ふつうの一日、ふつうじゃない気持ち
「申し訳ありません。このバスは故障のため、ここで運行を終了いたします。
代わりのバスを手配していますので、到着次第ご案内します。
そのまま席でお待ちください。
ご迷惑をおかけします。」
アナウンスが終わると同時に、麻由はスマホを握りしめ、
あの瞬間に噴き上がった感情のまま長文のお礼メッセージを打ち込んでいた。
画面には、びっしりと文字が並んでいる。
その後代わりのバスが到着した頃には、かなり周りが暗くなってきていた。
待ち時間の間にちょっと冷静になって来た麻由。
自分が書いたメッセージの下書きを見直している。
……もうあなたがいないと生きられない……
(いやいや。演歌か。重すぎるって)
眉間を押さえながら、全文デリート。
(梨奈は前回の記憶無いんだし、わたしだけ盛り上がると気味悪いよね……
ここは大人しく絵文字とスタンプで気持ちアピール……くらいにしとこ)
明日、学校で会ったら友梨奈に抱きつきそうな自分を想像して、慌てて首を振る。
(落ち着け麻由。友梨奈は“普通”でいたいんだから……抑えろ抑えろ……)
緊張 → 解放 → 安堵
激しく上下した感情の反動で、麻由はいつの間にか座席で眠りに落ちていた。
すー、すー、すー。
友梨奈は自室の真ん中で床に突っ伏したまま熟睡していた。
羂索を二本同時に使った反動で、完全に電池切れだ。
二本の羂索は、すでにその手から姿を消している。
しばらくして、気配もなく碧が現れた。
寝落ちしたままの友梨奈を見て、小さくため息。
「中二ともなると重すぎるのよね……
本当は神様からの力をこんなことに使っちゃいけないのだけれど」
手を触れずに、友梨奈の身体がふわりと持ち上がる。
布団に寝かせ、髪を整えて、額に落ちた前髪をそっと払ったその時。
「……ん、おかぁさん……」
「……っ」
一瞬、碧の表情が硬くなる。
胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
すぐに表情を戻し、優しく布団をかけ直す。
布団の上から手のひらでポンポンと軽く叩く。
「良い夢見なさい。今日は、本当によくがんばったから」
静かに部屋を後にする碧。
カーテンの隙間から差し込む冬の淡い光。
友梨奈はゆっくり目を開け――
(……? 7時半!?)
ありえない目覚まし時計の表示。
そう言えばアラームをセットした記憶、つーかベッドに入った記憶すら無い。
一瞬動きが固まった後、爆発的な動きで布団を蹴り飛ばし、着替えに突入。
階段を駆け下り、ダイニングへ飛び込む。
「ちょっと、おばあちゃん! 時間過ぎてたら起こしてよ!」
キッチンで料理中の碧は、背中を向けたまま無反応だ。
「もう! 今は訂正しないからね!」
(やば、絶対あとで気まずいやつだ……)
勢いで言ってしまった言葉はもう回収できないし、
その場で言い訳している時間も無かった。
結局ダイニングには碧に文句だけ言いに行った形で何も食べられずに
そのまま家を飛び出す。
キーンコーンカーンコーン。
午前中、睡魔との死闘を繰り広げ敗北し続けた友梨奈にとって、
お昼のチャイムは救いの響きだった。
(給食食べたら午後はもっと眠くなるんだけど……)
朝ごはん抜きの空腹で授業中にお腹が鳴りまくっていたのを思い出し、
頬がカッと熱くなる。
その恥ずかしさよりは睡魔との戦いの方がマシだ。
案の定、昼食後すぐに眠気に負けて机に突っ伏してしまう友梨奈。
意識が深く沈みかけたその瞬間――
ぐりぐり。ぐりぐり。
頬が尖ったもので突つかれ強制的に覚醒させられる。
考えるまでもなく友梨奈に構う生徒はこの学校で一人しかいない。
薄目を開けると、案の定麻由が目の前で膨れっ面をしていた。
尖ったものは麻由の指先だ。
(あ、これいつもの絶対怒ってるやつ……)
過去の記憶が蘇る。
『毎朝起きたら必ずスマホを確認すること! 約束だからね』
その後麻由の鬼のような念押しにも関わらず、友梨奈はしょっちゅうやらかしていた。
でも今回は麻由も納得できる理由がある。
「ごめん。昨日の疲れで朝寝坊して……スマホ見る時間なかった」
「うん……、そんなとこだろうとは思ってた」
膨れっ面のまま答える麻由。
(いや、“思ってた”顔じゃないよね??)




