第二話 魔王と学ぶ世界情勢
ベン「おい」
88式「うん?」
ベン「なんだこのぶっちゃけたサブタイトルは」
88式「分かりやすいのは大事なことだって魔王も言ってたよ?」
ベン「単に格好いいのが思いつかなかっただけだろ」
88式「そもそも各話題名とか考えるの苦手なんだよ」
ベン「うわぁぶっちゃけた!?」
ベン「…分かった。話を聞こう」
コノミ「ベン君!?」
コノミさんが焦った表情を見せるが俺は小さく指を振った。慌てない、慌てない。
ベン「別に話を聞いてからでも仕事はできる。魔王と話すなと言われた覚えはない」
アリサ「…話を聞こうが聞くまいが、ベンにこの子が殺せるとは思えないけど」
ベン「おい姉貴、少なくとも向こうは敵意すら見せていない。
いきなり銃を向けたって何の得もしないぜ?」
アリサ「……でも、彼女は魔王、なんだろう?」
いつもの通り無表情のまま、姉貴は魔王に向けたライフルを下ろした。
渋々、というよりは安堵感が漂う声色。
姉貴は元は正規の軍人だから子供を撃たせるような真似はしたくない。
もしやるならば俺が、という気持ちはある。
できるかどうかは姉貴の言う通り、分からないけどな。
ベン「だいたいだ。魔王ってのはそもそも何なんだ?えぇと…」
女の子「魔王と呼ばれるのはあまり好きじゃないんです」
ベン「ゲイトルード・ハイドリッヒさん?」
女の子「意地悪ですね…ゲイトルードは固いのでゲルダと呼んでください。
周りからはそう呼ばれています」
おいおい魔王を愛称で呼び捨てかよ、と思ったが彼女の笑顔を見ていたら
だんだんどうでもよくなってくる。
微笑を浮かべたその姿は…そのなんだ、正直なところかわいい。
黙っていれば、どころか向こうが名乗らなければ魔王だとは夢にも思わなかっただろう。
ゲルダ「魔王、というのは役職なんです」
コノミ「役職、というと?」
ゲルダ「共和国で言うなら首相、ハルナ国で言うなら
ミコガミ家の方々みたいなものです」
アリサ「…つまり、魔族の国を代表する元首なのね」
姉貴が納得したとばかりに頷く。
俺と姉貴の母国は共和制を敷くハイデルラント共和国。
コノミの母国はハルナ国という立憲君主制国家だ。
俺たちに対する調べはついている、という事でもある。
どうやらこの魔王、可愛い顔して意外と食えないタイプらしい。
伊達に商会の代表を務めているわけではないようだ。
ちなみにミコガミ家はハルナ国を守護する霊を奉っている家で
一応、制限されているとはいえ権力はあるのだが
君臨すれども統治せず、を地で行っているらしい。
千年続く一族と言われていて、他国の王家と比べても段違いにその歴史は長い。
ゲルダ「そういう事になりますね。割と権限は強いのでどちらかというと
アイギス都市国家同盟の独裁に近い事もできなくは無いですけど」
アイギス都市国家同盟の名に俺たちは少し顔をしかめた。
あまり聞きたくはない名だからだ。
元々は南部都市国家同盟という名前だったこの組織は
諸都市の商家が議員を務め、合議制によって運営されていた。
商魂たくましい彼らは南部島嶼部にゲートが出現するや
新天地を求めて傭兵や商船隊を募り、開拓を開始した…
商売根性豊かなのは良かったのだが、魔族との全面戦争になると
商業面では利益が出なくなった結果、組織の主導権を傭兵団に握られてしまい、
ヨハン・バーロット率いる傭兵集団アイギスによる事実上の独裁政治が始まった。
各商家も完全に実権を失ったわけではないがその影響力を減じている。
ヨハンは今のところ概ね公正な国家運営をしており、
大陸南部地域には大きな混乱は起こっていない。
むしろアイギスが睨みを利かせることによって治安が良くなったという話すら聞く。
だが、ハイデルラント共和国や事実上の共和制となっているハルナ国からすれば
すぐそばにある独裁国家が強大な軍事力を有しているというのは
決して愉快なことではないというわけだ。
アリサ「…あなたは現状に不満を抱いているように見受けられる。
だったらなぜそうしない?」
ゲルダ「簡単な理由ですよ。
私みたいに弱い魔王がそんな事をしたら暗殺されちゃうからです」
ゲルダはどうして魔王がたった40年で38回も代変わりしたと思うんです?と
苦笑しつつ付け加えた。
成るほど元々種族の違いもあり一枚岩とは言いかねる魔族連合で
筋を通さずに勝手に物事を進めれば身動きが取れなくなるか
