神通力女子 vs 地縛霊男子
「んだよ、冷たいな。ちょっとぐらい助けてくれてもいいだろ。この街はほんとよそ者に冷たいよな」
「あのね、みんなあなたが見えないし、声も聞こえないんだから無視して当たり前でしょ」
唖然とした表情をする、霊と思しき男の子。
「それってどういうことだよ。お前はちゃんと見えてるし、聞こえてるだろ。意味わかんねぇよ」
「大抵の幽霊は自分が霊だって気付いてないの。自分が死んだ場所とか、思いが残ってる場所にずっと居ついちゃって……そういうの、地縛霊って言うらしいよ。長く彷徨ってると良くないらしいから、早く成仏? とかいうのしてね」
「お前、ひでぇこと言うな。助けてくれない上に霊扱いかよ」
「本当なんだからしょうがないでしょ。じゃあ、もう行くから」
言いたいことだけ言って、全力ダッシュで逃げる友梨奈。
大分走ってから振り向くと、その男の子の姿はもう無かった。
その時は「やっぱり地縛霊だから、あの辺から動けないんだ」と考えていた。
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あ、ちなみに子供の頃は“地縛”の漢字を知らず、“自爆”だと思っていて――なんで自爆? とずっと疑問だった。
……って、このネタ二回目か。もう、麻由、その目やめて。多少の脱線はスパイスになるんだから。自分の黒歴史を犠牲にして話を盛り上げてるんだからね。
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次の日の朝。
学校へ行く途中、やっぱり同じ場所にあいつがいた。
小学生が住宅街で一晩中同じ場所にいられるはずはないし、服装も昨日と全く同じ。もう絶対に地縛霊確定だ。
目を合わせないよう顔を背けて通り過ぎようとしたが、途中で一瞬だけチラ見すると――思い切り睨まれていた。
「昨日のこと許してないからな」
(何よ、その上から目線。親切に成仏を勧めてあげたのに)
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ムカッときたが、ここで相手にすると、周りからは「大声で独り言を言う危ない子供」に見える。
ぐっと我慢……のつもりだったが――
「第一さ、もし俺が霊だったら、その霊が見えるお前もかなり変でキモいだろ。目もなんか紅くなってるし」
(!! こいつ……人が気にしてることをザクザクえぐってきやがる!)
怒りが込み上げ、つい睨み返してしまった。
が、黒歴史が脳裏をよぎり、泣き怒りとも落ち込みともつかない微妙な表情になってしまう。
……もっとも、表に出ていたのはいつもの“無表情”だけだっただろう。
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そんな友梨奈の表情に、なぜかそいつは狼狽していた。
なぜかよくわからないが、ケンカを売ったのに無反応で、肩透かしを食らったような感じなんだろうか。
(今からでも無視しなきゃ。霊に取り憑かれたら面倒だ)
昨日と同じく、いきなり全力ダッシュ。
横目に、驚いた顔で固まっているそいつが見えた。
「地縛霊だから追っては来れないはず」と思ったが――
耳を澄ませても足音はしない。だが、そいつは昨日も早歩きでは足音がしなかった。
振り返ると、必死に走って迫ってきている!
こちらはすでにかなり加速がついている。
今まで男子にも負けたことはない。
「お前……女子のくせに速すぎ……だろ……」
案の定、かなり後ろで負け惜しみが聞こえた。
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翌日
そいつがいる場所の手前から、最初から駆け足で通り過ぎる。
しかし――信じられないことに、昨日は追ってこなかった地点を過ぎても、背後に気配がついてくる。
(なんで追ってくるのよ……!)
涙目(あくまで気持ち的に)になりながら、息が切れるまで走り続けた。
ふらふらになりつつ、ようやく学校の校門が見える地点に到着。
校門を越えた瞬間、ようやく気配が消えた。
(……知らない学校に入るのは、子供としてはハードルが高かったんじゃないだろうか。霊なら関係ないはずだけど……)
おそらく本人が自分を霊だと自覚していないから、そういう心理になったのだろう。
とはいえ、このまま毎朝霊に追いかけられるなんて冗談じゃない。
学校から帰ったら、碧に相談しよう。
前に聞いていた“地縛霊”の設定と全然違うことも、ついでに文句を言ってやるつもりだった。
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場面は現在に戻る。
ファミレスの窓際、向かい合って座る二人。麻由がドリンクをストローでかき混ぜ、氷がカラカラと鳴る。
……そう。人の黒歴史を要求しておきながら、お礼はファミレスのドリンクバーとスイーツ。
「放課後の貴重な時間を拘束されてるんだから、せめてオシャレなカフェでしょ!」と思う。
麻由は「友達同士でおしゃべりするのに拘束って言い方酷くなーい」とか、「梨奈、着いた時も同じこと言ってしつこいー」とか、挙げ句「面白かったら後で追加で奢るからさ」とか言う。
まだ“面白いかどうか”の評価が保留なところがムカつく。
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とはいえ、三年ちょっと前の出来事のせいか、友梨奈の記憶はあいまいだ。
実は結末まで思い出しきれてはいない。
「でも、梨奈と駆けっこで勝負するのは無理ゲーだよね。評判聞いてると走力が野生動物並み」
「誰が野生動物よ!」
陰キャが急に運動で目立つと、周囲の反応は微妙だ。
中一の頃、人気の運動神経自慢男子に短距離で圧勝し、評判を落としたこともある。もちろん、女子からの反感つきで。
(あー……黒歴史ばかりだ、わたしの人生。よく不登校にならなかったよね、偉いぞ自分)
……でも、そうか。中学でまだ頑張れてるのは、毎日のように会いに来てくれる麻由のおかげかもしれない。
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その時。
隣の窓に、外から何かが当たるような音――バン、バン。
友梨奈は驚きに眼を見開き、麻由は怯えた表情で暗がりを見つめる。
「特に風もないのに……何が当たったんだろ。小さい鳥とか? この季節、もうカナブンとかいないよね」
外は暗く、ガラスには室内が映り込み、よく見えない。
麻由と同じく窓の外を見つめる友梨奈――その瞳が、一瞬、紅く染まった。




