第9話 前田利家、槍の又左登場
翌日、近侍の仕事が終って自室に戻ると門の兵士が呼びに来た。
指南役の応募者が門の外で待っているという。
(本当に応募者が来た! タイマー凄いな!)
俺は兵士に案内されて清洲城の門の外へ出迎えに出た。
応募者は一目でわかった。
(デカい!)
身長は俺より高い。
百八十センチはあるだろう。
戦国時代の人たちは、みんな小柄だ。
俺より背が高い人を初めて見た。
全体的にはシュッとした体型で二十歳くらいイケメンさんだ。
右側がグレーで、左側が花柄の派手な着物を着たかぶき者。
そして、何より目立つのは担いでいる槍だ。
屋根より高い。
六メートルはあるだろう。
(長いなぁ………。あんな長い槍が振れるのか?)
俺が口をあんぐりと開けて、応募者のイケメンさんを見ていると、イケメンさんの方から話しかけてきた。
「あんたが浅見さんかい?」
くだけた話し方だが、自然体で嫌な感じはない。
俺は笑顔で応じる。
「いかにも。それがしは浅見爽太でござる。指南役に応募下さりありがとうございます」
「おう! 俺は槍が得意だし、いくつも戦場に出て首を上げた。足軽どもを鍛えていっちょ前にしてやるぜ」
「それは頼もしい!」
なかなか良い感じだ。
だが、身元がわからないと話が本当かどうかわからない。
ナニナニ家のナニナニさんと分かれば、真偽を確かめられるのだが……。
なぜか長身のイケメン応募者さんは名乗らない。
(はて? 何かワケありなのだろうか?)
俺は名前を聞き出すべく、話をふってみた。
「その大きな体! 長い槍! 貴殿はさぞ名のある武将なのでしょう。お名前を教えていただけますか?」
「……前田だ」
長身イケメンの応募者さんは、シブシブ答えた。
名前は前田さんだった。
あれ?
体格が良くて、派手で、傾いている前田さん。
何か記憶があるぞ……。
俺は聞き返す。
「前田?」
「前田」
「……」
「……」
まさか加賀百万石の前田利家!?
「もしや前田利家殿? 『槍の又左』と異名をお持ちの方では?」
「おう。槍の又左とは、俺のことだ」
「それがしは武蔵国の出で、武はからっきしですが、そんな私でも前田殿の勇名は存じております」
「おっ! そうなのか!? いや~俺も名が売れてるんだな~」
凄い人が応募して来たぞ!
だが、おかしいな……。
前田利家って信長旗下で勇名を馳せた武将だよな?
俺の歴史知識は戦国ゲームやマンガ程度だが、前田利家が織田信長のお気に入りだったことは覚えている。
何で浅見隊の指南役に応募してきたんだ?
「お待ちを! 前田殿といえば、殿の直臣ですよね? なぜ、浅見隊の指南役に応募されたのですか?」
「いや……まあ……」
前田殿は歯切れが悪い。
何か隠しているな?
「前田殿、理由を教えて下さい。殿の直臣をそれがしが勝手に雇っては、それがしが殿にお叱りを受けてしまいます」
俺が問い詰めると、前田殿はムーンと腕を組んで空を見上げた。
「オマエ……知らないのか?」
「知らない? 何をでしょう?」
「俺は出仕停止中なんだよ」
「出仕停止!?」
「いやあ、拾阿弥ってムカつく茶坊主がいたから斬っちまった! アハハ!」
茶坊主を斬って出仕停止!?
先日、池田恒興殿が話していたヤツだ!
「オマエかー!」
俺は前田利家の顔面を指さした。
「アハハハハ! いや~俺なんだよ!」
前田利家は笑っている。
思い出した!
戦国ゲームでもあった。
前田利家が急にいなくなるイベントがあったわ。
マジで殿の目の前で茶坊主を斬ったのか。
頭が痛くなってきた。
俺は両目をギュッとつぶって、深くため息をついた。
「いやあ、浅見さんよ。そんなにため息をつかないでくれよ。あの茶坊主は本当に嫌なやつで――」
前田殿は、くどくどと茶坊主の悪口を並べ始めた。
まあ、でも、話を聞いてみると、前田殿は茶坊主からかなりの嫌がらせを受けていたようだ。
何となくなんだが、茶坊主は前田殿が殿――織田信長に気に入られているのが面白くなくて、男の嫉妬で前田殿に嫌がらせをしていたのではなかろうか?