物理的に首が飛ぶか…どちらにせよ魔王を退位せざるを得なくなるわけか。
ベン「…って事は今までの魔王はアホばかりだったって事か」
コノミ「ちょっとベン君!?」
ゲルダ「いえ、お恥ずかしながら正直その通りだと思います。初代魔王に至っては…」
「やーやーわれこそは魔王なり、ギャー!」なんていう
出落ちに等しい最期を遂げた初代魔王。
同じ魔族として恥ずかしくなる気持ちはなんとなく分からんでもない。
ちなみにその時の戦いでは調子に乗った人族側が手痛い損害を受けて敗退したという。
なんというか、もはやコメディアンの域に達しているような気がしないでもない。
うっかり死んでいなければ
逆に人族と魔族は仲良くなれたんじゃないだろうかと思うほどだ。
ベン「いやまぁ、初代はなんか、毛並みが違うアホだから。愛すべきバカというか」
ゲルダ「…そういう見方もありますね。コホン、それはともかくとして」
咳払いをするが、可愛さこそあれ、あまり威厳があるようには見えない。
だがなんとなく聞かなきゃいけない気分になるのが不思議だ。
これが現在の魔王、なのか。
ゲルダ「あなた方も魔界を旅する中で我々の状況を見聞きしたと思います…。
魔族は雑多な種族で構成されていますが
特に数が多いのが御三家と呼ばれる種族です」
コノミ「魔貴族、竜族、森人ですね」
ゲルダ「はい。魔貴族は鋭い牙と赤い目が特徴の種族で
中央山脈一帯に勢力を持っています。
人族に伝わる伝承の吸血鬼のような外見ですね。別に血は吸いませんけど」
鋭い牙、とはいうものの、個人差というものがあるらしく
せいぜい少々目立つ八重歯くらいにしか見えない者もいるという。
その辺りの身体的特徴は彼らの間では特に気にされていない様子だった。
アリサ「…君は赤い目だが、特に牙が云々、ということはなさそうだが…」
ゲルダ「私はここの生まれですけど、魔貴族ではないんです。
赤目族という少数民族なんですよ」
ベン「なんというか…そのまんまなネーミングだな」
ゲルダ「分かりやすいのは大事なことだと思いますよ?」
ベン「それは否定しない」
あんまりな言い方だったかもしれないが、ゲルダは特に気にした風でもない。
横でコノミがあんまり危ない事をしないで下さいという目で見てきたので
大丈夫だという風に頷いておく。早めに相手の性質を掴んでおくのは大事な事なのだ。
怒らせてしまっては本末転倒ではあるが…なんというか、遠慮というものを失わせる
何かがこの子にはあるような気がする。
親しみやすい魔王、なんていうそれこそコメディーの世界の単語がふと頭に浮かんだ。
コノミ「中央山脈ゲート…ハイデルラント共和国と交戦しているのは彼らですね」
ゲルダ「はい。ご存知の通り、魔術の扱いに長けた者が多いのが特徴でもあります。
ただ、貴族という名を種族名に持つ通り、上昇志向な人が多いのです」
ベン「あぁ、人族にもそーいう奴はいるな」
実のところ俺たちに「魔王討伐」なんていう仕事を
依頼した阿呆もその部類の人間だろう。
もっとも、奴の「キズ」はツテから掴んであるので
妙な態度をとるならそいつをばらまくぞと脅すつもりでもあったりする。
阿呆に使われるのはごめんだ。
ゲルダ「それゆえ、魔王選出を含め、権力闘争にあけくれていた時代もありました」
アリサ「…過去形なのは誰か指導者が現れたから?」
ゲルダ「…まぁ、そんなところです」
歯切れ悪い答え。すっと目を逸らした。逸らした先に回りこむ。
ベン「実のところ、ゲルダ、君の梃入れだな?」
ゲルダ「…商売人が本職ですから。ちょっと流通関係でいろいろと。
脅迫紛いの要求や恫喝もしましたっけ」
ベン「笑顔で怖い事を言うなよ。というか魔王が副業でいいのか」
ゲルダ「だったら名刺のコレ、直さなくてもいいかもしれませんね~」
ベン「いやそれは直しといた方がいいんじゃないのか」
ゲルダ「残念です」
全く呆れた魔王だ。とりあえず、丁度いい位置にある頭をわしわししておく。
あうあう~なんて可愛らしい声を出しているが、嫌がっているわけではなさそうだ。
コノミがそっと視界の端で胃薬を口にするのが見えた。
正直すまんかった。いや、つい手が。そう、この手が悪いんだ。
姉貴が無表情にすっと俺の腕にしがみついてきた。こちらも頭をわしわししておく。
アリサ&ゲルダ「はぅぅ~」
