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神通力少女は何がなんでも『普通』に生きたい。  作者: 宇宙 翔(そらかける)


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エンカウントポイント

麻由の背後から、声がしたほうに恐る恐る視線を送ると、袈裟装束で笠をかぶった僧侶のような年配の男が橋脚の脇に立っていた。

そのそばには野犬が一匹、慣れた感じでちょこんと座っている。野犬と表現したのは毛が汚れていて、首輪もしてなかったからだ。


「おい、娘! 興味本位でそれ以上近付くなよ。この世に未練を残した悪霊に呪われるぞ」


(……つーか、あなたが人を呪いそうな感じなんだけど。時代劇でも無いのにこんな格好してる人が現実にいるのね)


「悪霊? そりゃ空間から青白い腕がニョッキリ突き出てるから、犬神家の腕版みたいで見た目はちょっと気持ち悪いけど、そんな悪い感じは全然……」

「腕、だと?」


友梨奈の発言にちょっと食い気味に反応する僧侶風の男。怪訝な表情で友梨奈が見ている方向を凝視している。


(こんなの相手にしてたら間に合わなくなっちゃうわ。あかねはますます焦って、なんかわちゃわちゃしてるし)


見ず知らずのしかもかなり変な人の前で能力は使いたく無いが、タイムリミットでもう選択肢は無かった。

あの時の約束どおり、きっと麻由がさっきみたいに守ってくれるだろう。


「おい、娘、聞こえないのか? 視えるだけの中途半端な霊力で悪霊に近付くな!」

「おじいちゃん、あれ悪霊なんかじゃないよ。逃げ遅れた小さい子供が助けを求めてる手なの」


あかねは真面目に説明しているが、この人にそんな話が到底理解出来るとは思えない。

さっきの反応から見ると、そもそも腕のビジョンが視えていないように思える。

恐らく霊感は多少あって、それで空間の歪みをなんとなく感じて、この辺りに何か悪い霊的な現象がある、とでも判断しているのだろう。

その結論がこの世に未練を残した悪霊、とはあまりに古典的で乱暴すぎるのだが。

まぁ、もしこのままその子が死んじゃったら、死んだことを認められずに悪霊っていうか地縛霊みたいのになってしまうかもしれない。


無意識に友梨奈の右手が小刻みに震えている。能力を使う前はいつもこうだ。

その手を取ったら、その人の命を託されるような気がして、気が重いからかもしれない。

『普通』のJCなら、日常でそんな責任を託されることなんてない。

まだなんか老人が騒いでるのが聞こえるが、友梨奈は無視して自分の手を橋脚のそばの空間から突き出た腕に向かって伸ばす。

その手の指先に友梨奈の右手の指が触れ、一瞬躊躇した後、覚悟を決めてその手を思い切りぎゅっと握った。

次の瞬間、友梨奈の身体がガクガクと震えて目の焦点が合わなくなる。


「愚かな。素人が無茶なことを。魂を持って行かれたな」


なにかわかった風に語る声が、遠ざかる意識の中で微かに聞こえた。


腕を前に突き出した体勢で放心状態で立っている友梨奈の身体。見開いたその眼は紅く光っている。

わたし、中瀬麻由はこうなった後の彼女の身体を守るって約束したから、この怪しげな老人の前に立って防御している。

再会してから友梨奈がこの能力を使ったのはこれが二回目だ。本音を言えば友梨奈にはこの素晴らしい能力を使って、自分を助けてくれたみたいにどんどん人助けをして欲しい。でも本人は『普通』でいたいから使いたがらないし、麻由は友梨奈の味方になると約束した手前、嫌がることはお願いしにくかった。そんな麻由にとって、強引に能力を使う場面に友梨奈を巻き込んで来るあかねは、ちょっと後ろめたい気持ちになりつつ、応援したい存在だ。


