ダンジョンデビュー
やや湿気を含んだ空気は靴音も湿らせている気がする。縦横5メートル程の通路には異世界定番の都合のいい光は無く、松明の灯りだけが行く道を示してくれる。闇属性のクセに闇が怖いと来たもんだ。左手に松明、右手には鎌鼬と名付けた相棒が今か今かと出番を待っている。
「ふぅ、ちょと休憩…」
多分さっきから10分おきくらいに休憩している。警戒と緊張しながら進むのがここまで疲れるとは思わなかった。正直ちょっと引き返したい気分になって来ている。せめて懐中電灯が有ればもっと楽なんだがまさかの真っ暗展開だとは思わなかった…と言うかラノベの異世界モノに毒され過ぎていたせいで考えが至らなかった。普通壁は光らんもんね。休憩していると後ろから来た3人組のパーティーにアッサリ追い越されて行った。彼らは松明では無く杖の先が光っていて恐らく魔法だと思うがかなりの明るさで全方位を照らしていたのが羨ましい…後をつけたい衝動に駆られたがグッと堪えた。
「ダメだ、一旦懐中電灯を取りに戻るか」
多分往復3時間はかかると思うが便利さが違いすぎる。小さくてポケットとかに引っ掛けれるタイプなので片手がフリーになるメリットはデカい。しかも照らし出す範囲や光量がまるで違うので視認性も段違いだ。が、往復3時間かぁ〜と考えてしまう。そうこうしている内に松明の灯りは段々と小さくなって来た。どうやら小1時間も持たないらしい…
「と言うか闇属性なのに闇に足を引っ張られるってどうなの?」
段々と松明の灯りが弱くなり逆に闇が強くなる。
この弱い灯りを見ているとあの時の残業を思い出す。会社はコスト削減のため夜は電気を落とすので真っ暗な部屋でパソコンのモニターだけがうっすら光っていて、ちょうどこんな感じの光量で辺りを照らしていた。疲れ果てデスクに突っ伏したまま寝てしまい、顔を上げるとモニターもスリープモードに入り真っ暗になっていた。
「お前もお疲れだな…」
せっかく休んでいるモニターを起こすのは忍びないと暗闇に目を凝らしながらウォーターサーバーの方へ歩くが何故か見える。あぁ、暗闇に目が慣れるってこう言う事かと感心したのを思い出していた。目を開けると松明はあの時のモニターの様に眠りについていた。が、何故か見える。白黒の視界だが昼間の様にハッキリと見えている。
「これは…凄いぞ」
多分闇属性の魔法が発現したのだろう、これはいい魔法だ。スッと立ち上がり歩き出してみる。勿論警戒はしているが奥の奥までハッキリ見えているので緊張感がまるで違う。さっきまでとは打って変わってスタスタと歩けてしまうので先程の追い抜かれた3人組が遠くに見えたが俺の視界ではライトの魔法で照らし出されている部分は真っ白に見えてしまう。
「なるほどね〜」
要は暗視スコープとほぼ同じ性能って事がわかった。お宝はまだ見つけれていないが思わぬ所で良い魔法を手に入れる事が出来た。困難が人を成長させると言うベタベタの展開だが甘んじて受け入れよう。一応俺的には手ぶらでは無くなったので本日は終了と言う事にした。
帰り道にさっきの魔法のネーミングを考えているが【暗視】から考えが動かない。まさに読んで字の如くなので他にピッタリなのが思い浮かばずもうコレでいいかと諦めた。
翌日、昨日の経験を活かして装備を少し変えてきた。緊張の連続は体力を奪うので携帯食と水は少し多めに持って来ているお陰で昨日よりは随分と楽に探索が出来ている、やはり経験を積むのは大事だね。今は魔力温存の為に携帯ライトにしているが多分通路の曲がり角で何かが隠れた様な気がした。こちらの灯りに気が付いて急いで隠れた感じだ。なるほど、敵からすると灯りは自身の存在と位置を知らせる目印でもあるのか。これは戦闘に置いてほぼイニシアチブを取られると言う事だ、つまりダンジョン内では必ずと言っていいほど後手から始まるつもりで戦闘を組み立てなければならない。
が、しかし俺には闇魔法がある。早速昨日見つけた魔法を発動する為にライトと荷物をその場に置き、灯りから目を逸らす。
「暗遁の術 暗視」 フォン
視界が一気にクリアになる。間髪入れずにもう一つ
「暗遁の術 闇雲」 ブワッ
