Study me
「ねぇ! 何も感じないの? あなた色がどんどん薄くなってるよ!」
「……あ、今気づいた。ちょっと体に力が入らなくなってきたかも」
「元の場所に戻ろう! リコちゃん達が来てるはずだから、きっと助けてくれる!」
(……あれ? なんでわたし、そんなこと分かったんだろう。木花家の人間って、何かで繋がってるのかも)
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戻ってみると、本当にリコとあかねが立っていた。
「梨奈ねーさん!」
リコは息を弾ませながら言った。
「あかねのビジョンで調べたら、その人がいる病院が特定できました。F大学医学部附属病院です。碧さんによると、魂が本体に直接触れれば戻れるはず、だそうです。その人、もう消えかけてるから、早く!」
「ありがとう、二人とも。……いつも手伝わないのに助けてもらっちゃって、ごめん」
「この先、その分をあかねが助けてもらうから大丈夫です」
あの時は聞き流していたけれど――リコの言葉は、まるで未来を予見していたかのようだった。それを思い出すと、今後あかねを追い返すのは少し躊躇われる。
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弱った彼に代わって、今度は友梨奈が先導し、空へ舞い上がる。
見下ろせば、自分の本体が道端に立ち尽くし、隣にはリコとあかね。
あかねは不思議そうな顔で、動かない友梨奈を指でつんつんつついていた。
その病院なら場所は分かる。空からなら一直線で行ける。
身体を道端に置き去りにするのは不安だったが、きっとあの二人が見ててくれるだろう。
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友梨奈の初恋の物語も、とうとう終わりが近づいていた。
二人が病室の位置まで確認してくれていたおかげで、迷わず彼の身体にたどり着く。
だが、その姿を見た瞬間、衝撃に胸が締めつけられた。
頬は痩せこけ、肌は乾ききり、腕は骨と皮ばかり。点滴の針と人工呼吸器。
唯一、生きている証は、モニターに映る心拍と呼吸の波形だけだった。
(こんな身体に戻らなきゃいけないの……? 意識も無いまま、何も無い暗闇の中に……?)
涙が溢れて止まらなかった。
(あれ……? わたし……あの時泣けたんだ……)
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本来一番ショックを受けているのは彼のはずなのに、友梨奈をぎゅっと抱きしめてくれた。
「ねぇ……この身体に戻るの?」
「寝たきりってことは、記憶が戻った時から分かってたんだ。でも外からこんな自分を見るのは……きついな」
彼の震えが、友梨奈にも伝わってくる。
「俺さ。今回は魂が先に飛び出したけど……きっと身体に意識が戻る前兆だと思う。このまま魂のままだったら、肉体が死んで……お前とは天国でしか会えなくなる。お前はそっちに来られないかもしれないしさ。だから、生身で会えるチャンスのほうに賭けるよ」
「お前、じゃなくて――木花友梨奈。わたしは友梨奈」
ベッドの名札には『皆藤比呂』とあった。
「あなたは比呂。……自分の名前ぐらい覚えてなさい。今度はわたしの名前も」
(あとね……。わたし、高所恐怖症なの。さっきの景色は綺麗だったけど、空飛ぶの好きじゃない。……次デート誘うなら、わたしの好みぐらい勉強してからにしてよね)
――これは、あの時言えなかった言葉。麻由にも秘密のまま、心に封印した。
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その時、モニターが警告音を鳴らし始めた。
(あぁ……もうタイムリミットなの……)
なんか言わなきゃ、言わなきゃってめっちゃ焦って何も言葉が出てこない。
「……じゃあ、また会おうな」
耳元でそう囁かれ、頬に何かが触れる。
(ここも麻由がうるさくなるからカットで……)
生き霊の彼が自分の身体の手に触った瞬間、目の前から姿がかき消えて
あれだけ騒ぎ立てていた警告音は何事もなかったかのように急に黙り込み、しーーんと静かな病室に友梨奈だけがぽつんと取り残されていた。
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「ええ話やーー!!」
麻由がハンカチで目元を押さえる。
「どこのオッサンよ……。見た目とのギャップが過ぎるわ」
「でも、よっしゃ! 高評価もらったからデザートもう一品頼んでいい?」
返事も待たずにメニューを見始める友梨奈。
「くっ……! お小遣い厳しいけど、このコンテンツには投げ銭せざるを得ないわね」
「ありがと、麻由」
話が終わったあと、友梨奈は麻由が自分の顔を妙に見つめているのに気づく。
「ねぇ、何か言いたいこととか、聞きたいこととかあるんじゃない?」
「え? あ、うん……」
想像の遥か斜め上のちゃんとした恋バナだったので、麻由は友梨奈がカットしたつもりの独り言部分がいつものように声に出てて、丸聞こえだったことをツッコめなかった。
そこはスルーして、どうしても気になっていることを一個だけ聞いた。
「……せっかくその子といい感じになったんだからさ。その後、病院に会いに行かなかったの?」
「……だって……いつ目覚めるか分からないし、大学病院なんて小学生には遠すぎるし。最悪、目覚めてもわたしの記憶が向こうになかったら、不審者扱いされるかもだし。……だから、また偶然とか奇跡で出会うのを待つしか、無かったのよ」
「……そっか。小学生の行動力じゃ、限界あるよね。初恋って、そうやって切なく終わるものかも」
麻由が普段より歯切れが悪く、何か本当に言いたいことを言ってない気がする。
自分が答えた言葉にも何か引っかかる。
本当に、当時そう考えていたのだろうか。
自分の気持ちがどうだったのか、友梨奈は確信が持てなかった。
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その時、店内に高校生くらいのカップルが入ってきた。
仲良さそうに手をつなぎ、顔を見合わせて笑い合っている。
男子の顔を見た瞬間、友梨奈はなぜか目が離せなくなった。
二人は友梨奈達のテーブルの横を通り過ぎ、奥の席へ向かう。
(何よ……。あの時は、手を繋いだらわたしとのことを思い出したくせに……)
どうやら今日は――初恋の甘酸っぱさと失恋を、一度に味わう日になってしまったらしい。
全然嬉しくはないけれど……少しだけリア充っぽいのかもしれない。
その時、生ぬるいものが頬を伝った。
「ちょっと梨奈! それって……」
麻由がテーブルに備え付けのペーパーを一枚差し出してくる。
――これが涙。
泣くって、こういうことなんだ。