「あのね、おじいちゃん。魂持っていかれたんじゃなくて、『意生身』《いせいしん》っていう霊体で移動して助けに行ったんだよ。パーリ経典でお釈迦様が言ってた、思考で成り立つ身体を生み出す神通力なんだから!」


あかねはまだ頑張って説明しているが、こんなエセ能力者みたいな人には何を言っても無駄だろう。

きっと長い年月で凝り固まった自分の中の狭い常識で言い返してくるに決まっている。


「おい、小娘! さっきから『おじいちゃん』は止めろ!」


(んーー、説明の内容じゃ無くて別のところが気になったみたい)


麻由にとって想定の斜め下の反応だったが、結果としてあかねが説得出来なかったってことでは同じではある。


「だって……、どう見ても『おじいちゃん』じゃん」


不満げな顔で小声で文句を言っているあかねを大人気なく険しい形相で睨んでいる僧侶風の男。


(まぁ、あかねちゃんの歳から見たら明らかにおじいちゃんだよね、あなたが正しい)


得体の知れない老人に相対して緊張感のある場面にも関わらず、あかねの発言にクスリと笑いそうになる麻由。

でもこんな老人のことは、今本当にどうでもよくて、麻由にとって想定外の嬉しい誤算があったので気が逸っていた。

それはあかねが予想以上に友梨奈の能力について詳しいことだ。

友梨奈は自分の能力否定派なので、麻由は彼女の能力の事を知りたくても情報源が無くて困っていた。

6歳の時にあれだけの能力を発揮していたのだから、きっと今とかこれから先なんて麻由の想像を超えた能力を見せてくれるかもしれない。

もう麻由はあかねから話を聞きたくてうずうずしていた。


一瞬、意識が暗闇に沈み、戻ったときには周囲は濃い煙に包まれていた。

視界はほとんど奪われ、周りに何があるのかわからない。

鼻腔を刺す焦げ臭さと、肌を刺す熱気。

思わず息を止めたが、今の友梨奈は実体ではないから息をしていなかった。

匂いや熱気はきっと手を繋いだ相手から伝わる感覚だ。


繋いだ手の先には、小さな男の子。

背丈から見て、幼稚園に通い始めたぐらいかもしれない。

フローリングの廊下に這いつくばり、咳き込みながら泣いている。


「ママ……ママ、どこ……」

「大丈夫、この手を離さないで」


声をかけながら、小さな手をぎゅっと握りしめた。

――本来なら、この子には私の声も姿も届くはずがない。

だが、涙で濡れた瞳が私を捉え、問いかけてくる。


「おねーちゃん……だれ? ママは?」


驚きに目を見開き、しばらく返す言葉もなく見つめ返してしまう。

小さな子供には、大人が見えないものが見える――そんな話を思い出す。

いつの間にか成長とともにその力は消え、記憶も失われるという。


(私の能力も……そんなふうに消えてくれればよかったのに)


失われたのは大事な幼少期の記憶だけで、呪いのような力だけが残った。

繋いでいない方の手で、そっと男の子の頭を撫でる。


「ママは後で迎えに来るから。……今はおねーちゃんと一緒に逃げよう」

「なんでだろ……みんなの声は聴こえないのに、おねーちゃんの声ははっきり聴こえる」


(まさか……耳が聴こえない? それで火事の警報も、人の叫び声も……)


逃げ遅れた理由が腑に落ちた。

思いもよらぬ形で、この力が役に立っている。


その時、男の子が激しく咳き込んだ。

もう考えている余裕はない。

低く姿勢を落とし、手を引いて煙の中を進む。

熱気で頬がひりつき、喉の奥が乾く感覚を感じた。


(……火元の方へは行ってませんように)


部屋の構造はわからない。今いる階数も方角も見当がつかない。

ただ、立ち止まればこの子は確実に煙に呑まれる。

それでも煙は濃さを増し、進むごとに視界は完全に閉ざされていった。

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