出力をかなり抑えた闇雲で足元を黒くする。暗闇を暗くしても殆ど意味は無いが、実は少し前に闇雲の新しい機能を見つけた。暗くなっている部分にはサイレンサー効果があり足音を消していたのだ。なので壁の曲がり角の敵には俺の足跡が聞こえていない上に目印である灯りが止まっているので待ち伏せのまま待機しているのだろう。荷物を置いて足音無く真っ暗闇の中を歩き曲がり角を見るとゴブリンが3匹身を潜めて待ち構えていたが勿論俺には気付けないでいる。自身の能力が完全に発揮され、完全優位に立っているこの状況が嬉しい余りしばらくニヤニヤしながら眺めてしまった。取り敢えず日々のバイトで養った解体スキルを発揮して鎌鼬で3匹の首を落とす。なんの引っかかりも無くまるでクタクタに煮込んだ野菜を切る様な恐ろしい切れ味にまた余韻がぶり返す。鎌鼬の初仕事は上々だった。
荷物と灯りを持って来て心臓付近から魔石を取り出して処理する。このゴブリンも持って帰れば小銭くらいにはなるが3匹担いで片道1時間半を考えると割に合わない。ま、血や死体は放っておくとダンジョンが吸収するらしいので捨て置くことにした。とにかく圧倒的勝利と言う形でダンジョンデビューを華々しく飾れた事を嬉しく思う。実際に実践を経て考えると、直接的な攻撃魔法もそれはそれでいいが、俺の闇魔法は派手さこそ無いが実戦においてかなり使い易く有用だと実感した。通用すると分かった途端に奥へ進む探索意欲が俄然湧いてくる。しかし今回はたまたま曲がり角でチラッと敵を視認出来たら良かったものの、アレに気付かず襲われていた場合はどうなっていたんだろう?あのゴブリンのフォーメーションから考えると多分最初の一撃は3匹同時に顔、腕か胸、急所を同時に打たれていたと思う。多分そこからはタコ殴りにあって終りか何とか反撃して勝ってもタダでは済まなかっただろう。もし毒でも塗られていたらお終いだったかも…あらゆる自己反省を繰り返しながらトール君が言っていた言葉を思い出した。
彼が言うには浮かれても調子に乗ってもいいらしい。ただ【油断】だけはしないで下さいねと。
今回の戦闘で得た教訓は「見えてない所は絶対危険」と考える事を学んだ。その後その教訓は大いに活かされ、お陰でその日は連戦連勝無傷無敗で探索を終える事が出来た。めぼしいお宝こそ無かったものの魔石は結構集まったかもしれない。魔石は街のインフラに必要不可欠なエネルギーで割と高額な報酬になる。自分に使うと自身の強化になるし、武器に使うと武器の強化になるし魔石だけは本当にいくらあっても足りないほど需要が高い。俺的には日々の暮らしはプラマイゼロでいいから自身と武器の強化、終始これに尽きる。サラリーマン時代みたいに固定給では無く、やった分がそのまま己の身に反映されるなんて夢の様だ…もうやり甲斐しか無い。とにかくレベリングをしたい衝動に駆られダンジョンに通う日々が続いた。
取り憑かれた様にダンジョンにハマって約1ヶ月、武器のパワーアップの為にトール君ちに向かっている。手ぶらじゃアレなのでボア肉とそれに合いそうな袋入り醤油と袋入りマヨネーズ、袋入り七味唐辛子、烏龍茶パック持参で久しぶりにトール工房へ足を運ぶ。
「お、おおぉぉぉ…」
良かった(笑)どうやら袋入りシリーズは彼の心にぶっ刺さったようだ。
続けて魔石の入った袋をドサッっと卓上に置く。
「・・・嘘でしょ(笑)」
トール君は袋を覗き込むとその量に驚愕していた。
「1ヶ月潜ってたとしても普通この量には到底届かないですよ」
「昔からハマったゲームとか睡眠時間削ってでもやってしまう性分でさ(笑)」
「余りお勧め出来ませんよ、食べる事と寝る事だけはしっかりしないと・・・」
「いや、それはしっかりしてるんだけど殆どダンジョンで寝泊まりしてたから」
「上級者がやる潜り方じゃないですか!」
「何かね、ダンジョンの中だと魔法の調子が良くてさ。光の下で魔法を使うのと真っ暗な中で使う場合は効果範囲とか魔力消費量とか明らかに差が出るんだよね」
これは実際に何度も検証してみたから間違いない。
「あ〜成程…通常火の魔法を使う場合に一から火を生み出すのと既にそこにある火を使うのとでは明らかに魔力消費の差が出ます。それと同じ原理で闇が有れば消費量が・・・て言うかもしかして暗闇だとほぼ消費しない…てことですか?」
そうなのだ。ダンジョンとか夜だと実は全く疲れない事がわかった。かと言って【隠れ蓑】に関しては1日1度の5秒ルールは健在だった。