なにこれかわいい。じゃない。OK、そろそろ正気に戻ろう。
コノミさんの胃のためにも。
ベン「で、竜族についてだが」
ゲルダ「はぅぅ…えぇと
彼らは背中に伝承におけるドラゴンのような小さな翼を持つ種族です。
大陸南部に主に住んでいます。
彼らは力も強いですし高度な魔術を操る者もいます」
コノミ「あれ、でも南部島嶼部ゲートはアイギス都市国家連盟が確保していますし
島嶼部もかなり侵入されているのでは?」
復活したコノミさんが疑問を口にする。南部戦線では人族側がおしている、というのが
俺たちの認識で、対峙する竜族はそれほど強くないのではないかというイメージがある。
南部島嶼部ゲートは海辺にあり、浚渫工事によって大型船舶の航行も可能になった
唯一のゲートでもある。連盟海軍は海賊を取り込んだ事もあって
人族国家の持つ海軍としては最強と言われている。
アリサ「…多分、性格」
ゲルダ「アリサさんの言う通りなんです。彼らは牧歌的な性格で争いを好みません。
他の種族と比べると出生率が低いのもその理由かもしれませんね」
ベン「なるほどな」
俺は南部島嶼部ゲートからここに来るまでの間に見た竜族の姿を思い浮かべながら
多分、彼女の言う通りなのだろうと思った。
渡し舟で乗り合わせた時はのん気に釣具を持ち出して船頭に怒られていたし、
草原で仰向けに倒れていたので何事かと思ったら
日向ぼっこをしている、と笑顔で答えられた事もあった。
ゲルダ「しかしながら、自分たちの生存圏を根本的に脅かされるようなら、
彼らは剣を手に取るでしょう。既にアイギス海軍に対して精鋭の空挺強襲隊が
補給路遮断の為に作戦行動を始めているそうです」
コノミ「そんな事を私たちに伝えてしまってよろしいのですか?
彼らに伝えるかもしれませんよ」
ゲルダ「指揮しているのが竜族長ですから。現在魔界に展開している
アイギス海軍の戦力ではどうにもならないと思います。
彼の魔力は私より上ですし。
むしろ彼は逃げてくれるのを望んでいるのでお伝えしたまでです」
ベン「魔王より強いのかよ」
ゲルダ「強いから魔王になるわけではないですからね。ちなみに魔王というのは通称で
魔族連合最高責任者、が正式な呼称なんですよ?長いので誰も使いませんけど。
ちなみに私は人材不足と泥沼の権力闘争の末に
「もうこいつでいいや。どこの陣営でもないし」という
理由で選ばれたそうです」
ベン「そんなノリで国家元首決めていいのか?」
魔界の実情を聞くにつれ、「魔王」の意味が明らかになるにつれ、
俺は馬鹿らしくなってきた。
こんなちゃらんぽらんな相手に50年も人族は戦い続けていたのかと。
ちょっと顔を突き合わせて話をしてみれば
10分後には肩を組んで笑い合っているのではないだろうか。
アリサ「…で、最後は森人?」
ゲルダ「はい。性格には彼らは種族、というよりは狩人の作った組織なのですが
多くは尖った耳を持っています。
あなた方の伝承における森の精霊に姿は似ていますね。
北部は寒い気候ゆえに農業も発展せず、狩猟がほとんど唯一の産業なんです」
コノミ「ハルナ国でも農業は低調だけど、軽工業や魔法産業があるから…ね」
ベン「しかし狩猟だけじゃそう多くの人間は食っていけないだろ?」
ゲルダ「その通りです。人口が過剰になってきて問題になっていたのですが
そこにゲートが開きこれ幸いと彼らは人界に侵攻を開始してしまったんです」
ベン「食うために、か」
ハルナ国は偵察隊同士の衝突から時をおかずして
彼らと戦いを始めた。
しかし逆侵攻をするだけの兵力はハルナ国にはなく
北部ゲートは現在も魔族軍の支配下にある。
ハルナ国軍は都市近郊に二重三重の防御陣地を構えており
魔族軍の攻撃により散発的に戦闘が発生しているが
50年間、都市部への侵攻を許していない。
防衛力に限って言えば、ハルナ国軍は人族軍最強とも言えるだろう。
ベン「なるほど連中が魔族の中では最も積極的に仕掛けてくる理由が分かったな」
ゲルダ「現在では軍需産業が主力ですから
やめるにやめられなくなってしまっているともいえます」
コノミ「戦争をやめたら職を失って人が死ぬ…ということですか」
アリサ「…いびつな社会構造ね」
ゲルダ「どの道、ゲートが繋がらなかったとしても
あのままでは魔界では戦争が発生していたと思いますよ」
ベン「それはこっちにも言える事だ。
