第3話 お市の方(織田家清洲城)
俺は農民たちに道を聞いて、織田家へ向かった。
現地の人たちは、俺の服装――現代の服――を見て、『奇妙なヤツ』という視線でジロジロ見てきたが、『織田家に仕官する』と言うと、妙に納得された。
多分、彼らの考えとしては『尾張の大うつけに仕官するのだから、これくらいヘンテコなヤツじゃなきゃダメだろう』という感じなのだろう。
信長……大丈夫なのか?
幸いなことに俺が転生したのは尾張国で――現在の愛知県――織田家の居城清洲城へは歩いて行ける距離だった。
昼頃、織田家の清洲城に到着した。
門の両方に槍を担いだ門番がいたので、俺は門番に声を掛けた。
「すいません。仕官しに来たのですが?」
「どうぞ。お通り下さい」
俺の格好はどうみても怪しいのだがスルーである。
ここでも『信長さんの奇行効果』が現れている。
感謝するべきなのか、心配するべきなのか微妙なところだ。
清洲城の門をくぐると広場のような場所だった。
沢山の人がいる。
(みんな仕官希望か!)
グルッと見回すと、集まっている人はかなり雑多だ。
野良仕事のついでにやって来たという風情の農民。
キッチリと着物を着込んで腰に刀を差した、いかにも武士といった髭面の男性。
素人目にも質の良さそうな着物を着た商人風の若い男。
俺はふと疑問を感じた。
(この時代の人は、どうやって求人情報を知るのだろう?)
俺はスキマバイトアプリ『タイマー』で織田家の人材募集を知った。
戦国時代にアプリが動き情報が掲載されていること自体が謎だが……。
この時代の人たちはスマホを持ってないだろう。
俺は近くにいた商人風の若い男に話しかけた。
「すいません。私は浅見爽太と申します。貴方はどうやって織田家が人を集めていると知ったのでしょうか?」
「町に立札が出ていましたよ。尾張中で噂になっていましたからね」
俺の質問に若い男は気さくに答えてくれた。
立札……、時代劇に出てくる小さな看板のことか。
「浅見様は、どちらからいらしたのでしょうか?」
「私はと――」
東京と言おうとして俺は言葉を止めた。
戦国時代なら東京はない。
えーと……東京は武蔵国だったな。
「私は武蔵国から来ました」
「ほう! それは遠くからいらっしゃいましたね! やはり板東の方は、体が大きいですな! さすがは新田義貞の――」
若い商人風の男は愛想良く話し続け、俺はフンフンと相槌を打った。
この若い男が言う通りで、俺はこの世界ではかなり背が高いようだ。
俺の身長は百七十五センチ。
日本人の平均身長より、ちょっと背が高い。
だが、戦国時代の人たちは背が低い。
小学六年生くらいの身長しかなく、百六十センチに届かないと思う。
俺は集まっている人の中で一番背が高く、頭二つ抜けているのだ。
(これなら戦で活躍出来るかな? 戦国武将になれるかな?)
しかし、ジッと観察すると、俺の考えが甘いことがわかる。
背は低くても、体格が良い人が多いのだ。
農民は細身だが、腕や足にしっかり筋肉がついている。
何でも人力でやるから、それなりに力はあるのだろう。
武士が組んでいる腕を見ると、前腕の筋肉がムキッと盛り上がり、派手な刀傷がある。
(こりゃ背が低いからって油断出来ないぞ……)
俺は気を引き締めた。
商人風の男の話を聞いていると、きれいな着物を着た女性三人が、集まっている人たちの間を歩いていた。
三人とも小柄で、おにぎりののったお盆を持ち、集まった人たちに笑顔でおにぎりを配っている。
三人ともきれいなのだが、特に先頭の女性は群を抜いている。
美しさと可愛さが同居していて、現代日本なら女優さんクラスの美しさだ。
天真爛漫な笑顔で、集まった人におにぎりを配っていて、おにぎりをもらった人はみんな嬉しそうだ。
なるほど。
これは織田家なりの歓待、労いなのだろう。
女性三人は、俺たちに近づいて来た。
先頭の美しい女性が、お盆を俺たちにスッと差し出した。
「どうぞ。召し上がって下さいな」
「いや、これはどうも! お心遣いありがとうございます!」
若い商人風の男は、さっと手を伸ばしておにぎりを取った。
俺もおにぎりを一つ取る。
「ありがとうございます」
きれいな女性はつぶらな瞳で俺を見て、パッと華やいだ笑顔を見せた。
「まあ、あなたはとても大きいですね! ごきげんよう!」
女性たちは、集まっている人たちにおにぎりを配って歩き、俺たちから離れた。
若い商人風の男が、ほうと息を吐いた。
「あれがお市様じゃ。ほんにお美しい」
「おお! あれが!」
お市の方か!
歴史上の有名人に会えて、俺のテンションはグッと上がった。
お市の方というと、不幸属性持ちのイメージが強い。
なんとなくキツイ感じの美人なのかなと思っていた。
しかし、実物のお市の方は俺のイメージとまったく違っていた。
ニコニコ気さくで、どことなく品が良い。
商人風の男がお市の方の話を続ける。
「十三歳になられたから、そろそろ嫁入りの話も出るじゃろう」
「嫁入りですか……」
そうか、戦国時代だと結婚が早いんだよな。
十三歳……、戦国時代は数え年のはずだから、現代日本だと十二歳だ。
お市の方は、随分大人びて見える。
それでも十二歳で嫁入り話は、早すぎるように感じる。
俺はボソリとつぶやく。
「花は咲けども、すぐ手折られるのですね」
「そうですな。手折る方が羨ましい。おっ! お殿様のお出ましですぞ!」
広場の奥にある建物の方で、ドスドスと足音が聞こえた。
かなり早足だ。
そして、信長が姿を現した。
「よう! 参った!」