ただ、暗視や闇雲は使い放題なので少し窪んだ所や凹んだ所で闇雲を出し続ければダンジョン内での安全確保、俺だけのセーフティゾーンの完成だ。
「もしかしてこの魔石全部強化に使うんですか!?」
「え?そのつもりだけど…辞めた方がいい?」
「いえ全然いいんですけど、武器と装備とご自身にそれぞれ割り振りしなくていいんですか?」
そうだった。自分にも使わないといけないし装備にも使えるとは知らなかった。基本的に装備で困る事はあまり無かったが、こうなるともっと便利だな〜ってのはあった。後ダンジョンは割と肌寒いのでマントだけは欲しいと思ったのでトール君お勧めの店でフード付きマントや革のジャケットや革製のホルダーなどを買ってさらに手持ちのサバイバルグッズから使えそうなものを一緒にカスタマイズしてもらう。強化の際は使用者の魔力を一緒に混ぜるとより馴染みやすくなるらしいので俺も同席させてもらった。トール君は錬金術を駆使してあらゆる物質を合成したり分離したり接着したりクレイアートで遊んでるかの様に軽やかに仕事をこなしていく。この技術なら継ぎ目の無いTシャツが出来そうだ。せっかくだから大量の魔力を流し込める様に部屋の明かりを最小限にしてもらい魔法を発動する。
「暗遁の術 闇雲」
かなり出力を抑えて掌から出す様に意識する。俺の闇雲がトール君の魔法と混ざり素材に染み込んでいく。てかどんどん黒くなっていくんだけど…
こんな調子で服、マント、靴、手袋などを強化していくと装備一式が全て真っ黒になってしまった(笑) ある程度は使用者の魔力の影響で色が変わる事はあるらしいが、ここまで色が変わったのは初めてらしい。ちなみに鎌鼬とコンパウンドボウも黒くなった。
「強化は出来たので後は微調整をしておきますね」
と言う事で後はトール君に任せて久々に宿に帰りベッドに倒れ込む。
「あ〜やっぱりベッドは…」
喋りながら即寝落ちしてしまっていた。
雨音に目が覚めると夜だった。窓が少し開いてたようでリズム良くカーテンがなびき湿った風が吹き込んでくる。どうやら丸一日寝ていたようだがまだ寝れそうな気がするのを空腹が邪魔して来た。この時間宿の食堂はもうとっくに閉まっているし、雨なので外に行く気も起こらない。ベッドの上で壁にもたれ掛かりながら携帯食をかじる。ダンジョンに籠っていたからこそ理解できるこの安心と安全がもたらす心地良さは何物にも代え難いがその反面もうダンジョンの事を考えている自分がいる。前回のダンジョンダイブでは3階層まで行けたが課題は多い。乱戦になるとちょっと危なっかしい場面もあったし、もし毒を食らっていたらとか罠にハマったらとか言い出したらキリが無い。とにかくやりたい事や試したい事が多くて頭の中が騒がしい、決して嫌なわけでは無い、むしろ楽しく思っているが今は雨音を聞きながらゆっくり夜に浸ろうと思う。
翌朝、雨が止んで晴天に恵まれた。しとやかな夜の雨も良いがやはり晴天の気持ち良さは格別だ。とにかく腹が減って減って仕方なかったので先ずは腹を満たす為に宿の食堂で一通り食べた後は商店街の屋台通りを目指す、実はここからが本番だ。俺はあの屋台通りが好きでちょこちょこ足を運ぶ事が多い。特に肉系の屋台が充実していて非常に食べ応えがある。ケバブの様に焼いたボア肉をパンに挟んで辛めのソースで食べる、次はミンチ肉が肉汁と共に餃子の様に包まているヤツ、串肉、パリパリの腸詰、ジューシーなサラミ、葡萄の発泡酒を片手に屋台巡りは昼前まで続いた。朝飯と昼飯を同時に済ませるとまた眠気がやって来たので宿で昼寝、小1時間後に起きると体が明らかに活力で漲っている。今絶対にMAX回復したと分かる。何故ならここ数年しばらく音沙汰の無かった俺のJr.がはち切れんばかりにいきり勃っていた。
「参ったな…この感じはすっかり忘れていた」
異世界に来て会社に行かなくなり、ストレス無く心身共に毒気も抜け、命懸けで暴れて帰れば寝て呑んで食ってしているとオス本来の本能が目覚めたらしい。20代の頃に味わった凄まじ勢いのムラムラを久々に思い出す。
「これ割と苦痛なんだよな…」
あの性欲に意識が引っ張られる感じは正直余り好きでは無い。はぁ…トール君に聞いてみるか。




