ダンジョンダイブ3
「お疲れ様でした、どうでした30階は?」
エプロン姿のトール君が笑顔で出迎えてくれた。
「ごめん、仕事中だったらまた今度にするよ」
「いえ、丁度終わった所なので大丈夫ですよ、それよりどうでした?」
本当に仕事が終わっているのか気を使ってもらったのか、どちらにせよ彼の好奇心は今回の探索結果を欲していた。
「回復させない炎ですか…非常に厄介な魔法ですね、だって確実に相手の戦力を削れるって事ですもんね」
「そうなんだけど…これって過去のインスピレーションから得た魔法じゃないんだよね、後で効果に気付けたって感じでさ」
「元からある闇属性の基本的な魔法かも知れませんしロキさんが過去潜在的に生み出していたモノなのかも知れませんし」
潜在的にか、正直よく分からん。でもまぁ名前を付けるとしたら何だろう?黒炎?邪炎? 火にまつわるネーミングと言えば…1つ思い出した。ブラック企業での勤務は毎日が厄日なのは勿論、クソ上司によるパワハラ、セクハラ、モラハラ、スメハラ、アルハラetc…厄日+で毎日何かが飛び火してくるのでこれを【厄火】と名付けていた。
「嫌な火ですね(笑)でも何かの阻害をするデバフ効果は性能的に一致してますね」
「だよね、じゃあもうネーミングは決まりか(笑)」
なのでこの回復阻害効果魔法は【厄火】で決まった。後は以前の戦闘で炎の壁を突っ切る時にフードで隠せない部分がちょっと気になっていたので面頬みたいなマスクを作ってもらうと思っていたのだがトール君は面頬が何か分からないとの事なので久々にパッドの電源を入れお気に入りの写真から面頬を見せてあげた。
「これ、持ち帰った鉄で作るとマスクとしてはかなり重いですよ。顔面に攻撃を喰らう前提なら鉄でもいいと思いますけど…」
もちろん顔面で攻撃を受ける気はサラサラ無い。
「でしたら思い切ってこのパッドで作ります?素材的にも良い感じだし、もしかして電気じゃなくて魔力で動く様になるかもしれませんし」
「あーなるほど!いいねそれ!」
考えてもみなかったが確かにこのまま電池切れを待つだけのお荷物になるならいっその事役立てた方がいいかもしれない、アルミとかクリスタルガラスとか大きさも丁度良い感じだしね。
そうと決まれば早速トール君がPadに魔力を込め粘土のように柔らかくしていく。そこに俺の闇雲を混ぜていく。トール君はこの時物質とリンクして素材の原子配合まで分かるらしい。
「あ…これは…」
「どしたどした?大丈夫??」
何か言いかけて突然宙を見ながら止まってしまった。しかしその目はまるでパソコンモニターを見ているように忙しそうに宙を目で追っていた。
「すみません、これちょっと時間かかりそうです」
「いや、全然良いよ!しばらくは30階付近でレベリングするからゆっくりやってね」
その日はそれで終わった。トール君の余りにも深刻な顔つきが気になったが、もしかして俺のエロ画像の履歴とか…ま、それはいいか。やっぱ地球のあらゆる素材を使ってるから難しいんだろうなと思いゆっくり待つことにして俺は俺の事を頑張ろう。
あれから1週間が過ぎ30階付近をウロウロと、面倒だが20階からスタートして30階のボスを7回クリア、その間トール君からの連絡は無く随分と手こずっているようだ。魔石もかなり溜まったのでそろそろ強化して先に進みたいな〜とは思うけど催促するのもアレだな〜と思ってしまう。などと思っていた矢先トール君が興奮しながら宿に来てくれた。
「大変お待たせしました!今回のはハッキリ言って凄いです!」
「お!珍しい!自らハードルを上げて大丈夫(笑)」
「はい、コレは絶対飛び越えれますよ」
謙虚な彼が珍しく興奮を露わにしている、初めて会った時と同じくらいのテンションで袋からマスクを取り出した。それは漆塗りの様な黒で避けた口元には上下4本の醜悪で恐ろしげな牙が剥き出しになっていてそれは見事な地獄の鬼の面頬だった。
「かっけぇ…」
手にとってみると見た目よりはほんの少しだけ重い。装着してみるとジャストフィットだ。トール君がコチラをニヤニヤ見ている。いや、確かに良い出来栄えだけどそんなに興奮しながらハードルを上げる程の事は…
「拍子抜けしてるでしょ?(笑)」
「なになに!?て事はなんか隠してるでしょ?」
「そのままちょっと魔力をマスクに流してみて下さい」
トール君に言われるままに魔力を流してみると「ウィン」 カシュッ
何か電動的な音がした後に面頬が自動的に後ろと首周りを覆い尽くした。
「おぉ!」
それだけでは無い、視界の中に距離、温度、湿度など見慣れた文字や記号が並んでいる!?
