壁
———術後———
「・・・天井か・・・やめとこ」
「お、気が付いたか!トール親方ぁ!ロキが起きました!」
ディーゼルのバカでかい声に少し安堵を覚える。てかトール君には敬語なんだ。
「おはようございます、痛みとかどうですか?」
言われて初めて気付いたけどそう言えば全然痛く無い、てか右手がちゃんと有るしちゃんと動く。
「え!? コレ義手? ウソ?!」
5本の指、手首、肘、どれを取っても違和感が無く綺麗に動くし変な機械音も無い、と言うか感覚まであるから義手では無いのか?いやよく見ると明らかに人の手では無いのが見て取れるから義手だ。
「義手と生身の間って感じですかね?魔法が無くて倫理に煩い地球では絶対出来ない技術ですから僕も興奮を禁じ得ません(笑)」
物を触る、掴む、投げるを以前と同じ、いやそれ以上の精度で操れるのが分かる。ただ、感触に関しては以前より鈍く『薄いゴム手袋』を付けて物を触る感じに似ている。指でコップを弾くと『カンカン』と乾いた音がするから間違いなく義手だと分かる。ただ側から見れば肘まであるピッチピチの長い革手袋をしているように見えるだろうな。
「よかった、取り敢えずは無事成功してホッとしましたよ」
「ご心配をおかけしました、トール君、カレナリエルさん、ディーゼルも本当にありがとう!」
正直腕がダメになってかなり陰鬱な精神状態だったが今はトール君の手術のお陰で何とか落ち着きを取り戻した。
「さて、じゃあアームズの機能を説明しますね」
「え、あ、アームズ?」
「ええ、腕と武器の融合義手ですからアームズと名付けましたがネーミング和風が良かったですか?隠し腕とか機械仕掛け腕とか」
「ヤダかっこいい♡…それでお願いします」
おいおい、機能とか聞いてないよ〜!思わぬサプライズにテンションが上がる。
「まず事後了承ですみませんが『鎌鼬』と『鴉丸』と『コンパウンドボウ』は錬金の融合手術材料として使わせて貰いましたのでもう有りません」
「いやいや、利き腕には変えられないから全然!むしろ遠慮なく使ってくれたお陰で腕が戻るなんて儲けもんだよ!」
そりゃあ多少惜しい気持ちもあるが自身の利き腕とは天板にすらかからない。それは一度腕を失った俺が1番良く理解している。
「後、右腕だけ重くなるのは後々姿勢や骨が曲がったり後遺症の恐れがあったので左腕も改造して両腕を同じ重さにしました」
「え!?こっちも!?」
ほんとだ、カッコよくなってる。
「指からは鋭い針爪、掌の横からは鴉丸の刃が出ます」
意識すると出したり引っ込めたり自在にできる。金属で出来た鋭い猫爪って感じだ。掌の横から出てくる刃は鴉丸そのものだった。
「右腕は前腕の骨の中に刃が収納されていて手の甲から刃が出てきます」
シャキン
刀を2本背中合わせにした様な30cm近い両刃の剣が手の甲、拳から出てきた。
「左手はスリングショットです、同じく拳から発射されますが、発射に魔力と血液を消費するので撃ちすぎに注意してください。コレが弾です」
そう言って小指の先くらいの弾を数発渡してくれた。手の甲の手首辺りからリロードするんだけど自分の体に異物を入れ込む感覚は凄い変な気分だ。取り敢えずどんな感じか構えてみる。
「あ!ちょちょちょっ!外でやりましょう!」
いやそりゃそーか、部屋でスリングショットはダメだよね。
外で木に向かっての試し撃ちをしたがその威力に驚愕した。
『ボッ!!』
と言う音と共に発射されたクナイはハンドガンと同じくらいの速度らしく木に深々と刺さっていた。殺傷力がヤバそう…
「ロキさん、今はディーゼルさんと言う優秀な前衛の仲間がいるんですから自分の得意な索敵や警戒、作戦を考えたり後衛の火力として頑張って下さい」
この錬金手術には余り無茶をするなと言うトール君の想いもこもっているのだろう。確かにディーゼル加入後、彼のスパルタ兵装備獲得後は俺のポジションがイマイチ半端だった。あんまり前に出ると超火力のディーゼルの邪魔になるから後衛でコンパウンドボウに専念しようかと思ってたのは間違いない。
「了解、ありがとうトール君!本当に感謝してます。後あんまり血が減った感じがしないけどどれくらい血液を消費するの?」
「威力が3段階有ってさっきのは【Lv1】1発の血液消費は1mlで300m/s(秒速300m)、【Lv2】は血液消費10mlで700m/s 【Lv3】は血液消費100mlで1500m/s コレは対物ライフル以上ですかね多分?」
凄…て事は1日の血液消費500mlを超えない様に気をつけないと多分フラフラになってしまう。
「ちなみに面頬の機能の殆どを腕に移植して脳に接続したので、翻訳は自動でされて視界の表示も意識すれば出せますよ。後、血液消費のリミット設定してるので脳内アプリから任意で変更可能です。今の面頬の機能は呼吸器系の保護、顔面の保護、声色変化くらいです」
コレはぶっちゃけ助かる。飯を食う時面頬をいちいち外してたんだけど、その時話しかけられるとまた装着しないと言葉が分からないみたいなもどかしさがあったからコレは凄いバージョンアップだ。
両手の鴉丸
右手の鎌鼬(両刃の刀)
左手のクナイ(コンパウンドボウ)
面頬の機能内蔵
ディーゼルのバージョンアップが羨ましかったが、コレでやっとディーゼルの邪魔にならずに戦闘に貢献出来そうだ。何だかやっとチートの芳しい香りがしてきて浮かれているが、先程までの陰鬱としたあの気持ちは2度と忘れないだろう。
取り敢えず今回のダンジョンアタックで得たアイテムや儲けは全てトール君に渡したが材料やら何やら正直足りてないので実質借金状態だ。これはすぐにでもリベンジして早急に儲けなければならない。しかし今は安静にして1日術後の経過を見てから動いて良いと言われたので今日は取り敢えず今の自分に出来ることをまとめながらディーゼルとのフォーメーションなどを考えていた。両腕内蔵のPad機能が脳に直結してて色々演算したりフォーメーションを組んでシミュレーションしたり出来るので案外1日では足りなかった。
———3日後———
「トール君、すぐに稼いで返すからね!」
「いえ、別にマイナスってワケじゃ無いのでホント大丈夫ですよ、てか僕的には生物工学の人体実験をさせてもらったので得してるくらいです(笑)」
そう、トール君曰くあの手術によりかなりのデータが集まったらしい。フクロウやオロチである程度成功はしていたが、大きい生物の手術などは途端に難易度が上がり、ましてや人間はかなり複雑な作りらしく、お陰で今後馬を買ったらフクロウ達の様に下僕化が出来るかもと言われた。そうなると盗難とかの心配がほぼ無くなるから本当に助かるし、思い通りに動かせるからそもそも躾とか要らなくなるのは大きい。
「トール君ありがとう!では行ってきます!」
足取りは軽く懲りずにダンジョンへ挑む。
丸一日で再び遺跡ダンジョンに到着。反省の意味も込めもう一度31階から挑み40階のケンタウロスにリベンジをするつもりだ。それをディーゼルも了承してくれている。いつものルーティンの串肉を食べてからいざダンジョンへ!
