異世界ライフ
結論から言うと属性は【闇】だった。
古文書によると闇属性の獲得は聖属性と同じで後天的なものらしい。まず魔界の悪魔と契約して長年悪魔に従事しその対価に授かると言う手順なんだが、いや待て待て、俺は悪魔と契約した覚えも無いしましてや悪魔の為に働いた事なんて……まぁ悪魔みたいな上司の為に働いた事は有るけど…
ブラック企業の社長と雇用契約して長年にわたり従事…て事か?
であれば俺の魔界でのポジションは恐らく四天王クラスなのは間違いない。
「ブラック企業でって…プッククッすみません、そんな事有ります!?」
トール君に爆笑されたがこれには俺も爆笑せざるを得ない、本来属性と言うものはその人の人生観や生き様が根深く関わっていてそれが反映されるらしいがまさか属性までブラックとは。
「でも冒険者をするならこの属性はかなり有用っぽいですよ」
説明では基本的に火、水、土、風の元素魔法があって、回復なんかの神聖魔法、合剤や調剤の錬金魔法、アイテムボックスでお馴染みの時空間魔法が確認されているらしい。俺の闇属性は古文書にしか載ってないレアな属性でその名も暗黒魔法。神聖魔法、俗に言う光魔法とは対になる性質らしく、回復とは真逆の【破壊因子】らしい。現在ではこれを知る人も殆どいないようでここ数百年は確認されていない。
「まさかここに来てあの会社が役に立つとは…何とも言えない気分だわ」
「思わぬ退職ボーナスですね(笑)有り難く有効活用させてもらいましょうよ」
しかしこれはホントに凄いのでは!?だって誰も見た事のない対処の仕方が分からない属性なんて言わば初見殺しやチートと同義だ。が、しかし強力な反面代償も伴う。光魔法が全般的に効きにくいようで、つまり回復魔法の効果は弱くなると言う事になる。
「となると前衛では無くて攻撃のサポートか後衛が良いと思いますよ、幸いコンパウンドボウの様な良い武器が有るので」
トール君はこうやって相手の属性や特技、武器や資質などを把握しそれに伴う専用武器を考えたりする言わばコンサルタント件ハンドメイド職人らしいがその口ぶりから質の高さが伺える、成程こりゃあ成功するわ。
しかし俺の闇属性がどんな風に発動してどう作用するのかは記載が無かったのでここは手探りになるだろう。後、コンパウンドボウをカスタムするのは今の所辞めた方が良いと言われた。カーボンと同様かそれを上回る素材が今の所ドラゴンしか思い浮かばないらしくタングステンのサバイバルナイフ、手斧、鎌なども同様の理由で現状維持となった。
「取り敢えず早急に魔法の習得を優先します?基本的には地球産のフィジカルが有れば大概の事は問題無いと思いますし」
「そだね、取り敢えず当面は魔法使いこなせるように頑張りたい」
トール君の提案でトレーニングを兼ねてしばらくは素材集めを生業にしながら現場で感覚を磨いて行こうと言う事になった。トール君からあの行商人のドムに話を通してくれたので、素材は直接ドムの所に持って行って解体すれば現金で買い取ってくれるらしい。後お勧めの宿屋を紹介してくれたり今後の長期滞在の手続きなどなどお世話になりっぱなしだ。お礼に牛丼屋でただで貰える七味の袋、柚子胡椒の袋、紅生姜の袋と味噌汁数パックなどをあげたら喜びの余り絶句していた(笑)あの顔は2度と忘れないだろう。
コレで仕事、収入、住居が揃ったのでいよいよ明日から本格的に異世界暮らしが始まる。魔法をすぐにでも使ってみたかったが、慣れるまでは人前や街中では絶対使わない方が良いと釘を刺されたので今は我慢…それよりワクワクが込み上げてしまって今日寝れるのかが心配だ。その日は何度も何度も寝返りを打っては魔法の事ばかり考えていた。
日の出と同時に目が覚めてしまい装備を整え足早に森へ向かう。昨日街に入る時にドムから貰ったプレートを見せると璧外へと出られるが、まだこの周辺に慣れてないので川沿いに進む事にした。実はしばらくトール君も一緒に来ると言ってくれていたのだが流石に世話になりすぎているので気持ちだけ有り難く頂いておく事にした。
さて、昨日のうちに魔法についてはかなり教えて貰ったが、一言で言うとニュアンスとイメージの世界だ。攻撃によく使われる火属性であっても発動の仕方や用途は人によって十人十色、その人の生い立ちや性格、人生観や経験が反映するらしい。例えばこの世界で小さい頃から火の攻撃魔法はファイヤーランスと聞いて育ち、何度か見たこともあり他人と同じ共通の認識の場合は【同じ呪文】という形で発動する事も出来るそうだ。
なので俺が闇属性に対してどんな認識をしているかで発動条件や形態、用途も変わるらしく最初は【闇魔法の自己認識】から始める。俺が闇をどう捉えてどんなイメージを持っているか。闇と聞いてパッと思いついたのが暗殺者や忍者だ。それは魔法と言うより忍法だろって言われそうだがアレも一種のファンタジー、そうジャパニーズファンタジー。歳のせいかぶっちゃけそれ以外があまり思い付かない…と言うより日本で育った青少年は古今東西ジャンプ作品を避けて通れない運命にあり、闇とか影とかは忍者にたどり着いてしまうんじゃ無いの?
