異世界ライフ3
午前は薬草採取、午後は解体バイト、その後はトレーニングに励んでいる毎日でそれなりに充実していた。今はトレーニング後の休憩で一息ついている。トレーニングを始めたのはトール君の提案で、彼はこっちに順応し過ぎてて転移してきた当初よりかなり筋力が落ちたらしいがそれでも一般人よりは遥かに強いらしい。今後冒険や探索を生業とするなら絶対に筋力を維持した方が良いとアドバイスを貰った。しかし筋力維持に当たってトレーニングより【食事】問題の方が大変で、俺はこの世界ではかなりの大食いになる。この地球産の肉体を維持するにはこの世界の平均的な食事では全く足りないのだ。なので日銭の稼ぎはそこそこあるのに食費のせいでプラマイゼロ、いやちょいマイナスかも。まぁまぁ頑張って現状維持がやっとってのは精神的にちょっとしんどい、後言葉がわからないのも地味にキツい。無双チートもザマァもハーレムも無いし異世界ライフがなんか思てたんと違う…
「いや、それはまだ現状を完全に理解出来てないからだと思いますよ?」
その日帰りにトール君ちに寄ってお茶してる時に「思てたんと違う」って話をしたら嗜められた。
「今現在、恐らくこの異世界全人類の中で1番力が強いと思います」
「魔法が凄いならともかく力だけがあってもあんまりじゃない?」
確かに強いのだろうけど流石に力だけじゃーね。
「違います」
ハッキリと否定された。頭の良い人にここまでハッキリと否定されると自分が間違ってるんだと思って怯んでしまう。
「ロキさん、この異世界に置いての【人類】は弱肉強食のピラミッドで言うとどの辺りに位置すると思います?」
「上から2〜3番目くらい?」
ドラゴンがぶっちぎり1番強いのは前に聞いた。それはもう人智を遥かに超えていて核兵器を持ってしてようやく倒せるだろうと言うレベルでドラゴンは強さの桁が違うので基本的に強さの比較対象としては入れないらしい。そう考えて2〜3番と答えたが予想は違っていた。
「多分真ん中くらいです。この世界の資料を見るに多分15〜20番目かなと」
「え? そんなに弱いの?」
「はい、理由は大きく2つあって1つは金属が希少で武器が弱い、2つめは魔法に頼りすぎて科学技術が進歩しないこの2点です」
トール君が言うには例えば医療技術は地球の方が遥かに進んでいるが【治す】と言う結果だけを見れば魔法の方が遥かに優れている。治療や手術を施すより魔法をかければほとんど治ってしまうこの世界では医療技術が発達しないらしい。
「ロキさんが思っているよりこの世界での単純な【力】の価値は地球の比じゃ無いですよ。この世界で人権や権利は平等では無く全て有力者の物であり有力者とは権力、財力、戦力を指します」
つまり物騒な話ではあるが暴力も立派な財産になるらしい。この話を聞いて認識を改めてさせられた。トール君や周りの人にフォローされててイマイチ実感が無かったが今更ながら本物のバトルロワイヤルの真っ最中だと実感させられた。
「後、ロキさんは魔剣に匹敵する、いやおそらくそれ以上に価値のある唯一無二の素材や金属を所有しています」
これは確かに!この世界には絶対に無い素材なのは間違いと思う。
「すみません、最初に僕がもっと分かりやすく伝えていれば良かったんですが人に伝えるのが苦手で」
「いやいや、ありがとう本当に。でも正直この【腕力】がそんなに価値のあるモノって実感がまだ湧かないんだよね」
「それはこれからですよ(笑)多分すぐに実感出来ると思います」
トール君曰く、実戦で戦えばすぐに分かるから心配しなくても良いと。それより調子に乗って油断してしまう事に本当に気を付けろと言われた。
「僕は荒事が苦手なので冒険者や探索者には本当に向いてませんでした。もしかしたら日本出身者は向いてないかもしれません」
