第04話 や、やっぱり、キスや口付けの意図が、あ、あったんですね!?
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・・・
・・
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ん、なんだって?
死んでくださいって言われたかのか今?
い、いやいやまっさかー。あ、あれだよな。
信じて下さいの聞き間違いだよな。
いや、このタイミングで信じて欲しいのは俺の方か。
じゃあ、やっぱり死んでくださいって言われたのか?
恐る恐る俺(身長170センチ)が顔をあげるとそこには成人男性の背丈ほど(170センチ強)もある大鎌を俺に向かって構えた少女(身長約155センチ)がひとり。
結論、どうやら許されなかったようだ。
そんな状況に陥ることで『何で名前を知っているんだ』とか『何で俺の家の前で倒れていたんだ』とかいう疑問はあっという間に消え失せた。
人間命の危機が迫ると小さいことはどうでもよくなるらしい。
「ご、ごめんなさい。本当に息をしてなかったから人工呼吸をしようと思ったんです。他意はありません。嘘じゃないっす。ですから命だけは勘弁して下さい」
すると少女は顔を真っ赤にしてうつむきながら首を横にぷるぷるふった。
鎌を突きつけられながら思うことじゃないが・・・可愛らしい。
「い、いえ、人工呼吸されたのは、と、とっても恥ずかしかったですけど・・・で、でも、それとは関係なく、し、死んでくれませんか?」
「えっと、それは人工呼吸もキスも口付けも息を吹き込んだのも関係なくですか?」
「や、やっぱり、キスや口付けの意図が、あ、あったんですね!?」
「ごめんなさい、口が滑りました」
「か、隠す気もなくなってます!? 酷いです。は、初めてだったのに」
「安心して下さい。俺も初めてです」
「安心する要素じゃないですよぅ」
少女は鎌の先端部を下げ、項垂れるように呟く。
いまさらだが、大鎌を構えた相手に向かってよく軽口を叩いたと思う。
人間あまりにも常識はずれな現実を目の前に突きつけられると一周回って正常な判断が下せなくなるのかもしれない。
いや、一周回らなくても正常な判断が下せたかどうか分からないが。
それでも鎌を突きつけられた瞬間よりは落ち着いてきた俺は、
「えっと、キスが原因じゃないとしたら、何で俺は殺されなきゃならないんですか? 俺、君とは初対面・・・ですよね?」
と恐る恐る聞く。
自分では覚えていなくても実は相手にとって大事なことかも知れないからだ。
もし、ヤンデレの方だと『何で覚えてないの! 私は覚えているのに!!』みたいな感じで怒らせかねない。
いや、これはメンヘラか。
「うう、もう人工呼吸ですらなくキス一択になってますね・・・で、でも、そ、そうですね。 初対面ではありすよ?」
食いつくところが違ったが逆に助かった。じゃあ、
「もしかして俺の両親か祖父母に恨みがあったりします?」
「えっ? ち、違いますよ? あなたのご両親にも他の親族の方たちにもお会いしたことなんてないです」
「じゃあ、金で雇われた殺し屋だったりします?」
「も、もちろん、違いますよ」
「・・・」
ここまで言って当たらなければ、本当に命を狙われる心当たりがない。
殺し屋のあたりですでに狙われる心当たりはないのだが、これ以上は何も出てこない。
「じゃあ何で俺は殺されなきゃならないんです? まさか、『地獄からの使いだ』なんていうんじゃないですよね?」
「お、惜しいです」
「惜しいのっ!?」
昨日偶々友達に勧められた漫画が確かそんな感じの内容だったので超テキトーに言ったんだが・・・まさか答えに近づくとは。
少女は覚悟を決めたように大きく息を吸うと、
「えっと、わ、私は冥界から来た死神見習いなんです」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙
圧倒的沈黙
返す言葉がない。
というか何て返せばいいのか分からない。
えっと、電波さん?
それとも頭が残念な人?
