異世界ライフ2
「お疲れ様です!お待ちしてましたよロキさん!」
トール君はいつもの人懐っこい笑顔で迎えてくれる。テーブルには夕飯の支度が3人分、奥さん…まだ婚約者だから彼女と言う方が正しいのか、まだ別々の所に住んでいるカレナリエルさんがわざわざこっちに来て用意をしてくれたようだ。
田舎の家庭料理の様な素朴な味付けが今日の疲れを取り去ってくれる。まだ日は浅いが地の果てどころか異世界で滅多に会えないであろう同郷の存在は俺の心の拠り所であり、そんな友と呼べる人との食事は本当に心が癒される。
「でもタングステンのナイフを使うのは控えた方がいいかもしれませんよ?」
仕事場でのナイフの切れ味が余りにも悪いので自前のナイフを使いたい所だったが余りお勧めはされなかった。
「ナイフ程度の大きさでも鉄武器を持っているとちょっと目立ってしまうので」
「狙われるって事?」
「はい、名が売れている様な強者でも無い限りは」
なるほど、この異世界で人道やモラルを期待してはいけないと言う事らしい。仕方ない、取り敢えずはしばらく下積みを頑張るか。
夕飯をご馳走になり、食後のお茶を頂きながら異世界トークはまだまだ続くかと思われたが
「さて、宴もたけなわですし…そろそろアレをいっときますか?!」
まるで今から一発芸をさせられる様な言い回しに俺は思わず苦笑いをこぼす。まぁ、確かに一発芸に近いけどね。
「え〜では異世界新人ロキ、やらさて頂きます!」
と言いつつ俺も新人歓迎会ノリで応える。
2人からは期待のこもった熱い視線を感じる。人に何かを期待されるのも悪い気分じゃ無いなと思いながら集中していく。あの時のシチュエーションと机の下に隠れる気持ちを思いだし、予め決めておいた例のポーズを取り静かに技名を唱える。
「闇遁 隠れ蓑」
トール君と奥さんはジッとコチラを見ている。アレ?失敗したか?多分だけど発動した感じはあったんだが…と思っていたらトール君が奥さんに異世界の言葉で何やら話し出し奥さんに抱き付いてイチャ付きだした。いやいやいやおいおいおいなんでやねん。しばらく見ていたが遠慮の無いイチャ付きっぷりだ。
「いやいやノロケは勘弁してくれよ(笑)」
「うわっ!」ガタッ!
本当に驚いたリアクションを見せた2人は最初本気で混乱していた。どうやら魔法が発動すると同時に俺が家に来ていた事を忘れたらしい。で、魔法が切れたら急に思い出せたようだ。
「ロキさん、これってただの隠密の類いじゃ無いですよ。認識阻害だけならそこに居たことは忘れないですからね」
なるほど、だからあの時小鳥も寄って来てたのか。
それからトール君は奥さんと楽しそうにあれこれ考察をしている。
「まだハッキリした事は言えませんが普通の隠蔽とか隠密系とは根本的に違う全くの別モノですね、だって敵に発見された後でも先手を取れてしまうって事ですから相当ヤバいですよ?」
本当だ…とんでもチートじゃん。それから何度か挑戦してみたがやはり1回しか使えなかった。
翌日からはこの【隠れ蓑】に関して数日間検証をしてみた結果次の事が分かった。
①戦ってる最中でも俺の存在を忘れるが、直前まで何かと戦っていたのは覚えている。
②継続時間は5秒
③1日に1回が限度
時間制限、回数制限1日1回のチートか、まぁゲームだったらバランスとしてはいいのかなと思ったが有る事をふと思い出した。あの時デスク下に隠れたけど5秒で見つかった事と、その後すぐに見つかってしまい「お前ふざけてるのか?2度目は無いぞ?」と上司に釘を刺された事を。
その後書類の山の中で膝を着くほど気持ちが重かった事を思い出した。これに関しては本当に魔力切れなのか脱力感なのかはまだ分からないが、恐らくその時の経験がこの魔法に反映されているのは間違いないようだ。
「でも日に1回とは言えとんでもない性能の魔法ですよ、対戦闘に置いては時間停止とほぼ同じ様な性能ですからね、もう必殺ですよ」
「だね、1番最初に必殺技が出来てしまったよ」
「て言うかロキさん手際が凄い良いですね!」
