してって言っといた刃物を持った不審者にでも逢ったの?」
ああ、そう言えば昨日の帰り際に大きな刃物を持った不審者に気を付けろって陽菜に言われたんだっけか。
まあ、確かに大きな刃物を持った不審者だったな・・・大鎌をぶら下げた死神見習い(自称)ではあったが。
というか、俺に逢う前からすでに不審者扱いされていたとは。
鎌を消せるなら常に消してろよ。
そういえば、学校に遅刻しそうだったからという理由で置いて来てしまったわけだが、大丈夫なのだろうか。
警察に捕まったりしている可能性もない事はないし。
まあ、考えるだけ無駄だな。
「・・・はぁ。 逢ったな、確かに馬鹿デカイ刃物を持った不審者に」
「本当に!? 大丈夫!? 怪我とかしてない!?」
陽菜がグイッと顔を近づけてくる。
その勢いに押されて椅子にのけぞるような体勢になってしまった。
なんか客観的にみると、陽菜が俺に向かって上から覆いかぶさるように抱きつこうとしているようにも見えるんじゃないだろうか。
さすがにクラスメイトが周りにいる状況だと恥ずかしい。
「ちょ、落ち着けって、大丈夫だよ。 見て分かるだろ? この通り、健康優良児だよ」
「そう、ならいいんだけど、心ぱ『お、またあの二人は朝からいちゃついてんのか、ったく見せつけてくれるなぁ』・・・いなんてしてないんだかねっ!」
クラスメイトの男子がこれ見よがしに言う、しかもわざと面白がるように声を出す。
もちろんそれは陽菜にも聞こえる訳で。
陽菜は顔を赤くすると、ちょっと怒ったような顔で発現の口調が突然変わる。
そして言うなり、長いポニーテールを翻しながら、自分の机に戻ってしまった。
あ~、機嫌損ねちゃったよ。
何だろうなこの理不尽さは。
俺が何かしたわけでもないのにな。
ったく、後で石井(陽菜の話の最中に冷やかしを入れた男子生徒)しばく。
なんて事を考えていると、俺の席の左隣り(窓際の席)に一人の男子が座った。
「悠哉君も朝から大変だね。 水無月さんの機嫌が直るのにどのくらい掛かりそう?」
この人当たりの良さそうな微笑をたたえた、優しげな男子生徒は清水純。
俺と割とよくつるんでいる友人だ。
名は体を表すという言葉の通り、性格はかなり清い。
物腰は穏やかで一見すると弱弱しそうに見えるかもしれないが、決めるところは決める。
穏やかだが、優柔不断ではない、かなりの好青年と言っていい。
陽菜ほどで無いにしろ純ともそれなりの付き合いになる。
将来はカウンセラーにでもなったらどうだろうかと言うくらい人の話を聞くのが上手い。
こうして、自分から気も配れると言う事もあって、女子にも結構人気があり優良物件とされているらしい。
「ん~、昼休みまでに機嫌が直ればいいんだけどな。 少なくとも明後日には治ってると思うぞ?」
「いや、明後日はだめでしょ。 今日の内に機嫌を直せるように努力しなきゃダメだよ」
「はあ、俺は何もしてないのにな」
「しかたがないよ、こういうときは男子が折れなきゃならない時代だからね」
「嫌な時代だな、俺は理不尽なことで怒られない時代に生まれたかったよ」
「はは、多分今までそんな時代は無かったんじゃないかな? どこでもいつの時代でも女の人は強いもんだと思うよ」
「ですよね~」
「そういえば悠哉君、今日転校生が来るらしいよ? なんでも、外国からの留学生って話しだけど」
「うちのクラスにか? へえ、珍しい事もあったもんだ・・・・・・あ」
その瞬間に嫌な予感が俺の頭をよぎった。
朝。
驚きの出会い。
転校生の存在を知らせる友人。
転校生を告げる担任。
教室にはいってくる転校生。
『あ、朝の人!?』
『おい、お前転校生とどういう関係だ?』
お約束イベント。
そこから考えられる事態。
つまり何が言いたいかと言うと、今日の朝俺が出合ったのは誰?
