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第02話 日常の壊れる直前の日常


「ただいま」


そう言って、いつものように玄関の扉を開けるが返ってくる返事はない。

迎えてくれるのは、やなりいつものように人気(ひとけ)のない玄関と鎮まりかえっている廊下だけだ。

しかし、それも当然のことだ。

今、この家で暮らしている人間は俺1人。

これで返事が返ってきたら泥棒や強盗の可能性を考慮しなければならなくなる。

この家に人気(ひとけ)がないのは、別に俺の両親が死んだからとかそういう暗い理由があるわけではない。

単純な話し、両親共に仕事で家を空けている期間が長い、ただそれだけだ。

ただし、その期間は兎に角(とにかく)やたらめったらに長い。

海外を転々と移動する仕事らしく、1年に数日帰ってくるかどうかと言った具合だ。

らしくと言うのは、俺自身両親の仕事がよくわからないからだ。

小さい頃に人を助ける仕事だと教えられたが、詳しい仕事内容は誤魔化されてどうしても知ることが出来ずに、そのまま現在に至る。

2週間前にはドイツから地元の人達とビールを飲んでいる写真の絵はがき(写真はがき?)が届き、一昨日にはブラジルでコーヒー豆の収穫をしている絵はがきが届いた。

両親共に無事健在ということはわかったが、本当に仕事をしているのか怪しく思ってしまう。

だが、俺の口座には毎月きちんと余裕のありすぎるくらいの生活費が振り込まれるため、仕事はしているのだろう。

それにしても 、近年の帰宅率は酷い。

俺の成長に伴い、長くなっているような気すらする。

もともとなかなか帰ってこなかったが最近では1年以上に渡って帰ってこないこともある。

そのため、実質独り暮らしというわけだ。

そんな誰もいない家に帰ることにはとっくに慣れてしまったがそれでもふと寂しく思うときもある。

だからというわけではないが、俺は学校から帰ると最低限の事しかしなくなっていた。

洗濯物を取り込み、買い物、風呂掃除、夕飯の準備、夕飯、夕飯の後片付け、学校の宿題、洗濯、そしてすぐに就寝 という一定のサイクルを行う日々。

家事の腕は上がっていくが娯楽からは遠ざかっている。

テレビですら見たいと思うものもなくなり、夕飯のときに手持ちぶさたになって、偶々(たまたま)放送している白銀伝説やクイズペンタゴン、大正教育委員会を流し見するくらいになってしまっていた。

今日もいつものように既定のサイクルを繰り返すだけになるだろう。

そう思いながら、自分の部屋の床に学校の荷物を降ろした。

ちょうどその時、インターフォンが来客を知らせた。俺の家には基本的に俺しかいないためわざわざ来る人間はそうそういない。

友人ならメールが先に届くだろうし、学校で何かしらの連絡があるはずだ。

可能性としては、セールスマンもしくは…、


「早く開けてよ悠哉(ゆうや)、荷物が重いんだからっ」


玄関の近くに来た瞬間に外から声がかけられた。

というか怒られた。

その声だけで誰がなんの目的でやってきたのかわかった。

閉めておいた玄関の鍵を急いで開けるとポニーテールが特徴的な女の子が倒れるように入って来た。


「開けるのが遅いよ、シチュー重いんだから早く開けてよね」


来客がシチューを持っていることを前提に行動せよと言う事なのだろうか。

それは、ちょっと預言者になれる域にしか出来ないと思うのだが。


「悪い悪い、来客がシチューを持っているとは思わなかったからな。それに悪徳セールスでもきたのかと思って様子を見てた」


「ひどっ! せっかく持ってきてあげてるのに」


このシチューを鍋ごと持ってきてくれたポニーテールの女の子は水無月陽菜(みなづきはるな)。俺の家の隣にすんでいる水無月家の長女で俺と同じ高校1年生、そして子供の頃からの俺の友人、いわゆる幼馴染み(おさななじみ)というやつだ。