今日はトール君と一緒に解体のバイトに来ている。もちろんトール君はこんなバイトをしなくても手に職があるので十分やって行けるのだが、俺の武器作成の為にわざわざ来てくれているのだ。オーダーメイド武器を作る際にはその人の戦闘なんかも実際に見てから武器作成をするらしく、事前に色々ヒアリングされた結果、俺の思考は派手に戦うより潜伏、斥候、暗殺向きらしい。なので武器を持つとしたらやはりそれ系の物がオススメとの事。
「なんか欲しい武器のイメージって有ります?」
「やっぱり【刀】かな!」
「ですよね(笑)でも素材が足りないのと現時点では使い慣れて無いから持て余してしまうかもしれませんね」
なるほど、一理も二理もありまさに道理だ。この世界では武器は命を預ける相棒、憧れだけで選んで言い訳がない。
「だったらこの【鎌】かな〜」
実は解体バイトの時に自前のナイフと鎌を使っている。あの銅製のナイフじゃホントに仕事が捗らない。確かにコレを使って目立ってしまうと武器を狙われる危険もあるが最悪襲われても隠れ蓑で逃げれるしと言う事でもう自前ナイフを使う事にした。で、使っているうちにナイフより鎌の方が使いやすい事に気付き、お陰様で今ではなかなかの鎌捌きだ。
「なるほど、その形状が良さそうですね。希望とか有ります?」
「えとね、両刃でこう言う感じに反ってて…」
こんな感じで数日ディスカッションを重ねていよいよ武器作りに入る。ここからは俺の出来る事が無いのでいつも通りに仕事をこなして新しい魔法の練習に励む事にした。もっとこう使いたい魔法の創造がパッと出来れば楽なんだが、自身の経験から具体化するって法則なので先ずは過去を思い出す所からやらなければならない。俺は何か考え事をする時は運転しながらとか動きながらの方が頭が回るので自然と歩き出していた。
「働いている時はブラックエピソードなんていくらでもあったのに、いざ思い出すとなかなか難しいな〜」
旧友との飲み会でのネタエピソードには事欠かなかったが、あくまでネタレベルなのでインパクトに欠けるのか魔法に応用出来る気がしない。この雲を掴むような感じのモヤモヤは久々に経験する。よくクソ上司が適当な思い付きで新しい商材に手を出してはコッチに丸投げをして来てたのを思い出した。年に2〜3回は手持ちの仕事(勿論キャパオーバー)+新商材の立ち上げ(企画案から全て)をやらされたのは今でも鮮明に覚えている。何の指示もなく「売り上げを作れ!」と言うバカでも言える…いや、バカにしか言えない指示を出すだけで具体的な方向性どころか予算、期間、人員の指示すらなく、暗闇をひたすら手探りで進むあの感じは懐かしい。文字通り闇雲に突っ込んで行くあの感じ…
「え? な、なんだ!!!」
急に足元が暗くなったので驚いてしまった。と言うか暗くなるとか言うレベルじゃない、真っ黒だ。そしてその真っ黒の原因は俺の身体から垂れ流れていた。それは地面の草木を飲み込みながらどんどん広がって行くき、それに伴い身体から何かがどんどん抜けていく感じがした。
「何かヤバい!!止まれ!止まれ!」
勿論止め方なんて分からないがとにかく必死に集中して止まれと念じると俺を中心に直径3m程で黒いどんよりが止まった。
「何だコレ!? 怖っ」
昔よく台所でドライアイスを水に付けてモコモコにして遊んだ記憶があるが、まさにあんな感じで膝下の高さで真っ黒なモコモコが波打ながら溜まっている。多分さっきの暗闇でもがく回想シーンで発現した魔法だと思うので自身に害は無いとは思うんだが…とにかく不気味で怖い。触るのがちょっと怖かったので息を吹きかけると黒い煙が巻き上がり動きは気体そのものだ。軽く手ですくってみると感触などは全く無い、しかし触れた部分が墨を触ったみたいに真っ黒になってしまった。
「うわっ!」
思わず服で吹いてしまったが全く取れない。どうしたらいいのか分からずしばらく立ちすくんでいたら膝下程度に溜まっていた黒い雲がどんどん広がるに連れて薄く伸ばされていく。直径10m程広がった所ででようやく地面が見えたと思ったら全てが俺の右手みたいに真っ黒だった。普通の黒じゃ無く真っ黒、この世で1番黒いペンタブラックの様な黒だ。それは光すら99.99%吸収してしまうので凹凸が全く分からなくなる。影しかないので立体的にならないのだそうだ。ここにある地面も草も岩もただの真っ黒な絨毯に見えるが、少しだけ歩いてみると見えないだけで地面の凹凸は確かに感じる。そうこうしていると暗黒は水に流される様に溶けて行き俺の右手も元に戻っていた。