とにかく俺の闇魔法の自己認識は【闇忍法】で固まってしまった。
火の魔術が火遁の術、水なら水遁の術。闇?どれにも当てはまらないのでオリジナルの闇遁の術と命名したが正直言ってこう言う事を真剣に考えるのは中学2年生以来で少し気恥ずかしさが残る。とにかく頭で何度も半数してしっかり認識出来たら後は発動だがここからはもう完全に個人の世界観らしい。自転車に乗る方法を具体的に説明出来ないのと同じで、とにかくやって体で覚えるしか無いそうだが…
それからと言うものフンっ!とかハァ!とか中2の頃に風呂場でやってた事を大マジメにやっていた。
ハァ! タァ!
「はぁ〜全くダメだ。何の手応えも感じない」
込み上げる恥ずかしさと闘いながら、時折人に見られてないか辺りをキョロキョロ確認、また魔法の特訓に励む。お日様がてっぺんに登り切るまでやってみたが成果は無し、一旦休憩がてら昼食を取る事にした。
「ん〜・・・」
食べながらも考えてしまう。食べる手が止まるとおこぼれを狙ってすかさず足元に小鳥が近づくが警戒して取りきれないでいる。その様子をぼんやりと眺めながらトール君の言葉を思い出していた。彼が言うには心から魔法を使いたかったシチュエーションに重ねると発動し易いと言っていた。
魔法を使いたくなるシチュエーションか…あ〜例えばアレか、大声で部屋に入って来る上司が両手一杯に抱えている案件の山…ヤバい!アレ絶対に押し付けられるヤツだ!隣の同僚はデスクに突っ伏し別の案件で手一杯ですよアピールを始めた! それを見た俺は…とっさに机の下に潜り息を殺し気配を殺した。見つかりたく無い
その時自分が「スッ…」となったのがわかった。
何を言ってるのかわからないと思うが他に例えようがない初めての感覚だ。見るとさっきまで目の前で俺を警戒していた小鳥がこぼれ落ちているパサパサの携帯食をついばみ出した。エサに夢中で余りにも無防備だったのでそーっと手を伸ばして軽く触れても逃げない。そのままスッと立ち上がっても小鳥は気付かなかったが急に凄い疲労感に襲われて思わず膝をついてしまいその拍子に小鳥は逃げて行った。
「おっと…あーコレが聞いてた魔力切れか」
魔力消費の疲労感は肉体疲労と似てるらしい、しばらくすると復活するが段々と使えなくなって来るとの事で別に死んだり気絶したりは無いらしい。試してみたがやはり連続して発動できなかったので休憩がてら技名を考えていた。そう言えば子供の頃から【隠れ身の術】なのか【隠れ蓑術】なのか気になっていた事を思い出したが、^_^ネット検索が出来ない今になって後悔する。
色々な組み合わせで何通りか考えた結果術名を【闇遁 隠れ蓑】に決定した。
派手さや華やかさは無いがかなり有用な魔法だと思う。と言うか小鳥からすれば目の前で警戒していた巨大な人間が突然消えた事に驚かず、そんな事を忘れたかのようにすぐにエサを食べ出す程の隠密性ってヤバくないか?
アレ?ヤバいと言えば
「あ…今日なんも仕事してねーわ」
取り敢えず宿に帰ると夕飯は食べれる、実は1ヶ月分を先払いしていてそのお金のはこっちでは余り使いそうに無い物をトール君に譲ってあげた。彼が欲しがったものは仕事に使えそうな電子機器の測りとか定規、筆記用具、計算機、後は薬とか地球の素材諸々を買い上げてくれたお陰で数ヶ月は宿暮らしが出来る金額になった。
ま、彼の人柄を考えると多分多めにくれてるんだろうなとは思うがこの世界では絶対に手に入らない貴重品には違いない。
そう言えばトール君の奥さんカレナリエルさんが闇魔法の進捗が有れば教えて欲しいと言ってたのでトール君の所に寄ってから帰ろう。
魔法で言うと言うとインビジブル?ステルス?
