『正義』の味方じゃない
昨日はちょっとリア充っぽい出来事があったとはいえ、友梨奈の日常はいつもどおり大して変わらない。今日も結局、陰キャでぼっちな一日を過ごしただけだ。放課後、麻由は生徒会の仕事があるらしく、友梨奈は一人で校門を出る。
あの子は本当に色々と“学生っぽい”活動をしながら、なお友梨奈に構う余裕まである。
普通に生きようとするだけで精一杯(しかも“普通”にすら届いていない)な自分との違いを思い知らされ、ふと自己嫌悪でため息が出る。
ぼんやり歩いていたら、いつの間にか家とは反対方向、河岸の土手の上の道に出ていた。このまま進めば、こないだあかねに連れてこられた“エンカウントポイント”だ。いかにもな展開に嫌な予感しかしない。とはいえ、今回は自分で危ない場所に来てしまったのだから誰にも文句は言えない。
「梨奈ねーちゃん! 大変だよ! 子どもとお母さんが川で流されちゃってる!」
背後から、今いちばん聞きたくなかった声。
振り返ると、麻由が全力で漕ぐ自転車の荷台に、あかねが横向きに座って叫んでいた。自転車は友梨奈を少し通り過ぎたところで急ブレーキ、止まるやいなや二人同時に振り返る。全力疾走してきたせいか麻由の艶やかなロングはぐしゃぐしゃだが、それでも美少女感が死なないのが少し腹立たしい。神様は不公平だ。(変な能力より、ああいう“美少女力”が欲しかった)
「もう、なんで二人が一緒にこんなとこにいるの」
「……帰ろう……としたら、あかねちゃんが……校門でテンパってて……梨奈を探してたから」
ぜいぜい言いながら麻由。いったん家に寄って自転車を取ってきたらしい。
私の文句まじりの問いに真面目に答えるあたり、ほんと律儀だ。
「でもさすが梨奈ねーちゃん。このタイミングでエンカウントポイントに来てるなんて、やっぱ正義の味方体質!」
「やめて! “正義”なんて言葉嘘くさくて大嫌い。自分勝手な理屈で戦争して人を殺す連中だって、その言葉を振りかざすでしょ」
あかねはタコ口で不満を示す。よりによって友梨奈の一番嫌いな単語を選んでしまった自覚と反省が見られない。ちなみに友梨奈の一番好きな言葉は、言うまでもなく“普通”。
「家と逆方向なのに、わざわざ人助けに来てるくせに……」
「……ちょっと、あかねちゃん!……急いでたんじゃ……ないの?」
友梨奈の地雷を踏み続けるあかねに対して、麻由が慌てて話を本題に戻そうとする。
まだゼーゼー息を切らしながらなんとか話している状態だ。
陽キャで活動的でいつも動き回ってるイメージだけど意外と運動不足なのかもしれない。それとも毎日多忙過ぎて疲労が溜まってきているのだろうか。
(あー、そうか、ここに来る前に先ずはわたしの家に行って、碧にまだ帰宅してないって聞いた後、色々探し回った挙句、可能性は一番低いけどこの河川敷に来てみた、って経路で走り回ったから息切れしてるのか。……それはお疲れさま……)
きっと携帯で友梨奈にメッセージを送ったけど何の応答も無く、やむなく直接家へ確認しに行ったのだろう。
麻由に普段から携帯を確認するように指導されていたが、長年ぼっちで見る必要が無かったため、まだ習慣化出来ていない友梨奈だった。
これはこの後麻由のお説教タイムがありそうだ。ちょっと身震いする友梨奈。
麻由に言われてから急にわたわた慌て出すあかね。
「どうしよう、先に流された子どもはもう声も姿も見えないの!」
「だから! 時間ない系はまず警察か救急車! 前にも言ったよね」
「わたしだって、断片的に視えたり声がしたりするだけで、場所がいつもはっきり分かるわけじゃないもん!」
「しかも二人いっぺんに流されてるんでしょ。私の力じゃ同時は無理。一度もやったことないし」
「あーーもう! 二人ともとにかくやれることだけやってみようよ。昔の私みたいに、命の危機にある人がいるんでしょ」
麻由の一言で、二人は黙り込んであっさり結論は出た。
友梨奈は“意生身”で行く限り川で溺れる心配はない。やってみて失うものは、ない――いや、ないと信じたい。
三人は土手を駆け下り橋脚のそばのエンカウントポイントへ。
近づくほど、空間の歪みは濃くなり、青白い女性の腕のイメージがその歪んだ空間に浮かんでいる。
「あぁ、やっぱりお母さんの手しか見えない……」と、背後のあかね。
そのとき、橋脚の陰から僧侶風の老人がぬっと現れた。足元には野良犬が二匹ちょこんと座っている。
(……え、一匹増えてない?)
「お前たち懲りずにまた来たのか。ここは悪霊が出やすいから素人は近づくなと言っておいたはずだが……」
眼光鋭くあかねを睨む老人。無言でキッと睨み返すあかね。
素が可愛い人形顔なので、残念ながら睨んでも相手を威圧出来ていない。
「だが、この間の悪霊は拙僧が祓って既に滅しておいたぞ」
「じゃあ、なんでまだここにいるんですか? まさか橋の下に住んでるの?」
少し自慢げに自分の妄想を話す様は寒過ぎて放置したかったが、相変わらず適当に悪霊とか言ってるところが友梨奈はちょっとムカっときて思わず言い返していた。
「素人にはわからんようだが、この辺りはまだ気が乱れてるからな。いつ霊が出てもおかしくない状態なのだ」
鼻で笑いながら説明を加える老人。やっぱり空間が歪んでることはこの人も感じているようだ。いかにもエセ霊能力者っぽいけれど多少の能力はあるらしい。
老人は数珠を巻いた左拳を友梨奈の方に突き出す。
「素人が余計な首を突っ込むんじゃないぞ」
「はいはい。首は突っ込まないわよ」
肩をすくめる友梨奈。
(手は出すけどね!)
右手をグーパーグーパーして鼻から息を大きく吸い込んで深呼吸する友梨奈。気持ちを落ち着かせた後、自分の右手を空間から出現している青白い腕の方に伸ばす。
その腕の先の右手のイメージをギュッと掴んだ瞬間身体がガクガク震えて意識が遠くなる。
「……懲りずにまた悪霊に取り憑かれおって……」
遠のく意識の中、またあのじじいが適当なことを言ってるのがぼんやり聞こえた。(わたしがいない間に麻由とあかねがきっちりシメてくれますように)