「あ〜ビックリした!なんだろう煙幕的な感じか?」
突然発現した魔法に最初は度肝を抜かれたが、その後色々と試してみた。少し黒い煙を出しては止めてを繰り返していくつかわかった事があり、煙は吸っても触っても無害で一定時間で元に戻る。顔をどっぷり付けてみたが視界も真っ暗で失明みたいになった。黒い煙を火であぶると火も黒くなる。付着した黒い色は他にうつらない。多分遮蔽物の有る空間だと黒い煙が溜まりやすいのは分かるが野外や室内関係無く活用方法がイマイチ思い付かない。相手の顔に付着出来たら視界を奪えるんだろうけど、室内で無い限り煙は膝下程度の高さで溜まるし、水と違ってフワフワの煙を相手の顔にかけるのは難しい。かと言って仮に室内を煙でいっぱいにすると俺自身も視界を失う事になる。
「ま、いっか」
考えても分からないから無理に役立てようとせず、活用方法なんてその内見つかればいっか!くらいの気持ちでいる事に決めた。そんな事より今は魔法の種類が増えた事を喜ぼう。
この報告の為に今日はトール君の所に寄って行こうと思う。帰り道に技名を考えていたがこれはもう読んで字の如く【闇雲】と命名した。
「えっ!? もう別の魔法を発現したんですか!」
「いや何かね、たまたま出ちゃってさ(笑)」
「パチンコで勝ったみたいな言い方ですね(笑)普通そんなポンポン出ないですよ、ましてや既存の魔法じゃなくて完全に手探りなのに…天性の才能、まさに天才じゃ無いですか!」
超名門大学に行ってた本物の天才に言われると何か複雑な気持ちである。ま、それはいいとして新しいこの【闇雲】の特徴を説明し終えたが、天才のトール君を持ってしてもやはり煙幕程度しか活用方法が思い付かないらしい。なのでカレナリエルさんも呼んで実際に魔法を一緒に見てもらう事にした。
「ふぅ、ではいきます! 闇遁の術 闇雲」
以前は「闇遁 ◯◯」だったがこっちの方がしっくりくるので言い方を変えた。ちなみに左手二本指は変わらない。
発動のコツは掴んでいるので割と余裕を持って発動出来た。体から黒い煙が下へ流れ落ちるが思ってた通り室内だと煙はどんどん溜まってくる。無害とは聞いていてもやはり初見だとどうしても怖い様でカレナリエルさんが煙を避けようと動くと煙は余計に動いて絡みつき広がる。例えば溜まっている煙の上に手をかざしてからスッと引き上げると煙は手のひらに吸い寄せられる様についてくる、まさにあの感じで動けば動く程に煙は舞い上がる。まるでゴキブリを見つけた時の俺みたいにカレナリエルさんが軽くパニックになっていたので急いで術を解く。
「なるほど…聞いていたより迫力がありましたね。あんな黒色、いや本物の暗黒は見た事がなかったので…」
それからしばらく3人で話していた。
「先ず、煙幕と言う固定概念に囚われず考えると【不安、恐怖】と言う要素が闇雲の1番の強みじゃ無いでしょうか?」
「どう言う事?」
「さっきのカレナみたい事前に無害と聞いてたのにも関わらずパニックになるほどの恐怖、これがもし初見なら相当怖いですよ」
いや確かに。俺自身ですら初見はマジで怖かった、あの暗さは本当に恐怖心を煽るんだよ。
「なるほどね、しかし使いこなすにはセンスが要求されそうな魔法だなコレは…」
因みに闇雲を魔力切れを起こすまで出し続けてみてその最大量を計算してもらった所、学校の教室程のの広さを満タンに出来るくらいと言う事が分かった。使用できる量が把握出来ている事は大事な事だからね。
「ところで魔力量って増やせるの?」
「ええ、魔石で増やせますよ」
「魔石?やっぱモンスターから取ったりするの?」
「はい、生物の心臓部分にあります」
因みに解体バイトのモンスターは既に魔石を取り出した後のモノばかりだそうだ。まだモンスターと面と向かって戦うのは自信が無いので、もう少し攻撃寄りの魔法を取得したり武器が出来上がってからにしよう。とりあえず俺の異世界ライフは今なところ順調だ。