忍法で言うと隠れ身の術か。技名どうしようかな〜
「えっ!? もう発動できたんですか?!」
何か凄い驚かれてしまった、あれ、俺なんかやっちゃいました系を気取る訳では無いが結構凄い事のようだ。本来なら魔法を使う為のイメージトレーニングを早くても数ヶ月、遅い人は数年かかるそうでよほど普段から魔法を使うイメトレが出来てないとこうはいかないらしいと聞いて、何だか普段からそんな事ばっかり考えてんだろうな〜とか思われてそうで恥ずかしい。
「すみません、今ここでやってもらってもいいですか!」
そんな邪推しているそぶりもなく興奮気味にお願いされてしまった。
トール君には事前に「本人だけのポーズや呪文なんかもかなり大事ですよ」と言われていたので帰り道にピンと来るのを考えてはいたがまさかそれをここでお披露目するとは思わなかった。
正直かなりハズかしい。しかしトール君と奥さんは期待を込めた眼差しでコチラを見ている。
クッ…仕方ない。
「ふぅ〜…」
俺は恥ずかしさを振り払うように息を吐き落ち着く。こう言うのは半端にやると余計にハズかしい!思い切ってやり切るんだ!
俺は顔の前で左手を出し、人差し指と中指二本の指を立てながら呪文を唱えた。
「闇遁 隠れ蓑」
シーン・・・
ジーッとコチラをみているお二人の視線が死ぬほど痛い…恥ずかしすぎるんだが?もう誰か俺を殺してくれ。しかしトール君はバカにするでも無くいたって普通に考察し始めた。
「魔力切れ?もしくは回数制限ですかね?対象制限の線も有るけど使用を躊躇するような効果では無いし…」
奥さんとも話しながら本気で考えてくれるているリアクションのお陰でさっきまでの俺が救われた気がした。そうだ、何をテレているんだ俺は?この世界には魔法があって実際に今日俺は魔法を使ったんだから堂々としてりゃあいいんだよ!今は中2の頃の俺が正しくて地球の常識や価値観や固定観念を持つ方が間違いで有り恥ずかしい事だと認識を改めなければならない。
取り敢えずその日は帰ってすぐに寝た。
翌日から薬草採取とギルドでモンスターの解体のバイトを始めた。薬草採取は新人冒険者の定番だが解体は結構キツい仕事で給料もそんなに高く無いのであまり人気が無いらしい。ただトール君曰く
「僕ら地球人からすると未知のモンスターの生態を知る事が出来る唯一の機会ですよ!実は格闘家より人体の弱点を把握しているのは医者なんです!」
とアドバイスを貰ったのでやってみることにした。
8割は動物だが地球産とは明らかに違うのがわかる。うさぎに角が生えてたり牛くらいの大きさの猪だったりと、こっちの2割はゴブリンや人型の豚だったり…ま、とにかくギルドの裏手の倉庫に行き切れ味の悪そうな銅製のナイフとナタを手渡され作業開始。一応壁に精肉の手順が書かれているのはいちいち教えなくてもこれを見てやれと言うことだろう。作業開始するもマジで切れ味が悪すぎて作業にならないので担当者に砥石のジェスチャーをすると壁の方を指差す、そこには硬そうな滑し皮が壁から吊るされていた。あ〜なんか見た事有るなと思いながら慣れない手つきでナイフを研ぐ。
そう言えばトール君にこの世界では金属の採取量が極めて少なく銅ですら貴重らしい。恐らく鉄の含有量が少ない岩石惑星なので密度が低く重力も弱いのでは無いだろうかと言っていたのを思い出した。なので鉄は相当貴重らしく、生物の血液や肝臓から鉄分を集めるらしい。体重100kgの生物から約1g程度しか取れないらしいので、この解体作業も肉とか皮とかの素材よりは血液と肝臓がメインらしい。勿論価値のある素材もあるがそれはベテラン職人がやってくれると言うか新人には触らせないみたいだ。
なので吊るして動脈を切り採血、残りの血を絞り出して肝臓摘出が主な仕事だ。しかし刃物の定義を満たしていない切れ味のナイフを役立たせる為にはとにかく力任せにやるしか無かった。幸い肉をズタズタにしても血液と肝臓がメインなので特に文句を言われる事もなく、むしろ担当は俺のパワーに驚いていたくらいだ。
解体バイトも終わり仕事帰りにトール君んちに向かう。昨日不発に終わった魔法を今日こそお披露目してほしいとの事なのだが、自分で決めた技名とポーズをもう一度やらなければならないので今から覚悟と勇気を準備している。
「ふぅ!さてと…」
今日1番の大仕事の様な決意でドアをノックした。