「え!?どうなってんのコレ? え!?」
まさに彼の思惑通りと言ったドヤ顔をされているがこれを見せられると納得せざるを得ない。
「面頬の目元から網膜に直接照射して投影しているんですよ、確かどっかの軍事技術だったと思います」
何か聞いたことあるけどまさかここに来て体験するとは夢にも思わなかった。その他はサーモグラフィーやガラスが出て来て目をカバーしたりサングラスになったり、狙いでエイムが出たりと盛り沢山だった。
「お見それ致しました」
「自分でもビックリしました(笑)」
先日のあの時物質にアクセスした瞬間プログラムも出て来たらしい、だから宙を見てたのか。
「それとすっかり忘れてましたが茶色の魔石なんですけど…」
「あ!俺もすっかり忘れてた(笑)」
「持って来ましたのでご自身に使います?」
「そだね、てか色からして土属性?」
「そうです、防御とかトラップ、石礫で攻撃も出来る汎用性の高い属性ですね。ただ、火や水みたいにポンポン出せないのでシチュエーションは限られますがその分強力な属性です」
その後この魔石も黒く染めてから取り込んだがやはりすぐには魔法が使えたりはしなかった。土属性で出来る事を一通りレクチャーは受けたので後は発現まで色々試すしかないだろう。今日は高性能の鬼の面頬と土属性も手に入ったのでトール君と呑みに行った。
朝まで呑んだ翌日、雨音で目を覚ますと既に夕方過ぎだった。若干の二日酔いと雨が重なりダンジョンに行く気が湧かないが、考えればブラック企業に勤めていた時よりも長時間勤務、さらに連日休み無しで働いている。なのに気分と体調は最高に良い(二日酔いを除いては)なんだろうね?ブラックの定義つて納得できる賃金と人間関係が殆どなのかも知れないと窓の外を眺めながら考えていた。
バタバタバタ!ガサガサバサッ!
森の方が何やら騒がしいので視線をやると何かが動いていた。暗いし遠いしよく見えない…
「そうだ!!」
早速あの面頬を取り出して装着 「カシュッ」
面頬のサブレンズが遠くの物体を感知、それを拡大して網膜に照射! 俺の視界を遮らないように視界の右上に分割画面で拡大表示されたそれは鳥と蛇がケンカをしていた。お互いが滅茶苦茶に絡み合い蛇は食い付きながら締め付け、鳥は噛みつきながら足の爪で引き裂こうとしていてお互いがお互いを喰おうとしている。しばらくの死闘の末両者は相打ちとなった。夕方は夜へと移り変わりまた雨音だけが響く。また暇になってしまい魔法の事を色々考えるも二日酔いのせいで頭が回らない、気分転換にさっきの2匹の死闘を見に行ったら配色アピールの激しい蛇と美しい梟が雨に濡れて横たわっていた。何か蛇も梟も珍しそうな色と言うか凄く綺麗だったので明日トール君ちに持って行って見てもらうと思い絡み合った2匹をそのまま持ち帰った。
「おはようございます!昨日は二日酔いでダウンしてましたよ(笑)」
「俺も(笑)ちょっと見て欲しいものがあるんだけど」
そう言って昨日の蛇と梟を取り出して見てもらった。
「珍しい訳では無いですけど蛇の方は数種類の毒を使い分ける毒蛇で、梟はかなり珍しい種類ですね。夜行性でホント滅多に見ることが無い鳥ですね」
見た目は梟だが、ちょっと顔が小さくて隼にも見えなくも無い。ミミズクの様に尖った耳がカワイイ。特筆すべきはその羽の色で、黒ベースの中に濃ゆい青、紫、ピンクなど色んな色が入っててみる角度によって色が変わる。
「素材としては羽が数枚ってとこですかね、食べるにもちょっと物足りない大きさですし」
俺の目論見はハズレ、雨の日の休業を埋める棚からボタモチとはいかなかった。