茶坊主は斬られた瞬間『アッー!』と叫んだに違いない。
そんなBL的な世界にくちばしを突っ込みたくない。
それに出仕停止の人を雇ったら、絶対殿が怒る。
この人と関わってはいけない。
俺は無言で回れ右をして、清洲城内に戻ろうとした。
すると前田殿が慌てて俺のアロハシャツの裾をつかむ。
「ちょっと待ってくれよ! 浅見さん! いや、浅見殿! 浅見様! 俺を指南役で雇ってくれよ! 俺は仕事がなくて困ってるんだよ! 困窮してるんだ! 幼い女房と乳飲み子がいて、食わせなきゃならないんだ!」
「離して下さい! 仕事がないのは、自業自得でしょう。それに幼い女房って何ですか!? 幼い娘でしょう!」
「いや、幼い女房なんだ!」
「はあっ!?」
わけがわからない……。
あっ! そういえば!
前田利家といえば、戦国一のロリコンキャラ。
幼い従妹の『まつ』を嫁にしたんだっけ。
「離して下さい! ロリコンは嫌です!」
「いいや、離さん!」
「離して!」
「離さん!」
前田殿も必死なら、俺も必死だ。
「無理! 無理! 無理! 無理ですって! それがしが殿に斬られてしまいますよ!」
「イケる! イケる! イケる! イケるって! 俺はこの仕事を足がかりに織田家に復帰したいんだ!」
しつこい!
俺は反対側を指さす。
「あっ! かわいい童女が歩いてる!」
「なにっ!?」
今だ!
俺はきびすを返し清洲城へとって返す。
だが、前田殿が俺にすがりついた。
俺は、後ろから前田殿のタックルを両足に受け、顔面から地面にダイブした。
俺は顔面を強かに地面に打ちつけ悶絶する。
「ぐおおおお!」
「大丈夫か!? 死なないでくれよ! あんたは大事な食い扶持なんだ! 俺の幼い女房と赤子のためにも生きてくれ!」
何という勝手な言い草。
そしてしつこい!
「前田殿! どなたか他の方に雇ってもらえばよろしいでしょう。例えば柴田殿とか」
柴田勝家なら織田家きっての武闘派武将だ。
槍の又左は欲しがるはず。
「いや、ダメだ。柴田のジジイは口うるさい! 傾いた着物を着ているとゲンコツが落ちるのだ。俺とはあわん!」
「私だって四十のジジイですよ!」
「そうは見えんぞ。それにアンタの着てる着物は、随分傾いてるじゃないか! かぶき者同士上手くやれる!」
「傾いてないと殿に叱られるんですよ!」
「そう! 殿のそういうところ良いんだ!」
前田殿は、いかに殿が素晴らしいか熱弁しだした。
俺は半ば呆れながら、前田殿の話を聞いた。
前田殿は十四で小姓として殿に仕え始め、殿一筋のお人のようだ。
忠誠心は間違いない。
池田恒興殿も斬られた茶坊主を嫌っていたし、原因は茶坊主にある気がする。
なのに出仕停止で殿の力になれないというのは、いささか気の毒だ。
俺は手を上げて、前田殿の話を止めた。
「前田殿の熱い気持ちはわかり申した。しかし、出仕停止は殿のご命令。背くことはなりませんぞ!」
「うっ! うーん、何とか取りなしてはもらえんか?」
「いや……、取りなすのは無理でしょう。殿は言い出したら聞かないところがありますから」
「まあ、そうだな」
前田殿が口を尖らす。
殿の気性は前田殿もよく分かっている。
「そこで、ご提案ですが……。前田殿を、それがしの弟ということにしてはいかがでしょうか?」
「はっ? 弟?」
前田殿はポカンとしている。
俺の提案が意外だったのだろう。
「弟です。あくまで前田利家とは別人のそれがしの弟『浅見又左衛門』ということにしては? それがしが弟に指南役を頼んだことにするのです」
「なるほど。別人になりすますということか……」
「はい。別人ということであれば、清洲城に出入りすることも叶いましょうし、折を見て殿にご寛恕いただくことも叶うのでは?」
「おお! 名案だな!」
前田殿はすっくと立ち上がり両手を握った。
前田殿は名案と言うが……。
多分、バレる。
いや、間違いなくバレる。
秒で前田殿だとバレる。
前田殿ほどの大男が、そうそういるはずがない。
あんな長い槍を持ったヤツも、そうはいないだろう。
だが、それでも俺の弟、浅見又左衛門で押し通す。
殿も前田殿のことは気に入っているのだろうから、『茶坊主を斬った前田利家とは別人』と理屈が通れば黙認してくれると思う。
それに前田利家が味方になってくれるのだ。
殿に怒られるリスクを取る価値はある。
「では、前田殿! 指南役をよろしくお願いいたします!」
「おう! 任せてくれ!」
俺と前田殿は、ガッチリ握手をした。