地縛霊改め生き霊男子来襲
友梨奈の家は麻由も来たことがあるから、細かい説明は不要だろう。今もあの時も、見た目は年季の入った和風の古い一軒家。変わらない佇まいだ。
学校から帰ってダイニングキッチンに入ると、美味しそうな香りが鼻腔をくすぐる。キッチンでは、晩ご飯の支度を始めている碧の後ろ姿が見えた。
「おかえり、梨奈。手洗いうがいはした?」
「あ、うん」
「早く洗面所に行ってやりなさい」
「……はーーい」
「碧さん、やっぱ勘鋭いね」
これは今の麻由の発言。碧とタイマンで会ったあと、彼女はなぜか妙に“碧推し”になっている。
「んー、つか家に入るだいぶ前から全部の動き、掴まれてるんだよね」
だから最近は下手な嘘をつかないことにしているが、この頃はまだ自分もお子ちゃまだった。なんとか出し抜こうと、ムダな抵抗をしては失敗していた。
何度か“してきたフリ”でおやつを食べようとしてバレ、三日間おやつ抜きにされたこともある。踏んだり蹴ったりとはこのことだと、身をもって学んだ。
もっとも今は霊に追いかけられるという悩みを抱えていて、そんな小細工をしている場合ではなかった。手洗いうがいを急いで済ませ、テーブルに座る。
「ねぇ、おばあちゃん。最近、朝学校行くときに“じばく霊”に会っちゃって、走って逃げてたんだけど、今日なんて学校まで追っかけてきたの。じばく霊って居る場所から動かないんじゃないの?」
碧は無言で料理を続ける。
「ねぇってば、おばぁ……み、碧さん」
うちの祖母を“碧さん”と呼んでいる麻由にはすぐ分かっただろう。碧は「おばあちゃん」と呼ばれるのが大嫌いだ。若く見られ、時には友梨奈の母親と間違えられるほどなのだから。
「見てみないと正確には分からないけど、それは地縛霊じゃないみたいね。生き霊ってやつじゃない?」
「いきりょう?」
「それ知ってる。源氏物語にも出てくるやつだよね? 生きてる人の怨霊で、人を呪い殺すとか……梨奈、そのとき誰かに怨み買ってた?」
麻由がストローで友梨奈を指しながら、不穏なことを言う。
「あのねぇ、小学生がそんな濃い怨み買うわけないでしょ。怨み以外でも強い想いがあったり、死の間際だったりすると、幽体離脱みたいに魂が体から離れることはあるみたいよ」
「へー。でも魂の浮遊って、一回は体験してみたいかも」
「そんな気楽なもんじゃないのよ」
正体は分かっても、登校途中の問題解決にはならなかった。そいつがいる道を避ければいいのだが、自分が悪いわけでもないのに遠回りは納得できない。結局、通常ルートで立ち向かうことにした。
目を合わせないように俯き加減で近づくと、警戒していた“口撃”はなかった。恐る恐る顔を上げると、生き霊の男の子は道の真ん中でしゃがみ、何かを必死に捕まえようとしていた。
「何やってんの?」
(あんだけしつこく絡んできたくせに、わたしへの関心は虫以下か……)
「こいつが人や車に轢かれそうだから、どかそうとしてんだけど……上手くいかなくて」
ようやく顔を上げた彼は、昨日までの憎たらしい表情ではなかった。
「あのさ……昨日は……その、悪……」
「バカね。霊のあなたが現実の物に触れるわけないじゃない」
横から手を伸ばし、コクワガタを掴んで街路樹に移すと、友梨奈はさっさと立ち去った。……が、背後に視線を感じた次の瞬間、また追いかけて来ていた。
(昆虫以下の関心しかないくせに、なんでまた?!)
全速力で逃げ、学校の校門近くでようやく姿が消える。時間的に全然遅刻ではないのにぜーぜー息を切らす姿は、校門前で生徒を見守っていた先生たちから見て相当怪しかっただろう。
校舎に入り、ようやく一安心。だがそれは間違いだった。
当時の友梨奈のクラスは五年四組。
はい、麻由の想像通りですよ、あの時も窓際の一番後ろの席に座ってました。
くじ運良いのもあるけど、ハズレた時も周りがなんか代わってくれるんだよね。
ちょっと、なんでハンカチで目頭押さえてるのよ、麻由!
あの時の授業の内容は流石に記憶が無いので、友梨奈が好きだった宮沢賢治の詩の内容を習っている国語の授業、という設定にしておく。
そういえば小学校の先生は一人でなんでも教えるから凄い。
しかも大勢の分別の無い小さいガキンチョ達の面倒も同時にみなければならない。
ほんと尊敬。
ちょ、麻由! 何その険しい顔と冷たい視線は。これは脱線じゃ無いでしょーー、少しは自由に話させてよ。
教壇では小五の時の鈴原先生が黒板に宮沢賢治の有名な詩を書きながら内容を説明してる。
その時、友梨奈の席の真横の窓が突然パンパンと小さな音を発した。
友梨奈の目には、あの生き霊の男の子が外から窓を両手のひらで思いっきり叩いているのが視えている。
「人を霊扱いした仕返しだからなー―。お前の授業の邪魔してやる」
「……ここ三階の窓だから。自分が普通じゃないって流石にもう気付きなさいよ」
本人は顔を真っ赤にして(そういや霊って顔の色変わるのだろうか? 表情が必死だったからそう見えた気がしただけかもしれない)全力で叩いてる風なのだが、霊だけに現実に関与出来る物理的なパワーはあまり無いようだ。
クワガタを触れなかった悔しさもぶつけているのかもしれない。
「なんか風かしら。校庭の木は全く揺れてないのに不思議ね……。もし窓が割れて破片が中に飛ぶと危ないから念のためカーテン閉めときましょう。木花さん、お願い」
鈴原先生の指示で窓のカーテンを閉めたが、まだカーテンを通してあいつが窓をパンパン叩く音が響いている。
その後流石に疲れたのか(生き霊というものが疲れを感じるのかは分からなかったが)授業が終わる頃には静かになっていた。
「ちょっと、梨奈。この話って小五の時のことだって、……言ってたよね?」
自分の席の横の窓を不安そうに見つめる麻由。




