第5話 織田家での一日
織田家に仕官してから十日経った。
俺が寝泊まりしているのは、城の一角にある侍屋敷だ。
浅見爽太と姓名を名乗ったためか、信長に気に入られたためかは不明だが、ちゃんと武士、つまり士分として採用された。
とはいえ身分的には下の方らしく、あてがわれた侍屋敷は清洲城でも一番外側にある侍屋敷だ。
身分の高いお侍は、城の中心に近いところに屋敷があるか、自分の領地に住んでいるそうだ。
俺も早く領地持ちになりたい。
そのために必要なのは、戦に出て手柄を立てること。
手柄を立てるのに手っ取り早いのは、体を鍛えることだ。
俺は朝早く起きると、商人に作ってもらった短パンとTシャツを着て外に出る。
清洲城の周囲を走るのだ。
前世スキマバイト時代に自転車で移動していたので、意外と体力があった。
結構、走れて楽しい。
続いて筋トレ。
腕立て、腹筋、背筋、スクワット、屋敷の鴨居にぶら下がって懸垂、ジャンピングジャック。
筋肉は裏切らない。
きっと戦場でも。
最後にストレッチを入念に行ってフィニッシュ!
朝食を食べたら、袴の上にMA-1ジャケットを羽織って出仕つまり出勤である。
なぜ袴の上にMA-1ジャケットを羽織るかというと、羽織ってないと殿――信長に怒られるのだ。
『たわけ! 傾いてこそお主であろう!』
どうも俺はMA-1ジャケット込みで雇われたらしい。
ワッペンがベタベタ貼ってあるタイプなので、袴とは合わないのだが、殿が着ろというのだから仕方がない。
裏地のオレンジが目立つけど、殿が着ろというのだから仕方がない。
戦国時代にあり得ないフォルムだけど、殿が着ろというのだから仕方がない。
あれだ。
ヤンキーが派手な服をトレードマークにしている的な。
ポリシー的なヤツだ。
さて、俺の仕事は近侍だ。
近侍というのは、秘書兼ボディーガードのような仕事で殿――信長につくのが仕事だ。
とはいえ、俺はこの時代の読み書きが出来ないし武術もダメ。
とりあえず殿のそばにいて、殿と家臣の皆さんのやり取りを黙って聞いている。
そして、殿はヒマになると話しかけてくるので、前世の知識を披露し雑談をしている。
こんなので給金をもらっては申し訳ないと思うのだが、上司の池田恒興殿は俺のことを結構買っている。
池田恒興殿は、殿の乳兄弟。
子供の頃から殿に小姓として仕えた。
殿の側近中の側近だ。
年は殿の二つ下の二十三歳。
近侍のとりまとめをしている。
池田殿は真面目な性格のようで苦労性。
毎日報告を求められる。
午前中で近侍の仕事を他の侍に交代して、池田恒興殿に報告をする。
一通り報告をすると、しばし雑談だ。
「浅見殿は、近侍兼御伽衆じゃな」
「ははあ、左様で」
御伽衆というのは、大名の話し相手や相談相手になる人物で、政戦経験豊富な人物や一芸に秀でた人物がなるそうだ。
「浅見殿が来る前に、殿お気に入りの茶坊主がいたのだが、斬り殺されてしまってな」
いきなり物騒な話である。
俺は恐る恐る聞いてみた。
「殿が切り捨てたのでしょうか?」
「いや、違う。その茶坊主は家中で評判が悪くてな。殿には媚びへつらうが、他の者には威張りちらし、嫌がらせをするのだ」
「茶坊主ですよね? 何でまた、そんな……」
「そうだろう。そうだろう。本当に嫌なヤツでな」
池田殿も斬り殺された茶坊主を相当嫌っていたのだろう。
苦り切った顔をしている。
「では、家中で恨まれ、どなたかに斬られたと?」
「うむ」
今度はスッキリした顔をしている。
その茶坊主、どれだけ嫌われていたのだろう。
ちょっと呆れてしまう。
「だが、殿が怒ってのぉ。あのクソ茶坊主は、みんなに嫌われていたが、殿にだけは好かれていたからな」