ここで迂闊に答えたら危険かもしれない。
鎌を持ってる時点で危険なのは確かなのだが、頭の残念な方に懐かれると一生付きまとわれることもあると言うし。
ここは慎重になるべきか。
いくら見てくれが良くても中身がどうなのかまでは分からないからな。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙に堪えかねて少女は『あはー』と笑いかけてくる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ついに沈黙に耐えられなくなった少女は『あはー』と笑いながらも目尻に涙を浮かべ始めた。
くそっ、俺の良心を人質にとりやがった。
このまま黙ってたら俺が泣かしたみたいじゃないか。
「・・・そ、そうか、死神、ね。うん、分かったよ。えっと、じゃあそうだね、俺は君を病院につれていけばいいんだよね? えっと、この場合は精神科かなそれとも脳外科?」
「す、すごい失礼なことをさらりといいますね。そ、そんな『分かってる、だから何も言わなくていいんだ』みたいな憐れみの視線を向けないでください~。わ、私の頭がおかしいみたいじゃないですかっ!」
「うん、そうだね。きっと神様はいますよ」
「うう、可哀想なものを見る笑顔で私の話を聞き流さないでください~。あと、病院も必要ないです~」
「知ってるか? 酔っぱらっている人ほど酔ってないっていうんだ」
「そ、それって遠回しに『頭がおかしくない』って言っている私は頭がおかしいって意味ですよね!?」
「何故分かった!?」
「い、いくら何でも酷すぎませんか!?」
「だって、死神なんて見たことないしね。 俺のなかで君は、①夢見がちな電波さん、②頭が可哀想なコスプレイヤー、③誰かのドッキリ、④俺の欲求不満が生んだ幻覚、⑤ゆめおち、だもん。 個人的には⑤が最有力候補」
「わ、私の存在をどれだけ信じてないんです!? ④とか私の存在を信じないために自分自身を貶めることにすら躊躇がないですし!」
「そうは言われても、俺は自分の目で見たことしか信じないし」
「め、目の前にいるじゃないですか!? 私が死神ですよ~」
「いや、見た目が人間と変わらない人を死神と断定できるスキルは持ち合わせてないもんで」
「じゃあ、どうしたら信じてくれるっていうんですかー!」
「そうだなー、死神にしか出来ないことをして見せてくれたら信じるよ」
「な、なら、これでどうですか」
そう言うと銀髪少女の手に握られていた鎌が突然虚空に掻き消えた。
「えっ、スゲー! 凄腕の手品師だったのか、いや、だったんですか!?」
「て、手品じゃないですっ! 本当に消してるんです。 これでダメなら何したらいいんですか!?」
「目から特殊熱線でも出したら信じられるかもしれない」
「あ、あなたは死神を何だと思ってるんですか!? むしろ、目からビームなんてでたら、あなたは死神だって信じられるんですかっ?」
「う~ん、無理だな」
「・・・・・・あ、あなた私で遊んでませんか?」
「・・・バレた?」
「う、うわ~ん、ひとでなし~」
自称に死神に人でなしと言われても・・・と思う。
しかし、ついに軽くではあるが泣かせてしまった。
俺は銀髪少女を上から下まで眺める。
普通に日本語を話しているからあまり気にしていなかったがこうしてよくみると日本人離れした顔立ちだ。かといって旅行にきた外国人とも違う雰囲気を持っている。
それは普通の女の子とは種類を異にする雰囲気。
なんというかほんのり神々しい感じだ。(神々しいと言っても、もちろん死神とはみとめないが)
だが、それも顔の綺麗さは抜かして考えての感じなのだ。
だが、それだけで死神なんてものと断定することはできない。
かといって、命を狙われる覚えはないのだから、話を聞かなければならない。
しょうがないが、話を合わせるしかないか。
「・・・えっと、じゃあ君が死神(?)だったとすると何で俺が命を狙われることになるんだ?」
俺に少しでも死神だと信じられたことが嬉しかったのか表情をパッと明るくすると喜びを含んだ声音で答える。
「は、はい。さ、さっきも言ったと思いますが、私は死神見習いで正式な死神じゃないんです。私たち死神見習いは正式な死神になるための試験に合格してはじめて一人前の死神として認められるんです。その試験というのが指示された人間の魂を回収してくることなんですけど、今回の私の試験におけるターゲットがあなただったというわけなんです」
なんてはた迷惑な試験なんだと思いつつ気になったことを聞く。
「・・・なあ、一つ疑問に思ったんだが、なんで君は俺に死んでくださいなんて確認を取ったんだ? そりゃ、俺としてはいきなり殺されるのは御免被るが、わざわざターゲットに向かって『死んでください』なんていうのは逃げられる可能性が増えて死神にとってデメリットにしかならないんじゃないのか? いきなり後ろからザックリやられたら俺だってどうしようもなかったぞ?」
すると自称『死神見習い』少女は『うっ』と言葉に詰まらせる。
なんだ?
一度断ってからじゃないと死神ってのは人の魂を奪えないのか?
いや、この反応から察するに他の死神(いるとは思えないが)は普通こんなことはしないんだろう。
偶々、ついうっかり聞いてしまったとかか?