「外国人なら向いてるって事?」
「日本人よりは向いてます、基本的に危機感の持ち方が違うのは良く知る所ですが特に危険な地域では【舐められたら終わり】と言うのを芯から理解しているので」
トール君曰く舐められるくらいなら殺した方が良いそうです。 えぇ…
なので舐めてかかる方も命懸けで舐めて来るらしく、舐めると言う行為は序列や上下をハッキリさせる為の命を賭けた決闘に近い意味らしい。
「なので地球での常識、倫理観、道徳の類いは本当に捨てて下さい!本当に! それが出来ないなら冒険者になるのは絶対に辞めた方がいいです、例えるならメキシコ辺りの完全無法地帯の刑務所に入れられたのと同じです」
あ〜なるほど、上手い例えだ。気持ちがかなり引き締まるのが分かった。
「でも、逆に言うとブラック企業に勤めていた時に居た様な理不尽野郎とかクソヤローに一切気を使わなくていいって事でしょ?」
「はい(笑)大丈夫そうですね」
つまり勝てば全てを得る事が出来て負ければ全てを失う。まぁぶっちゃけそれはどうでもいいし、別に抵抗は無いがはたして自分の【力】がどれくらい通用するのかこればっかりはまだ人に試して無いのでどうしても不安が残る。ま、その時が来たら迷わず力を振るえるように覚悟だけはしっかり決めておこう。後は魔法のバリエーション、特に攻撃系を身に付けれるように精進しようと改めて気を引き締めた。翌日、薬草採取の後そのままに狩りにチャレンジしてみた。結果は上々、コンパウンドボウで中型のボアを仕留めれたのでここぞとばかりにバイトで鍛えた解体スキルを発揮している所だが、手持ちのナイフが現在このカランビットナイフしかないのでちょっと手こずっている。しかしこうして身に付けた技術が活かされるのは本当に楽しい。中型ボアの大きさは子牛程だが地球の生物と違ってその見た目からは想像出来ないほど軽く、皮も肉も薄くてスカスカな感じだ。パッと見は80〜100キロ程有りそうなこのボアも、持った感じ多分35〜40キロ程度だと思われる。
「そう言えば今日はこれで昼飯と晩飯が浮いたからその分貯金に回せるじゃん!」
美味しそうに焼けたボア肉に齧り付きながら胃袋と財布が満たされる喜びに浸っていた。
帰りにトール君にお裾分けを持って行き世話になっている宿にも少しお裾分けをしたらえらく喜んでくれた。それからは薬草採取、狩り、解体バイト、トレーニングのルーティンで回すようにしたが、解体バイトはそう毎日あるわけでは無いのでその隙間を埋めるにはちょうどいい。こうして充実した日々が続く。
今日は珍しくトール君が俺の宿を訪れて来た。
「大変お待たせしました、やっと出来上がりましたので持って来ました」
「おぉぉ!」
遂に来た!念願の俺専用武器!桐箱とかは無いが丁寧に布に包まれたソレを取り出す。サバイバルナイフや鎌やキャンプ用品など最低限必要なモノ以外は素材として突っ込んだ。簡単に言うとテニスラケット位の大きさの鎌だ。この武器は全体はカーボンで出来ているがグリップは耐火性もある合成樹脂で水に濡れても滑りにくくグリップエンドは少しだけ返しがついている。流石オーダーメイドだけあって握りやすく非常に手に馴染む。グリップの背中に当たる部分に小さいボタンが有りそれを親指で押しながら棒の頭を軽く振ると「シャキン」と刃が出て来る折りたたみ式の仕掛けだ。かなり厚さのある刃はタングステンで先だけが両刃になっていてさらにボタンを押すと刃の角度を変えれる様になっている。真っ直ぐ伸ばすとバット程の長さの槍みたいになるが刃をしまうと少し歪に曲がった棒だ。しかし刃を出したその様はまるで命を刈り取る形をしている…
持ち手を順手で持ったり逆手で持ったり回してみたりと具合を確かめる。
「どうです?微調整ならこの場で出来ますけど」
