第22話 清洲城内の憂鬱
俺は殿との話を終え、浅見隊が住まう清洲城内の足軽長屋へ走った。
足軽長屋に着くと、浅見隊の隊員がどっと押し寄せた。
「御大将! 籠城ですか?」
「いや、野戦じゃねえのか?」
「兄貴! どっちだ?」
浅見隊の面々は緊張の面持ちだ。
隊員たちも、籠城か野戦か気になって仕方がないのだ。
だが、、桶狭間で今川義元に奇襲をかけることは、秘中の秘だ。
以前、浅見隊の隊員をタイマーで募集した時に又左が『間者っぽいヤツがいた』と言っていた。
浅見隊の中に間者はいないと思うが、どこかで間者が聞き耳を立てているかもしれないし、浅見隊の隊員が誰かに話し、そこから今川方に情報が漏れるかもしれない。
殿と打ち合わせた通りに今川軍を油断させておかなければ……。
俺は腕を組みいかにも困ったという芝居をした。
「いや、評定はもめにもめている。殿も野戦か籠城か決めかねているのだ」
どっと浅見隊から力が抜ける。
「なんだよ……」
「まだ決まらねえのか……」
浅見隊の隊員が口々に不満をもらす。
不満を感じるのは無理もないが、真実は桶狭間で今川義元を討つのだ。
このままではいけない。
俺は浅見隊隊員たちの気を引き締めるために、パンと手を打った。
「まあ、聞け! 評定は続いておる。だが、今川軍が近づいているのは間違いない。明日かあさってには戦闘になるだろう」
「「「「「おおぅ~!」」」」」
「だから、どうなっても良いように、メシを食い、寝られる時に寝ておけ! 槍、刀、鎧を近くに置いて寝ろ! いつでも動けるようにしておくのだ! 良いな?」
「「「「「おう!」」」」」
浅見隊の隊員たちは、『戦は近し備えよ』という俺の指示を聞いて気合いを入れた。
隊員たちの表情がキリッと引き締まった。
これなら大丈夫だ。
俺は続けて厨を任せている富さんに声を掛ける。
「富さん。何が起きても良いように、メシを多めに作っておいてくれ。それと握り飯を頼む」
腹が減っては戦はできぬ。
「ようございます。鶏肉、大根、ゴボウがありますから、炊き込んで握り飯にいたしましょう。佐助! 商家を回って竹の皮を集めておくれ!」
「あいよ!」
「さあ、忙しい! 忙しい!」
富さんは、佐助を使いっ走りに出して厨へ向かった。
戦になれば俺たちが忙しいが、戦の前は富さんが忙しい。
佐助が役に立っていて、俺は少し嬉しく思う。
「又左! 藤吉郎! いるか?」
「おう!」
「いやあ、どうなるか気になってしもうてのう……」
二人とも残ってくれていた。
「正直、どうなるかわからん。二人とも清洲城に詰めておいた方が良い。メシはお富さんが用意するから、浅見隊と一緒にいてくれ」
武力のある又左に機転の利く藤吉郎。
この二人がいてくれてば、何かと心強い。
「わかった。そうしよう」
「そうじゃな。爽太の言う通りにしようかの。オマエさんはどうするんじゃ?」
「俺は宿直につく」
ここから先で一手間違えれば、歴史イベント『桶狭間の戦』が起きなくなる可能性だってある。
俺は殿のそばに控えて、間違いが起きないように目を光らせるのだ。
浅見隊は小頭たちがいるし、又左と藤吉郎もいる。
任せれて大丈夫だろう。
俺は殿のそばにつくために、足軽長屋から清洲城の奥へ向かった。
廊下を歩いていると、遠くから声が掛かった。
「浅見!」
殿の妹、お市様だ。
侍女を引き連れながら、厳しい表情で俺に近づいて来た。
「一体どうなっているのですか? 奥へは事情がちっとも伝わって来なくて……」
お市様がため息をつかれる。
不安が顔に出て眉間にしわが寄っている。
この先どうなるのか心配なのだろう。
「まだ何も決まっておりません。先ほどまで広間の評定を聞いておりましたが――」
俺は浅見隊に伝えたのと同じことをお市様に伝えた。
お市様の侍女から情報が漏れる可能性だってある。
用心……用心……。
俺が話し終わるとお市様はいっそう深いため息をついた。
「そうですか……。織田家はどうなってしまうのか……」
少女が女性へと変わるわずかな時期の不安定な美しさとでもいおうか。
お市様は憂いを帯びた表情すら美しい。
俺はお市様を安心させようと、ニコッと笑顔を作り、ドンと自分の胸を叩いた。
「ご安心召され! 織田家には浅見爽太と浅見隊あり! 敵が強かろうと、数が多かろうと、お市様には指一本触れさせませぬ! 今川何するものぞ! それがしが焼いて食ってご覧にいれましょう!」
「まあ!」
俺がちょっと大げさに『焼いて食って』と身振りを交えると、可笑しかったのかお市様が笑顔になった。
「浅見は頼もしいですね!」
「はは~! ありがたき幸せ!」
俺は膝をつき、オーバーアクションを交えてお市様に答える。
すると侍女たちも一緒になってコロコロと笑った。
「お市様。それがしは浅見隊に食事をして眠って戦に備えるよう申し伝えております。お市様も食事をおとりになりお休み下さい。本当に大丈夫です」
「浅見は優しいのですね。ありがとう」
お市様はスッと優美に裾をさばいて奥へ帰って行った。
侍女の一人が俺に頭を下げていた。
きっとお市様は心配で落ち着かなかったのだろう。
俺と話して少しでも気持ちが楽になったのなら嬉しい。
籠城か?
打って出るか?
方針が決まらないために、清洲城内は困惑に包まれどんよりとした空気が漂っていた。
だが、俺はわかっている。
織田信長は打って出るのだ!
桶狭間の戦まで秒読みだ!





