第4話 信長登場(織田家清洲城)
信長が登場すると、周囲の空気が変わった。
ざわっとした何ともいえない熱気が周囲の人から感じられる。
隣に立つ商人風の若い男をちらりと見ると、目つきが真剣なものに変わっていた。
『成り上がってやる!』
そんな気持ちが感じられる顔つきだ。
当の信長は落ち着いた茶色の羽織袴姿だが、内側に来た着物の色が派手な朱色だ。
遠目で見ても覇気を感じさせられてしまう。
(これが歴史に名を残した織田信長か……!)
俺は信長の存在感に圧倒された。
「みなご苦労である! そこの者! 近う!」
信長は子供のような無邪気な笑顔で、目についた人物を手招きした。
どうやら信長が直接面接をするらしい。
最初はヒゲを生やした武士が呼ばれた。
何やら書状を信長のそばに控える若い侍に渡している。
(ああ! 推薦状か!)
むむ。俺は推薦状など持っていない。
面接をどうするか考えないと。
とにかく言葉遣いは時代劇風にしよう。
私ではなく、それがしとか、ござるとか。
どうしようかと考えていると、信長と目が合った。
「そこ! デカイの! 近う!」
ヤバイ!
まだ考えがまとまってないのに!
だが、さっさと行かなくては。
信長は短気なのだ。
まごまごしていて斬られてはたまらない。
俺は早足で信長に近づき、立ったまま頭を下げた。
信長は上機嫌で俺を見上げる。
「ほう! お主デカイのう! それに珍妙な服を着ておる!」
嬉しそうだ。
つかみはオッケーか?
俺はボロを出さないように手短に自己紹介した。
「それがし浅見爽太にござる。武蔵国から参りました」
信長がジロジロ無遠慮に俺を見る。
値踏みしているのかな?
「浅見! お主の来ている服はなんじゃ!」
信長が短く鋭く言葉を発した。
恐っ!
怒っているわけではないのだろうが、話し方がキツイ印象なのだ。
俺は動揺を顔に出さないようにして、冷静に返事をした。
ボロを出さないために短くだ。
「これは南蛮の服でござる」
「ほう! 南蛮かぶれか!」
信長は嬉しそうだ。
何だろう?
田舎のヤンキーが、派手な改造車を見つけてはしゃいでるノリだ。
「その頭は何じゃ?」
今度は俺の髪型について聞いてきた。
俺は普通に横分けにしているのだが、マゲが主流の戦国時代では珍しいのだろう。
「南蛮の髪型でござる」
「おおう! 傾いておる! 傾いておるの!」
信長は一層嬉しそうだ。
ニヤニヤしている。
傾く?
何だろう?
まあ、悪い意味ではなさそうだ。
「ありがたき幸せ」
俺は手短に礼を述べた。
「浅見! お主が修めた技はなんじゃ!」
えっ!?
修めた技!?
俺は答えに窮する。
むむむ……どう答えた物か……。
刀や弓は触ったことがない。
馬にも乗れない。
俺は今までの人生で最高の集中力を発揮して答えをまとめた。
「それがし刀も弓も扱えず。馬にも乗れませぬ」
「何じゃ! 木偶の坊か!」
「されど南蛮の知識がございます」
「何!?」
「ご免!」
俺はひざまずき地面に指で世界地図を書き始めた。
「むっ!」
信長は気になったのだろう。
建物から下りて、俺の横に来た。
「ここがヨーロッパ。欧州にござる。端にあるのが、ポルトガル。種子島に火縄銃をもたらしたのは、ポルトガルの商人です」
「ふむ!」
「隣にある国がスペイン。この国も強国で外国との交易に力を入れています。この日の本にも来ているころでござる」
「続けよ……」
ちらっと信長を見ると、強い興味を示していた。
好奇心旺盛なのだろう。
「このスペインとポルトガルの間には山脈があり、スペインはポルトガルを攻められません。お互い商船や軍船を出して、外国の交易で競争しています。このような海路を使ってアジア……えーと……シャムや天竺の産物を自国に持ち帰るのです」
「ほう! 産物とは何か?」
「香辛料が高値で取り引きされます。香辛料とは、辛子のような物です」
「ふむ。ここは国があるのか?」
信長はキラキラした目でアフリカを指さした。
「ここはアフリカでござる。南と北で大分様子が違います。北は古くから栄えた都があり、巨大な石造りの建物があります。南は大きな生き物が闊歩し、住んでいる人々は墨を落としたように黒い肌をしております」
「嘘をつくな!」
「嘘ではございません」
信長は楽しそうに、俺の話にツッコミを入れた。
手応えは悪くない。
若い侍が信長にコソッと耳打ちした。
「殿。他の者もおりますれば、そろそろ……」
「むっ! であるか! 爽太を召し抱える! 近侍とする! 励め!」
「ははあ! ありがたき幸せ!」
採用決定だ!
俺は信長に頭を下げた。
「ところで爽太。お主が来ている珍妙な服を見せよ」
えっ!? 終わりじゃないの!?
信長はジッと俺の服を見ている。
俺はMA-1ジャケットを脱いで、信長に手渡した。
「ふむ……不思議な服じゃ……。そっちも見せよ」
信長はMA-1ジャケットを俺に返し、内側に来ていたパーカーを見せろという。
俺は黒いパーカーを脱いで信長に手渡す。
「ほう! 面白いの!」
信長はパーカーを気に入ったらしい。
ズボッと頭から着て上機嫌だ。
「この部分をフードと申します。寒い時は、フードをかぶって、このヒモをギュッと絞ると」
「おお! 風を防げるのじゃな! 見事な出来じゃ!」
「この服はパーカーと申します。南蛮の船乗りが来ていた服でござる」
「良いぞ! 良いぞ! 気に入った!」
信長はキラキラした笑顔で、俺を見る。
えっと……ひょっとしておねだりされてる?
信長に仕えている若い侍を見ると、目をチラッチラッと動かして俺に合図を送っている。
「殿に献上いたします……」
「おお! そうか!」
「あのお……この国に一つしかない物ですので……。代わりに服や刀をいただけるとありがたいのですが……」
「うむ! 苦しゅうない! 爽太! 気に入ったぞ!」
信長はパーカーを来たままご機嫌で面接を続けた。
俺は無事に『近侍』という職を得て、この時代の服や刀ももらえそうだ。
織田信長。
イメージ通りのヤンキー的な人物だった。
さあ、これから信長に仕えて、天下へ向かってレッツゴー!