二人は初対面じゃない?!
他人と一緒に歩くという行為自体も記憶に無いぐらいレアだったため、まずはそれにどう対処して良いのか友梨奈にはまるでわからなかった。
時々右足と右手が同時に出たり、変に意識して歩き方までぎこちなくなってしまう。
とりあえず、祖母の家に住んでいること、両親が亡くなってからそこに引き取られたこと、一人っ子であることなど、自分のことをボソボソと話してみたが、まるで会話には発展せず、すぐに話すネタが無くなって沈黙が訪れた。
相手の目を見て話せない友梨奈は、こっそり隣の麻由のほうを盗み見ると、笑顔で軽やかに歩いていて、初対面の人間の家に初めて行きます感、つまりはオドオドした様子とか緊張感は表面上全然無い。
(これが人気者の陽キャパワーってことか……。この程度のシチュエーション、余裕で全然動じないってことね)
年季が入った超和風の古い一軒家が通りの角に見える。
ってことは友梨奈の家、正確には祖母・木花碧の家に着いたってことだ。
(中瀬麻由が本当に家に来ちゃってるんだけど、どうすればいいのこれ。あーもう、変な汗かいてきた)
「ただいまー」
形式上普通に玄関から入るタイミングで友梨奈は言ったが、間違いなく家に着く前に碧には動きを探知されてるはずで、実質到着をアピる必要が無いことはわかっていた。
この辺、普通の人には理解不能だろうから、いつかどこかで碧に関する説明会でも開催しとかないと、理解不能な人が増え過ぎて後々収拾がつかなくなりそうだ。
「梨奈おかえりー。部屋にお茶とお菓子置いといたから」
家の奥から碧の声。
友梨奈が家に他人を連れてくるのは初めてで、そのことは事前に碧に連絡はしていない。
玄関左脇の急な階段から二階に上がり、昇ってすぐ右にある友梨奈の部屋に入ると、さっき聞いたとおり、小さい丸テーブルの上に紅茶二つと色々な形のクッキーを盛った大皿が置かれていた。
それはまぁいいとして(普通に考えれば良くないのだが)、自分の部屋に他人がいることが初めて&違和感ありすぎて全く落ち着かない……。
こういう時って、家主の方がホスト、女性だとホステスか、だから会話を切り出さないといけないものだろうか……。
(あー、いかん、また変な汗かいてきた)
「なんかいきなり押しかけたのに気を遣ってもらっちゃって……」
申し訳無さそうにぺこりと頭を下げる麻由。
勝手にこの事態を察知して気を遣ったのは碧なのだが、麻由からすれば友梨奈が家に事前に連絡して頼んだと思ったのだろう。
そんな普通の想像が通じるなら、友梨奈も他者の来訪にここまで動揺しなかったに違いない。
そういえば、碧は前の日にクッキーなんて作っていなかったから、当日焼いたと思われるのだが、まさか麻由が来るのを見越して作っていた?
普段滅多に焼いてくれる事なんてないのに、たまたま麻由が来る日にそれが当たっているのはただの偶然とは考えにくい。
とはいえ、麻由が家に来ることが確定したのは放課後校門での出来事だ。
どう考えても理屈が合わないので、それ以上考えることを止めた。
友梨奈は、見かけが良くて才能もある人は、自信家で偉そうで謙虚さがカケラも無いイメージを勝手に持っていた。
人物設定があまりにベタなステレオタイプなのは、友梨奈がリアルな人付き合いがほとんどなく、創作物から得ているイメージに基づいていることも大きい。
それとは全く印象が異なる行動を、リアルに存在する麻由はとってきている。
「こちらこそ、あんまし人を家に呼んだことないから慣れてなくて。とりあえずここ座って。あ、お茶冷めないうちにどうぞ」
無難に普通の応対が出来た気がする友梨奈だったが、動きはかなりぎこちなく、ギーガチャン、ギーガチャン、って感じの擬音がピッタリな壊れかけのロボットみたいになっていた。
また今は九月でまだ残暑が厳しく、碧は氷が浮いた冷たい紅茶――いわゆるアイスティーを出していたので冷めないと言うか、最初から冷たいのだが。
それらを見た麻由が肩を揺らして笑いを堪えている。
テンパっていて自分の言動の変さに気付いていない友梨奈は、麻由の反応が理解出来ず、ただただ立ち尽くす。
「あ、ごめんなさい。わたしから今日来た理由をさっさと話さなきゃ、だよね」
テーブルを挟んで腰を下ろす麻由。釣られて向かいに座る友梨奈。
「わたしにとって凄く重要なことで、でも自信が無くて……、あと人前で聞ける内容でも無くて……」
普段は陽キャオーラ出まくりで、対人無敵な感じだった麻由が、俯き加減でどんどん小声になって、なんか超弱々しい自信が無い子になっている……。
この子がそんなになるって一体どんな話題なのだろうか。
「わたしが六歳の時なんだけど、ってことは木花さんも同じ六歳だったはずなんだけど、海難事故に遭った船の船内でわたしたち会ってない?」
舞台設定としてはドラマのような劇的な出会い。
これが本当だったら何かの始まりを予感させるけれども……。
「六歳……か……。ごめんなさい、わたし大体五、六歳ぐらいから八歳ぐらいごろまでの記憶が無いの。だからもし会ってたとしても覚えてないんだ」
小さい頃の記憶なんて誰もが大きくなるにつれて徐々に薄れて曖昧になっていくものだと思うが、友梨奈の場合は明らかにその間の記憶が綺麗に飛んでいた。
どうせならさっきの小四の黒歴史も一緒に飛んでくれて良かったのだが。
「嘘?! 本当に?」
中瀬麻由が声のトーンを上げて、一歩踏み出し友梨奈に詰め寄り気味で聞いてくる。
その問いに申し訳なさげにうなずく友梨奈。
その直後、麻由は見てて気の毒なぐらい本当にがっかりして俯いて無言になってしまった。
当時の記憶は彼女にとってよっぽど重要なことだったらしい。
その時、友梨奈の部屋のドアをノックする音が響いた。




