麻由!!
日曜日の午後。
窓から入る日差しは眩しく、ポカポカ暖かそうだが、11月なのに外はもう真冬のような寒さで、ただでさえ引き篭もり気味の友梨奈は1日中自室から出ていない。
ベッドの上に座ってタブレットでしばらくラノベを読んでいた友梨奈は、突然うつ伏せでベッドの上に体を投げ出し、足をバタバタし出した。
しばらく経ってその動きを止め、今度は仰向けになって、腕を大きく左右に開き、息を肺いっぱいに吸い、ゆっくり吐いている。
色々やってなんとか気分を落ち着かせようとしているのだが、何故か気が急く感覚が治らない。
いつもの週末なら、自分の部屋でぼんやりまったりマイペースでなんの苦もなくダラダラ過ごせているのに。
今日心が落ち着かない理由は自分ではわかっている。
何故か麻由のことが朝から気になっていたからだ。
「日曜日、山の方の親戚の家に行ってくる」
金曜の放課後、一緒に下校した時麻由はそう言っていた。
バス一本で行けるんだけど、そのバスが一日に二本しか無くて、と笑っていた。
たったそれだけの話からどうしてこんなにも不安で胸が締め付けられるのだろう。
会えないから寂しいとか、そういうのとはまるで違う感覚だ。
とはいえ、そっちの気持ちを友梨奈はよく分かっていないから、正確には比較出来ないのだが。
その時友梨奈の視界が揺れた。
……違う、揺れてるのは視界じゃない。
目の前の空間が歪んでその先に断片的な映像がコマ送りのように視えているのだ。
そびえる崖。急勾配の山道。滑るタイヤ。落ちないスピード。ハンドルを持ち直す運転手の腕が震えている。乗客の叫び声。誰かが倒れた音。窓のすぐ外に迫る崖。
バスは大きくカーブでふくらんで、曲がり切れるかどうかの瀬戸際……
その中に麻由の姿があった。前の座席にしがみつき、目を見開いていた。
次の瞬間、
空間が裂けるようにして、友梨奈の目の前に“手”が現れた。
空中に浮かぶように、柔らかく揺れていた。揺れているように視えたのは、少し震えているからだ。
エンカウントポイントじゃないのに、自分の部屋なのに、どうして? ありえない……
だけど確かに、そこにあった。麻由の手だ。助けを求めている。
そうわかっても友梨奈はすぐに踏み出せなかった。
ビジョンで視えた乗客は十人以上。
バスの重量、速度、友梨奈の能力でコントロールするにはあまりに相手が大きすぎる。
あんなのどこからどう止める? 一人で? 麻由だけならなんとか助けられるかもしれない。でも……。
(……無理だよ、わたしには……)
そう口にしかけた言葉を友梨奈は慌てて飲み込んだ。
(じゃあ麻由も見捨てるの? 友達の命を運に任せるの? それともあそこまで行って麻由だけ助けて他の人は見捨てる?)
肝心な時に碧は朝から外出していた。居てくれたら嫌でも迷わず頼ったのに。
麻由の手は変わらず友梨奈の目の前に差し出されていた。
『とにかくやれることだけやってみようよ。昔のわたしみたいに生命の危機に遭っている人がいるんでしょ』
いつかの麻由の言葉が頭の中でリフレインされた。
今度危機に遭っているのは友梨奈を親友と言ってくれた存在だ。
(麻由だけは絶対助ける。そこから先は……やれるだけやる……しかないよね、麻由)
部屋を出て階段を駆け降りていく友梨奈。
キキキキキキーーー
タイヤが地面と擦れ激しく悲鳴を上げている。
このスピードと音、絶対普通の状態じゃない。
この先のカーブのどこかで曲がり切れない時が来る予感がする。きっとバスの乗客は皆そう感じているだろう。
強いGに耐えるために前席の背もたれに強くしがみつく麻由。
せっかく梨奈に助けてもらったのに、こんなとこで死ねない。
まだその恩返しもちゃんとできていないんだし。
でもこの状況じゃ運を天に任せるしかない……。
だったらわたしは友梨奈に託したい。
こっちばっかり助けてもらうことになっちゃうけど。
(ごめん! 梨奈、助けて!)
(親友だもん、何度でも助けるよ)
「え?」
麻由の右手と握手をした形で紅い瞳の友梨奈の意生身が隣に出現した。
その直後――バスはその先の“最悪のカーブ”へ差し掛かろうとしていた。