名前の読みは陽菜(はるな)だが、昔から俺は陽菜(ひな)と呼んでいる。

漢字の読み間違えからそう呼ぶようになったのだが長い間呼んでいたため既に定着してしまっている。

まあ、定着してしまったのも、読み間違えと知ったのが割と最近のことだったりするからだ。

今のクラスでも、俺に影響を受けて陽菜の友人達もヒナと呼ぶようになっていた。

長い間というのは、親から聞いた話しでは、俺と陽菜がはじめて会った、幼稚園入園前に公園で一緒に遊んだ時まで遡るらしい。

そのときから幼稚園、小学校、中学校とずっとおなじ学校に通った。

今でも、同じ高校の同じクラスで、少なくとも12年以上の付き合いになる。

そんな長い付き合いで俺の両親がほとんど家に帰らないこともあり、たまに料理を持ってきてくれる。

その料理も4回に1回くらいの割合で陽菜が作っているらしい。

ちなみに残りの3回は彼女の母親によるものだそうだ。

そのため割と家族ぐるみの付き合いになっている。

その理由として大きいのは(うち)の母親と陽菜の母親の水無月香織さんがかなり仲が

いいことは関係なくはないとおもう。


「いつもいつも悪いな」


「べっ、別に作りすぎちゃっただけだし、それに今日のはお母さんが作ったんだからお礼

なら私にじゃなくてお母さんに言って」


「ああ、香織さんにもありがとうございますって伝えてくれ。それに陽菜もいつも持ってきてくれてありがとな」


「えっ、あう、うん…」


陽菜は顔を赤くして俯いてしまった。

どうしたというのだろう?


「そうだ、貰ってばかりじゃ悪いし、上がっていくか? お茶くらいなら出すけど」


「えっ、悪いしいいよ」


「気にするなって、どうせ俺ん家(おれんち)には俺以外誰もいないんだし」


「!!! だ、誰もいない家に私を連れ込んで何をするつもりっ!」


「はい?」


「あっ、何でもない…です」


陽菜はさらに顔を赤くするとボソボソと呟いた。

陽菜は時々こんなかんじに訳の分からないことを言うのだが、俺には未だにこのタイミングだけはよくわからない。


「で、どうする?上がっていくのか?」


俺が再び聞くと陽菜は首を横に振った。


「ううん。せっかくだけどこのあと塾があるから遠慮するよ」


「そっか、じゃあいつまでも引き留めちゃ悪いな。 じゃあ、シチューはありがたくいただきます」


「うん、よく味わって食べるように」


「わかった、一口百回は噛んで食べるようにしよう」


「それじゃ美味しくなくなっちゃうよ」


「冗談、普通に味わって食べるよ」


「よろしい」


そんなふうに一通りふざけあって笑い合う。

こうしていると誰もいない家にすんでいることも少しの間忘れてしまう。

多分、陽菜も分かっていて気を使ってくれているんだと思う。

そして、陽菜が帰ろうと家の門の前まで歩いたとき、


「あっ、そういえばこの近所で不審者が出るから伝えてきてってお母さんに言われてたんだった。 何でも大きな刃物を持ってるらしいから気をつけてって。 大丈夫だとは思うけど、しっかり戸締まりをしてから寝てよ」


「あれ、もしかして心配してくれてるのか?」


「なっ!べ、別に心配なんてしてないもん。 悠哉(ゆうや)なんて不審者に襲われちゃえ!」


ベーっと舌を出して、陽菜は水無月家に入って行ってしまった。

また、陽菜を怒らせてしまった。

陽菜は俺のよくわからないところで怒る。

これは、訳のわからないことを言うのと同じくらい読めない。

それにしてもこの町で不審者とは珍しい。

事件や事故が最も少ない町というPRもあるほどこの町は穏やかなんだが。

まあ、そういうこともあるだろう。

そう思いながら俺はもらったシチューをキッチンに運んだ。

このときの俺は陽菜からもらった情報をどこか遠くのことのように考えていた。

しかし、結果からいえばこの情報が俺の人生にとってかなり重要だったということはこのときの俺にはしるよしもなかった。

まあ、このことを気にかけていたとしても事態は変わらなかった可能性は高いが。


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