「ははあ……、茶坊主を斬った方は切腹ですか?」
「何とかみんなで殿をなだめた。今は出仕停止じゃな」
出仕停止、停職処分だな。
殿のお気に入りを斬って停職ならラッキーだろう。
「まあ、それで最近殿は機嫌が悪かったのだが、浅見殿が来てから機嫌が良い。近侍一同助かっておるのだ」
「それがしは、南蛮の話をする程度で、あまりお役に立ちませんが、喜んでいただけるのでしたら何よりです」
「うむ。これから稽古かな?」
「はい。一日でも早く戦場でお役に立つよう頑張ります」
「良い心がけじゃ。励まれよ」
どんな形であれ、評価していただけるのはありがたい。
俺は四十歳。
池田殿はかなり年下だが、何かと世話を焼いてくれる。
とても頼りになる人だ。
人のご縁に恵まれたな。
ありがたい。
俺は池田殿の前を辞して、城内で訓練に励む。
信長に命じられた、槍、刀、弓、乗馬の稽古をみっちりやる。
続いて清洲城の近くの寺に行き、読み書きの手習いだ。
戦国時代の文字は現代と違う上、草書体というのだろうか、崩し字なので読めない。
寺の坊主に教えてもらう。
そして寺の帰りに清洲城下の商家駿河屋さんに顔を出す。
「こんにちは」
「浅見様! おいで下さいまして、ありがとうございます!」
俺を出迎えたのは、織田家人材募集で出会った若い商人風の男だ。
この男は、駿河屋の次男で喜兵衛という。
喜兵衛さんは、次男なので駿河屋を継げない。
そこで織田家に仕官しようとしたのだが、体の線が細いということで落とされてしまった。
喜兵衛さんは読み書き計算が出来るから、有用な人材だと思うんだけどね。
面接したのが殿じゃなく、武闘派の柴田勝家殿だったそうだ。
面接運がなかった。
だが、喜兵衛さんは抜け目ない。
一緒に話をしていた俺が、殿に気に入られた場面を見ていて、俺に話を持ちかけたのだ。
『織田の殿様に浅見様が献上したような服を作りたい。手伝って欲しい』
もちろん俺は快諾した。
早速作ってもらったのが、朝着ていたトレーニング用のシャツと短パンだ。
そう、俺は服飾プロデュースを副業にしているのだ。
今、喜兵衛さんと作っているのは、アロハシャツだ。
今は五月。
戦国時代の五月は現代日本より涼しいがMA-1ジャケットは辛くなってきた。
かといって脱ぐと殿に怒られる。
そこで目立って涼しいアロハシャツだ。
アロハシャツは、ハワイに移民した日本人が着物をシャツにリメイクしたのが始まりだ。
戦国時代でも作れる。
出来上がってきたアロハシャツは、古い着物をリメイクした。
女性用の生地なので、白地に派手な花柄が入っている。
これなら殿も『傾いておる!』とご機嫌だろう。
「手前どもで扱わせていただいてありがとうございます! そちらのアロハシャツはお持ち下さい。それとこちらは頼まれていた大豆です」
「かたじけない」
商品開発に協力する報酬は、売り上げの一割をもらうことになっている。
プラスお願いしているのが大豆だ。
戦国時代は、とにかく食事事情が悪すぎるのだ。
朝と遅めの昼二食の上、メニューはごはんに味噌汁だけ。
香の物がつけばラッキーだ。
それもごはんは、玄米や赤米といわれる赤っぽいお米で美味しくない。
ああ、白米が食べたい……。
俺はすぐに気が付いた。
タンパク質が足りない。
だが戦国時代に肉食はNG。
そこで大豆の出番だ。
大豆を煮て食う。
植物性タンパクをチャージして筋トレの効果を高めるのだ。
俺は大豆の入った袋とアロハシャツを持って、意気揚々と侍屋敷に戻った。
こうして俺の忙しくも充実した一日が終った。
筋肉! つけ!