第1話
一機の奇妙な爆撃機が、海上を飛行していた。
黒く塗装された、不気味な全翼型の機体。
その後部には六基のジェットエンジンが取り付けられており、ベニヤ板と鋼管の軽い機体を力強く前進させている。
機体の大半が燃料タンクと爆弾倉によって占められているためかコックピットは狭く、機長、パイロット、整備士三人の五人が乗り込むと一杯になってしまう。
常に低いエンジン音が鳴り響いているのも相まって、その雰囲気は異様だ。
壁には計器やパイプが所狭しと並べられ、白のつなぎを着た整備士たちが、慣れた手つきでバルブやハンドルを調節している。
コックピット後方の椅子に座った機長は、キャノピーの先に見える水平線の青を緊張した表情で睨んでいる。
そしてコックピットの先端にある操縦席では、ポケットに入れたラジオのクリスタルイヤホンを片耳に挿したパイロットが、鼻歌を歌いつつ操縦桿を握っていた。
パイロットは茶色の飛行服を着て、頭に革製のヘルメットと防塵ゴーグルを付けている。
顔立ちはまだ若いものの、飛行服に付けられた勲章を見れば、彼が歴戦のエースパイロットであることが分かった。
彼の名前はミハロ。
帝国空軍最強と謳われた第301急降下爆撃隊に所属し、数多くの戦車や装甲車を屠ってきたエースパイロットだ。
だが、今は第301急降下爆撃隊には所属していない。
第301急降下爆撃隊は数ヶ月ほど前、帝国の東部戦線にて激戦に投入され、数名のパイロットを残して壊滅した。
現在、ミハロは最新鋭の全翼型爆撃機を運用する特別攻撃部隊に所属している。
ミハロにとって、今回の作戦は新しい愛機で迎える初の実戦だ。
それと同時に、最後の飛行でもある。
なぜなら、彼が所属する特別攻撃隊は事実上の自爆攻撃部隊であり、搭乗員の生還は期待されていないからだ。
ミハロは、操縦席の真後ろに置かれた機長座席に目線をやる。
通常であれば、爆撃機の機長席に座るのは空軍の士官だ。
だが今回そこに座っているのは、武装親衛隊の士官だ。
黒く威圧感のある軍服を着て、悪趣味な髑髏の帽章が付いた制帽を被り、腕には赤い腕章を付けている。
容姿端麗な者の多い親衛隊でも、その士官は特に美しい。
鋼のような青い瞳は鋭く、ふんわりとした金髪が白く透き通ったうなじにかかっている。
美しく精悍な顔立ちは中性的で、男性的ですらあったが、胸元と腰の膨らみは明らかに女性のそれだった。
彼女の名前はエレノアという。
つい少し前に親衛隊航空学校を卒業したばかりの親衛隊士官だ。
ミハロの所属する空軍が国防軍の隷下にあるのに対し、エレノアの所属する武装親衛隊は、帝国で強権政治を敷いている国民社会主義党に所属している。
国防軍の中でも自由な気風のある空軍所属のミハロにとって、規律を重んじる武装親衛隊士官でも特に堅物で威圧的な彼女は、少々苦手な存在だった。
「どうした?何かトラブルでもあったのか」
ミハロの視線に気付いたエレノアが口を開く。彼女は視線に敏感で、ミハロが少しでも目線を向けるとすぐに気付く。
その点も、ミハロは苦手だった。
その苦手には、エレノアの豊満な肉体と真面目な性格に対する性欲と好意の入り混じった緊張が含まれていることに、ミハロはうっすらと気付いていた。
恋愛については経験などろくに持っていないミハロは、その感情に無視という形で対応している。
「いえ。なんでもありません」
ミハロはそう言って前を向き、エレノアの体を視界から外す。
「そうか」
普段のエレノアだったら、よそ見をしていたことについて一言か二言の説教をするだろうが、今日は何も言わない。
実戦慣れしているミハロとは異なり、エレノアにとってこれは初の実戦だ。それも、十死零生の出撃。
実際、エレノアは緊張からか何やら深く考え込んでいる様子だった。
ミハロは前を向く。
水平線の先にはまだ何も見えず、海と空の青が溶け合っていた。