「いや完璧だわ。さすが名工いい仕事するねぇ〜」
「喜んでもらえたようで(笑)」
「フィジカルとこの武器でどこまで通用すると思う?」
「モンスター相手なら相当通用すると思いますけど、対人戦は1対1なら無双、仮に盾と槍の前衛2人、魔法と弓の後衛2人の4人組相手でも武器を使うまでも無く投石だけで勝てると思いますよ」
それを聞くと実力を試してみたくてなってしまっている自分がいる。なんか好戦的な気分になってしまう俺って本当は血の気の多い野蛮な部類なのかな? 出会った事のない自分に少し戸惑ってしまう。この前トール君に【腕力や暴力も財産】と聞いた時からこんな気分が続いている。
「あのさ…その…地球でストレスが多かったせいか暴れたい衝動と言うか、上手く言えないんだけどこう何て言うのかな・・・」
「分かりますよ」
彼は俺が全てを言い終わる前に笑顔で同意してくれた。
「銃を持てば撃ちたくなる、刀を持てば切りたくなる、力を持てば振いたくなる、いいじゃないですか。人間のオスなんて本来は殺戮や闘争の塊なんですから。それを抑える為の理性や道徳がこの世界では邪魔と来たらもう遠慮は無用、むしろそうでないと生き残れない世界なんですから」
彼はこの湧き出る闘争本能を正当化してくれた。俺の中で何か一つ吹っ切れたのを感じた。
「トール君、ありがとう」
心からのお礼をしたのなんていつぶりだろう?あの会社に勤めてからはお礼とは真逆の気持ちばかり募らせる毎日だったがこんな気持ちは本当に久しぶりだ。この相棒を片手に明日からはいよいよ本格的に冒険者活動を始めようと思う。
翌日トール君について来てもらって冒険者ギルドへ登録手続きをしに来た。幸い解体バイトで顔馴染みになっていたのと、解体仕事に定評があったのでどうやら職員達には期待されているようだった。
冒険者はモンスターハント、狩り、賞金首ハントなど様々なクエストが有る。けどダンジョン探索は個人で勝手にやってくれって感じだった。階級クラスは1級〜6級で俺は当然1番下の6級からスタート。ちなみに冒険者ギルドでは無く【傭兵ギルド】らしい。これは討伐や荒事が主な依頼内容となるギルドの事だそうだ。ちなみにギルドとは国営企業とか一部上場企業に近い感じで、クランは中小企業や株式会社、個人事業主みたいなニュアンスとの事。因みにトール君は商業ギルドで3級のノークランだそうだ。
「やっぱ最初は何処かのクランに入ったりパーティーとか組んだほうがいいかな?」
「大丈夫ですって(笑)本当に」
登録も終わり晴れて冒険者、傭兵となった俺は取り敢えず腕試しにダンジョンの地下1〜2階で自信をつけて来いと言われたのでやって来ましたここは街の西側の山の麓にある遺跡後ダンジョン。驚いた事にダンジョン入り口には出店や簡易的な宿が立ち並んでいてちょっとしたイベント会場みたいになっていた。予想外のお出迎えにさっきまでの緊張感がウソのようにほぐれていく。テキトーな所で座り込みダンジョン入り口を眺めながらさっき買った串肉を味わう。縦横15メートル程の洞窟で石壁に模様が彫ってあり観光遺跡としても充分見応えがある。割と栄えた旧文明があったらしくその名残が今も遺跡として各地に残っており、もちろんお約束のお宝も眠っているらしい…胸が高鳴る。取り敢えずコンパウンドボウは置いて来て今日はこの相棒のデビューであり、俺のダンジョンデビューでもある記念日だ。
串肉を食べ終わりしばらく遺跡入り口を眺めた後腰を上げる。
「さてと、行きますか!!」
昂る気持ちを抑えても声に出てしまっているのが分かる。不安と期待の入り混じった複雑な気持ち、入学式とか入社式に近い感じかな?この漲る感じは非常に懐かしく全身にヤル気が満ち溢れている。
一歩、また一歩と遺跡へ足を運ぶ。