どんなうっかりだよ。
と思いつつ俺が問いの答えを待っていると、
「え、えっと、笑わないでくれます?」
「笑われるような事なのか? まあ、いいや。 笑わないよ、これでいいか」
「は、はい。 わ、私見習いだからまだ人の魂って回収したことなくて、それで、えっと、人を鎌で貫いて殺すのってまだ怖いんですよ・・・」
死神として致命的だった。
「・・・・・・」
「・・・えっと、何か言ってください。黙られちゃったら悲しいじゃないですか」
「1つ聞いていいか、他の死神見習いが最初に魂回収するときどうしてるんだ?」
「え、えっと、私も詳しくは知りませんが、多分人間の魂を回収するのに怖がったりしないんじゃないでしょうか?」
疑問形で言われても俺が知るはずがないだろう。
頭が痛くなってきた・・・
「・・・じゃあ、もう一個だけ質問。 さっき、俺に『死んでください』っていっていってたけど、人を殺すのが怖いんだろ? だったらどうやって俺を殺すつもりだったんだ?」
気付いたら、丁寧口調も崩きていた。
しかし、少女はそんなことは気にせず、
「えっ? こ、殺す気なんてありませんよ?」
「はぁっ?」
予想外の答えに俺は思わず間の抜けた声をあげてしまった。
「いや、だって『死んでください』って俺に言ったじゃないか」
「はい、だから『死んでください』ってお願いしたんですよ」
んっ・・・・・・?
「えっと、それは俺に自分で死んでくれ、つまり自殺してくれって頼んでたのか?」
「は、はい、『私に殺されて下さい』なんて言ったわけじゃありませんよ?」
ターゲットに自殺を頼む死神なんているのか、それは既に死神じゃないだろ。
「・・・じゃ、じゃあ、俺に鎌を突き付けたのは何だったんだよ!?」
「えっ、ひ、人にものを頼むときは自分の鎌を相手に突き付けるのが、冥界では普通なんですけど、人間界では違うんですか?」
「・・・・・・」
「お、おかしいですか?」
「あ、あたりまえだーっ! 冥界とやらではどうか知らんが、人間には鎌を突き付けてお願いする風習はない! それはお願いじゃなくて脅迫だ。それに鎌を突き付けられながら『死んでください』なんて言われたら普通殺されると思うわっ!」
「ひぅ、ごめんなさい。 私が人間界のことに詳しくなくてごめんなさい」
初対面の人間に突っ込みをいれたのは初めてだが少女は怒られたと感じてしまったらしい。
はあ、どもり癖といい、『ひぅ』なんて言って縮こまるところといい毒気を抜かれる少女だ。
「別に怒ってるわけじゃないから縮こまらなくていいんだが・・・」
「す、すぃません」
はあ、仮にこの少女が死神で、俺が自殺して魂を回収することに成功したとしても、その後死神としてやっていけるかと言われれば、もちろんNOだ。
こんな性格でこのあと殺っていけるとは思えない。
ここは、はっきりと現実を教えてあげたほうが本人のためだろう。
「なあ」
「はい?」
「はっきり言うけど君、死神に向いてないと思うよ」
「が、がーん!」
少女は絶望したっというように青ざめた。
かなりショックをうけたようで表情に暗い影が射している。
どうでもいいが、『がーん』なんて口に出していうやつはじめて見た。
「君は人を殺せないんだろ? そんなんじゃ死神は続けられないと思うわけなんだけど」
「ふ、普通、そう思ってもあえて言わないのが日本人の人情ってもんなんじゃないんですか~」
まあ、そうかも知れんが、日本人どころか人間であることすら否定している少女に日本人の人情を問われるのは釈然としない。
俺は頭を掻いて、
「傷つけたんなら謝る、でもそう感じたもんだから」
「うう・・・い、いえ、いいんです。 薄々は自分でもわかってました。こんなんじゃ死神なんて出来ないって」
「じゃあ、今からでも故郷に帰って別の仕事でも探したらどうだ?」
そう言うと、死神少女は悲しげに笑った。
「そうできたら良かったんですけど、そういうわけにはいかないんですよ。 冥界には死神以外の仕事なんてありませんから」
「そうなのか・・・ってヤバい!」
不意に腕時計が気になり時間を見ると学校に遅刻するか間に合うのかギリギリの時間になっていた。
「悪い、話しの最中に悪いが学校に遅刻するってことでじゃあな」
言い終わる前に走り出した。
「あ、ちょっと待っ・・・」
自称死神少女が何か言ってた気がするが気にしている余裕はなかった。
なぜなら、うちの学校には遅刻するとトラウマになるほど生徒をしばきまくる生活指導がいるからだった。通称ビスマルク。
鉄血政策のあの人の名前だ。
一番最初にしばかれた生徒がその日の歴史の授業で習ったことからつけられたあだ名らしい。
普段はどこにでもいる口数の少ない強面の男子教員だが風紀を乱す輩には非常に厳しい。
まあ、怒る基準がよく分からないが。
なぜそんなに詳しいかって?
それは俺こと神宮寺悠哉も1度しばかれてトラウマになっているからさ。
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