■自称死神見習い少女■
は、ははははははは、まさかな。
ありえないよな、流石に。
そんな、昔の漫画じゃあるまいし。
曲がり角でぶつかって、次に逢ったのは教室なんてことは。
まあ、朝は曲がり角でぶつからずに、家の玄関先で踏んでしまったのだが。
「悠哉君? 顔色が悪いけど、どうかしたの?」
「いや、ただ何となく嫌な予感がしただけだ」
「?」
純が頭に疑問符を浮かべていると、
「ほら、早く席に着け。 ホームルーム始めるぞ」
といって、うちの担任様が現れた。
その声が聞こえると談笑していた男子も女子も自分の席へとすぐに座る。
光希原統華、それがうちのクラスの女担任の名前だ。
まだ、若い教師のはずなのに凄まじい貫禄を持っている。
しかし貫禄を持っているからと言って、別にゴリラのような野性味あふれた先生と言うわけではない。
見た目なら美人教師にカテゴライズされるはずだ。
少なくとも、極一部の男子生徒によって行われた(少なくとも俺は参加していない)ランキングにおいて最も踏まれたい教師ナンバーワンに輝いたことからも少しは察してもらえると思う。
しかし、そのサバサバした性格が有無を言わさぬ貫録を生んでいる。
そして、口調は若干男っぽくもある。
名前は煌びやか且つ堂々としているが、全く名前負けしていないと言うのも凄い事だと思う。
それが、ウチのクラスの担任教師光希原統華だった。
「んー、全員席に着いたな。 それでは、ホームルームを始める。 と、その前に聞いている奴もいると思うが転校生を紹介する。 入ってきていいぞ」
「はい」
と言って、転校生が教室に足を踏み入れると、クラス中から『おお』と歓声が上がった。
まあ、歓声の理由は当然のごとく転校生の容姿だった。
容姿で歓声が上がる。
それはつまり、男なら恰好がいい、爽やか、ワイルド、もしかしたら可愛いなんて言うのもあるかもしれない。
女なら可愛い、綺麗、優しげ、もしかしたらカッコイイなんていう容姿にカテゴリーされると言う事だ。
そして今回の転校生は綺麗か可愛いにカテゴリーされるであろう女子だった。
転校生は黒板の前まで行くと黒板に白いチョークで、
リリス=サクリシア
と名前であろう文字を書き、俺たちの方へ向き直った。
「初めまして、イギリスからやってきました。 リリスっていいます。 仲良くしてください」
そう言うと彼女は『ニコッ』と言うより『キャハ☆』と言うように笑った。
「えっと、好きなことは―――」
と、自己紹介が続く。
そこまできて俺はやっと少し安心できた。
俺はてっきり今朝の自称死神見習いが教室に転校生として現れるのではないかと疑っていたからだ。
しかし、その心配も無くなった。
別人。
確実に違う人だ、これで俺は学園生活を脅かされる心配は薄れたな。
そして、心の安定を得た俺はここに来てようやく転校生をしげしげと眺めるだけの余裕を得た。
なるほど、皆が騒ぐだけのことはある。
たしかにぱっと見だけでも可愛らしい女の子にカテゴリーされるであろう容姿だ。
しかし、それだけでは彼女の雰囲気は伝わらないだろう。
ほとんどお目にかからないような真紅の髪に、ちょっと吊り目気味の大きい瞳。
ニッコリ笑っている笑顔からは、無邪気というかどことなく子供っぽい印象を持たせられる。
そう、なんというか、あ~~~~、ううんと、言葉にするのが難しいな、ええと、そう、小悪魔っぽい感じの少女だった。
うん、一度当てはまるとこれしかないって気がするな。
小悪魔って言葉がぴったりな少女だ。
髪型も真紅の髪の6分の1位ずつを頭の左右で留めて、残りの髪はそのまま流している、ええとツーサイドアップ?サイドポニー?にしてあり、これも小悪魔っぽさを引き立てている。
う~ん、さっきから小悪魔って印象しか浮かんでないぞ。
初対面でどれだけ小悪魔っぽさを強調しているんだ俺は。
と、そんな風に観察していると、
「サクリシアの自己紹介も終わったな。 さて、席はそうだな・・・神宮寺の後ろが空いているな。 よし、この列の一番後ろの席に座ってくれ」
「はい、わかりました」
光希原先生に返事をした転校生は自分の座るべき席の方、つまり俺の方へと顔を向ける。
そこで、はじめて俺と転校生の目があった。
すると、どういうわけか転校生は俺の方に向かってニッコリ笑いかけてきた。
その微笑みに反応したのは、俺、ではなく俺の席の周りにいた男子生徒たちで、
「今、サクリシアさん俺に向かって笑ってくれたよな、な!」
「バカ言え、れの方に向かってに決まってんだろ」
と喧嘩を始める。
しかし、俺は違った。
転校生の笑顔を見た瞬間、死神少女と似た雰囲気を感じたのだ。
目の前にいるのは、明らかに死神少女ではない。
ただ、なんだこの言いしれない不安感は。
何て言うか、蛇に睨まれた蛙ではないが、ライフルの照準がこちらに向いていると言うか、狙われているといった感じがある。
そう、自称死神見習い少女が俺に向かって死んでくださいと頼んできたときのような感じだった。
そう考えている間にも、転校生は自分の席、つまりは俺の方に向かって歩いてくる。
少し身構えるが何事もなく転校生は俺の横を通り過ぎて行った。
ただし、俺の横を通り過ぎる際に、横目でしっかりと見ていた。
そして、席に着いた彼女からの視線がビンビン俺の背中に突き刺さっている。
俺何かしましたっけ?
そんな俺の思考を打ち切るように、
「そういえば、一時限目は数学だな。 ちょうど私の授業か、ちょうどいい、では授業を始める」
「起立、礼、着席」
クラス委員の男子が号令をすることで、俺の微妙な不安感を残しつつ、授業は開始されてしまったのだった。
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