「これってさ、錬金融合とかって出来るの?」
「・・・・考えた事も有りませんでした」
ん?ちょっとニュアンスが違う感じで伝わったかも知れない。俺はこの羽の色が好きだから、鎌鼬のフレームとかに混ぜれるか?って意味だったんだけど、彼はどうやら「キメラ」的なニュアンスで受け取ったらしい。さすが生物工学を専攻する頭の良い人は考え方も違うなと感心した。しかしトール君は倉庫からアレコレ出して来て早速試そうとしてる。
「この蛇で色々試しても良いですか?」
子供の様な笑顔で怖い事を聞いて来たが快く「どうぞ」と言ってあげた。とは言いつつ俺も興味があったので見学させてもらう事にした。結論から言うと生物と鉱物の融合は成功してしまった、まるで神の領域に踏み込んでしまった様な気分になったが、まぁここは地球じゃ無いし多少はね?って事でお互い軽く流した。で、ついにはこのコードレスイヤホンを組み込んだら面頬とリンク出来んじゃね?って冗談半分ノリでやったらほんとに出来てしまった。もうそこからはノリノリで改良に改良を重ね、イヤホンの他にカメラ、録画などPadの機能を盛り込んで魔力で操作出来るように改良、蛇の毒性能や赤外線を感知するピット器官も残したまま完済。
「最高傑作だ…」
そう呟いたトール君はまるで生物実験が成功したマッドサイエンスみたいなセリフと恍惚とした表情、徹夜の無精ヒゲがさらに危なさを演出していた。
が、間違いなく傑作だ。面頬とリンクするとリアルタイムで分割画面で見ながら操作が出来る。また蛇なので水、軒下、壁、排水溝などどこへでも侵入でき、更に毒を持って暗殺も可能。ただし融合の際に俺の闇雲の影響であのカラフルで綺麗な鱗では無くなり真っ黒で地味な蛇になってしまった。
「て事はこの梟も・・・」
「トール君!一旦寝よう!これ以上はいい仕事に繋がらないよ! ね?」
もういっちょおかわりをしようとするトール君を何とか説得してこの日は就寝。ついでに泊めてもらったので翌日すぐに作業開始、こっちも美しさは無くなって黒い鳥になってしまったが、羽音が完全に無い空中を飛ぶドローンの完成だった。500mlのペットボトルくらいの梟と、ちょうど腕の長さ程の蛇。
面頬から見える分割画面の上真ん中は俺の真後ろを写していて、左上は蛇視点、右上は梟視点と分けた。AI機能で学習能力もあり、事前に行動設定も細かく出来るしマニュアル操作にも切り替えれる。
「魔法と科学の融合が可能にしたまさに生物工学の究極形態ですよ!」
トール君は終始興奮しっぱなしだったが俺も人の事は言えない程興奮していた。
「こうなると残りのパソコン、スマホ、音楽プレイヤー、ウォッチの使い所を慎重に決めないとですね」
「だよね、仮にドラゴンとかに使えたら最強じゃ無い?」
「いや、冗談抜きで覇権ですよ。まぁでもドラゴンの死骸は先ず入手不可能でしょうけど(笑)」
取り敢えずこの2匹に蛇&梟と命名した。蛇はやや後方からついてくる様に設定、梟は前方で一定距離を保ち上空か木の枝などから索敵、梟の超音波、蛇の赤外線が使えるので動く物体が有れば俺に知らせる役目を担う。有事となれば勿論潜入もこなせる。これはトール君にどうお礼をすればと悩んだが当の本人は相変わらず金銭では無く地球産の食べ物などを希望して来た。限りはあるがそれでも俺からするとただ同然だからこの武器やドローンの価値と見合うかは甚だ疑わしい。が本人が納得しているなら良しとしよう。ちなみにこの2匹?2機?は部類としてはゴーレムに入るらしい。さてさて、早速明日はコイツらと面頬のデビューだ。