ヨハンは元からクーデターを計画していたらしいからな」
今では魔族軍という共通の敵がいるからこそ列強三国は協力しているが
彼らがいなければどうなる事か。
都市国家同盟は商売最優先で目先の利益でコロコロ態度を変える。
ハルナ国だって主力の輸出産業が経済封鎖を受ければ軍事力による恫喝も辞さない。
共和国は中央に挟まれた土地柄、という事情があるにせよ軍備増強に余念がない。
ベン「どっちみち、どちらの世界もそのまま平和ではいられなかったって事か」
ゲルダ「そうでしょうか?」
ため息をつく俺にゲルダは不思議そうに首を傾げた。
ゲルダ「交渉次第で、お互い納得のいく決着がつけられると思うんですけどね」
コノミ「ですが、戦争も一種の外交で、交渉手段の一つですよ?」
アリサ「…最低の手段だけどね。どうしようもなくなった時の、最後の手段」
ゲルダ「大事なのは、多くの人にとって納得のいく決着をつけてしまう事だと
私は思っているんです」
ベン「確かにな。誰もが納得する理由さえあれば
ゴリ押ししようとする奴を周りが止めるようになる」
だが、もちろん歴史にはその逆だってある。誰もが納得するような理由で
民衆を味方につけ、自分の意見をゴリ押ししようとした奴なんていくらでもいる。
その結果は、大抵碌なことにならず、民衆を巻き込んで自爆する事がほとんどだ。
だから、俺は小剣を抜いて、「魔王」に突きつけた。姉貴とコノミさんが息を呑んだ。
「魔王」は…ゲルダは、びくっと震えたが、それでも俺の目をじっと見返してきた。
ベン「あんたは本気で“先導者”になるつもりがあるか?
“扇動者”にならない自信はあるか?」
ゲルダ「あなたが私を“扇動者”だと思うならいつでも斬り捨ててしまって構いません」
躊躇無く、彼女は答えた。
護衛もつけず、彼女は一人で、俺たちを迎えた。斬られる覚悟も、していた。
だったら、俺は…
俺は彼女に向けていた剣先を返し、胸の前で剣を立てた。
ベン「いいだろう。あんたの手助けをしてやる。この世界を納得させてみろ」
コノミ「ベン君!?」
アリサ「…コノミ、ベンは本気だよ」
姉貴はいつもの通りの無表情で。コノミさんは仕方ないですね、と呟き笑顔で頷いた。
ゲルダ「……本当に、いいのですか?裏切り者と呼ばれてしまいますよ?」
ベン「あぁ、それなら安心しろ。俺は英雄って呼ばれてるが
「暗殺者」とか「ネズミ」とも呼ばれてる。悪名には慣れてる。
姉貴とコノミさんは付き合わなくてもいい。これは俺の決断だ」
アリサ「…家族なのに水臭い。ベンはいつもそうだ。少しは私たちを頼れ」
コノミ「私はロザノワ家のメイド長ですから。…それに、楽しそうじゃないですか」
ホント、お人好しだよな。分かってる。
でもさ、自分よりお人好しそうな奴を、見つけちまったんだ。
俺は、ただただ、二人に頭を下げるしかなかった。
だから、俺は気付かなかった。彼女の呟きに。
ゲルダ「羨ましい…ですね」
コノミ「ご苦労様です。紅茶をどうぞ」
88式「あぁ、これは御丁寧に。丁度喉が渇いてたんですよゴクゴクプハァ」
コノミ「あらあら」
88式「今回のゲストはコノミさんです。眼鏡メイドです」
コノミ「後ろの説明は必要なのかしら」
88式「大事なことなので。眼鏡メイドです」
コノミ「あっさりベン君、魔王の配下に下ってしまいましたねぇ」
88式「他人事だな君も一緒にだろう」
コノミ「私はメイドですから」
88式「便利だなその言葉。交渉に使えないだろうか」
コノミ「答えたくない時の言い訳には使えますよ」
88式「まぁいい。というか配下になるとは言ってないぞ」
コノミ「人族サイドから見ると似たようなものかと」
88式「そうでもないかもしれない。君らが魔界に行ったの知ってるのは
阿呆な誰かさんと極一部だけだし」
コノミ「失敗した時知りませんと言い張るためですか」
88式「そういう事。知ってるのがメイドだけならメイドですからで済むんだがな」
※済みません
88式「お前の恥ずかしいことをばらされたくなかったら…うん最悪だな!」
コノミ「その結果やらされた事で民衆から支持されて気分良くなったら
忘れそうですけどね」
88式「うんぶっちゃけそう。そういう方向でこの話は多分進んでいく」
コノミ「「あいつらは嫌いだけど言う事聞いたらうまくいくからいいや」ですか」
88式「根に持つ奴は根に持つからそう単純じゃないけどね」