届かない想い、届いた祈り
麻由は、ただ立ち尽くすしかなかった。
友梨奈たちが能力を使うのが見えない、聞こえない、その悲しい距離間だけがはっきりしていた。
子供の頃梨奈に助けてもらった時はあんなに彼女の意生身がハッキリ見えたのに。
自分が命の危機に無いと見えないのだろうか。
ビルの屋上に飛び移った友梨奈。
どうして急にこんなことが出来たのかゆっくり考えたいところだが、今にもビルから飛び降りようとしている人を止めるのが先だ。
そばで見ると白のワイシャツと黒のズボンという服装で、中学生ぐらいの男子に見える。まぁ相手が誰とかどういう人とか今は関係無い。
後ろから素早く駆け寄って、その男子の腕を右手で掴もうとする。
しかし、掴んだはずの感触はなく、手は空を切った。
位置を変えて、もう一度。
それでも、やはり何も掴めない。
どうして触れないのか、その理由を考える余裕はなかった。
ただ、間に合わないという予感だけが頭を駆け巡る。
もうあと一歩踏み出したら、即落下だ。
友梨奈は、無意識に左腕を伸ばしていた。
その瞬間――
そのまま、友梨奈の目の前で、その少年の体は落下していった。
消毒液の匂いが漂う病院の廊下は、さっきまでの喧騒が嘘みたいに静かだった。
廊下にあるベンチの上には友梨奈と麻由が並んで座っている。
その前を不安げにうろうろしているあかね。
「あかねが心配してもしょうがないでしょ。お医者さんと本人に頑張ってもらうしかないんだから」
そう言った後に、隣に座る麻由の向こうを見つめる友梨奈。
「で、あなたはなんでここにいるの」
麻由は、その言葉の意味を一瞬理解出来なかった。
友梨奈の目線の先――
そこには、中学生くらいの男子が立っていた。
もちろん、麻由には見えていない。
ただ、友梨奈の見つめる向きを見て、なんとなく察しただけだ。
「……心配で、ついて来た」
少年は小さく言った。
「まさか、こんな形で意識が残るとは思ってなかったけど……」
「心配するくらいなら」
友梨奈は淡々と返す。
「最初から、あんなことしなきゃよかったのよ」
少年が俯く。
「……だって」
言葉に詰まり、しばらく沈黙したあと、絞り出すように続ける。
「母さん、いつも仕事ばっかりで……」
「それで?」
友梨奈の声は冷たい。
「死ねば、わかってもらえるって思った?」
少年は何も言えなくなる。
「子供が突然いなくなって何も感じない親なんていないわよ」
「……そんな簡単なこと、どうして考えなかったの」
「あんたのほうこそ自分の親に関心あったの? 関心があっても二度と会えない子もいるんだからね」
「梨奈ねーちゃん」
あかねが声を落として言う。
「……ちょっと言いすぎ」
「もう死人なんだから、いくら鞭打っても平気でしょ」
麻由は二人のやりとりを聞きながら、自分の隣の空間を、なんとも言えない表情で見つめていた。
「まぁ一応は反省してるみたいだから……そろそろいいか。あなた、こっちついて来て」
友梨奈はベンチから立ち上がり、病院の廊下を歩いて行く。
あかねがその後に付いて来る。
振り返ると麻由はベンチに残ってホッとした表情を浮かべていた。
三人が歩いていく先に手術中の表示灯が赤く灯っている。
友梨奈とあかねはその手術室から少し離れた手前の位置で止まった。
手術室のそばのベンチで中年の女性が手を合わせて祈っているのが見える。
手術室を指差す友梨奈。
「あなたはあの中よ。重症だけど命には別状無いみたい」
次にその指でベンチに座っている女性を指差す。
「あの人、あなたのお母さんでしょ? 凄い勢いで走ってここにやって来て、手術中ずっと泣きながら祈ってるわよ」
「きっと飛び降りたショックで魂が身体から離れているだけなの。早く戻った方が良いと思う。そのままだと本当に死んじゃうから。中に入って自分の身体に触れば良いよ」
あかねがあの生き霊の件に関わったのは大分小さい時だったけれど、一丁前にこういう案件の経験者らしい発言をした。
「母さん、いつも仕事が忙しい、忙しい、ってばかり言ってて。この時間も会社のはずなのに……」
生き霊の男子が目に涙を浮かべているのが視えた。
こういう時の涙ってどういう理屈で再現されているのだろうか、友梨奈はぼんやり考えていた。
「あ、あとあなたが落ちてぶつかったって思ってる人はちょっとかすっただけの軽傷で病院にも来てないから」
落ちた少年の体は途中で急速に減速していた。
何らかの力が外から働いていたのは間違いない。
「……!」
振り返って廊下の先を見つめる友梨奈。




