謎多き老人達
カーテンの隙間から溢れる日差しがベッドの上の友梨奈の顔をやんわりと照らしている。
あと一時間もしたら、もう秋なのにまだ夏のような強い日差しで顔が熱くて寝ているどころではないレベルになるだろう。
幸いそうなる前に友梨奈はぼんやりと目を覚ました。
見慣れた自分の部屋の景色。寝ている場所も寝慣れた自分のベッドの上だ。
ここまで帰ってきた過程の記憶が友梨奈には全く無かった。
何か思い出さなければならないことがあった気がする。
ベッドの上で寝転がったまま、視線だけで部屋の中を見回し、思い出すキッカケを探してみる。
テーブルの上に昨日のシャツとインナーが綺麗に畳まれて置いてあるのが視界に入った。
どうせすぐ洗うものなので自分ではそんなことはしないし、碧も部屋で見つけたら畳まずに洗濯かごに入れるだろう。
(そっか、麻由がここまで運んで着替えさせてくれたのか)
朧げに格好悪い姿勢で自転車で運ばれていた時の記憶が甦ってきた。
そっちは忘れたかったのになぜ真っ先に出てくるんだろうか……。
そしてまだ思い出すべきことが何なのか、それに繋がるヒントは出てこない。
(麻由から何かメッセージが入っているかもしれない)
麻由に朝起きたらまず携帯を確認しろ、という指導を受けていた。
それが『普通』のJCになるための基本の一つらしい。
しかし友達が麻由一人だけの友梨奈にとって、まめに携帯をチェックする必要性はよく分からなかった。
なので今回初めてと言っていいぐらい、自発的に朝携帯をチェックすることになる。
メッセージアプリにもメールボックスにも広告系のジャンク以外何も届いていなかった。
(やっぱり携帯チェックする意味なんてないじゃん)
世の中は誰も友梨奈に関心なんて持っていない、そう言われた気がした。
二度と携帯なんか見るかと思った矢先、軽快な着信音が鳴った。
麻由からの新着メッセージだ。
(やっぱり携帯はちゃんとチェックするべきかもしれない)
いつもの友梨奈であれば、学校に登校した後で麻由に未読のメッセージについて厳しく追及されていただろう。
「ゴメン、梨奈。 ミッション失敗した。 やっぱ碧さん凄いわ」
思わず反射的に「何のこと?」って返信を打ちそうになって踏みとどまった。
この文面から見て友梨奈が麻由に何か頼んで、それに関して麻由が失敗した、ということらしい。
そこで依頼者側がそんなメッセージを送った日には終日説教は免れないだろう。
(麻由、見かけのわりに怒ると怖いからな……)
自分が何を依頼したのか、この段階でも全く記憶が甦らない。
すぐに返信するのは諦めて、携帯をベッドの上に一旦置いた。
その動きの中で自分の左の手のひらが視界に入り、手のひらと指の腹に縄のような線が微かに残っていることに気づいた。
(これって、羂索?)
そうか、さっきの麻由のメッセージは羂索のことかもしれない。
そういえばこの部屋の中に昨日あかねが持ち出した羂索が無い。
あかねの罪を被って自分が返すことにしたところまでは覚えているが、もしかすると友梨奈が途中で気を失ってしまって、麻由がその代わりを務めてくれた、というところか。
どういう形で失敗したかは分からないが、きっとあの部屋に入る手前であっさり碧に見つかってしまったのだろう。
でなければ強力な結界で麻由が無事だったはずがない。
「相手があれだからしょうがないよ 代わりをしてくれてありがと、麻由」
多分正解と思われる返信を打って、ほっとしてベッドに寝転がる友梨奈。
子供の頃、碧から「友達をこの部屋に近寄らせたらいけないよ」と時折り注意されていた。
その時はずっと友達なんて存在はいなかったから、友達を作れって言う遠回しの命令か、ある種の嫌がらせかと友梨奈は思っていた。
そして実際に友達が出来た肝心な時にその忠告は忘れてしまっていた。
この事に限らず、色々異常な事がある木花家に麻由が関わり続けるのはこの先危険かもしれない。
とはいえ、学校でもプライベートでも、麻由が居ない生活は友梨奈にはもう想像出来なくなってきていた。
時間は昨日に遡る。
土手の上から河原の友梨奈達三人を見下ろしている女性、木花碧。
手には羂索のようなものを握っている。
(力を使う修行もしてないのに、あんなへロヘロな状態で慈念の力なんて使えるわけないでしょうに。まぁぶっつけ本番であれだけ羂索を使えたのは大したものだけど)
「どうせ手伝うんなら最初からやればいいものを。木花の」
土手の上の碧のそばに近寄ってくる僧侶風の男。
声の主を一瞥もせず、視線は友梨奈達を見つめたままの碧。
「可愛い子には旅をさせろ、って言うでしょ。何事もまずは自分で経験してみることが大事よ」
僧侶風の男にキッと厳しい視線を向ける碧。
「そんなことより、あなた。悪霊祓いみたいなインチキな仕事してるみたいだけど、心が汚れてるからなんでも悪霊に視えちゃうのよ。人間は自分が見たいものを見たいようにしか見えないんだから。一回うちで心の修行をすることを勧めるわ。月謝は昔の馴染みで安くしておいてあげる」
河原にしゃがみ込み抱き合って喜んでいる友梨奈達三人。
その姿を見た後、振り返って土手から離れて行く碧。
ゆっくり歩いているように見えて、あっという間に距離が離れて行く碧の後ろ姿を見つめながら僧侶風の男がぼそっと呟く。
「確か木花家のばあさんはだいぶ前に亡くなったと聞いていたが……」