———ケンタウロス———
難なくボス部屋に到着。ディーゼルが余裕で倒した相手とは言え俺には乗り越えなければならないトラウマだ。しかしここに来るまで何度も何度もシミュレーションを重ね脳内では何度も倒してる。そして恐らくその通りになるだろう。ヤツは前足の蹄を カッカッと鳴らし、一度両前足を高く掲げて勢いよく突進してきた。前回と違うパターンに少し驚いたが勿論想定内だ。
「ディーゼル!」
俺の合図でディーゼルが盾で初撃を受けると同時に俺が仕掛ける。
「暗遁の術 影縛り」
闇に紛れる糸がケンタウロスの両後ろ足を絡めとると半身半獣の巨大がズダァン!と音を立てて勢い良く倒れ込んだ。すかさず駆け寄り右手から出した鎌鼬で首を跳ね終了、ほんの一瞬でカタが付いた。
「お見事、やったなロキ」
「あぁ、付き合わせて悪かったな。これでやっと前へ進める」
41階以降は出てくる敵も手強くなって来るのがわかる、勿論それに伴いお宝の内容も良くなるが以前みたいにトントン拍子で探索をするのは難しい。
———44階———
一旦飯を挟み一息つく事にした。
「ここからは技量も道具も要求されるな」
「だな、俺との相性が悪い敵が明らかに多くなったな」
さっきからディーゼルも俺も細かい怪我が増えて来てるのは数と速さに押されているからだ。少しづつ削られていくのが分かる、ジリ貧とはこの事だ。
俺は役割として後衛、ロール的にはシューターになる。索敵や斥候も兼用なのでシーフ兼シューターだ。ディーゼルはタンク兼グラディエーター。普通はあまり兼任などはしない。
「2人だけでここまで来れたのはよくやった方だと思うよ、けどこの先を行くならそろそろ仲間が必要なのかもな」
「だな、まぁこの先に進むにしろこのままにしろ俺ぁアンタに着いて行くだけだからな」
取り敢えず敵の出ない休憩ポイントまで歩を進めてダンジョン泊、ここでの寝泊まりはもう慣れたもんだ。軽く支度を済ませ飯を食いながらさっきの話をしていた。
「手数の多い攻撃手段か、なんだろな〜?」
「魔法使いも有りだな、奴隷の魔法使いはなかなか居ねぇだろうけど」
「だよな〜、スポットやヘルプなら居酒屋で声かければ集まるだろうけど、レギュラーが欲しいからな〜」
そう考えるとディーゼルとの出会いは奇跡だ。ベロベロに酔っていたから買い取ったものの、シラフなら絶対買っていない自信がある。そう考えると何が正解で何が不正解か分からなくなるな。これまでの人生は不正解を選ばない様に『無難』な選択をして来た。もしあの時酔っていなければ『無難』にディーゼル見捨てていただろう、そして結局ソロに行き詰まり別の仲間と組んでいただろうけど、その仲間の実力はディーゼル以上とは思えない。無難を選ぶと不正解は無いが大正解も得られないと知った。今後の人生はこれまでしてこなかった無難意外を選び大正解か大失敗を経験しようと思う。
———46階———
やはり探索は思うように進まず、敵の数の多さと速さに翻弄され体力をガンガン削られていく。
「ハァハァ…ダメだ、ちょと休憩しようぜディーゼル」
「ハァハァだな…」
多数を相手にして分かった事がある。腕に固定された武器は戦闘に向いていないという事だ。
『手ぶらを装い暗殺、不意を突ける、両手が空く』
これらは大変なメリットではあるが、いざ戦闘となるとかなり不利になってしまう。その時は左手のクナイを飛ばせば勝てるだろうが多数を相手取ると血液消費と弾数の問題で連発が出来ない。
そしてディーゼルも一撃一撃の火力は申し分無いがその分俺より連発が出来ない。
今日は一体何度目の休憩か、腹は減っていないので水だけ飲んで2人ともその場にへたり込む。
「ダメだ!完全に行き詰まりだ!」
まるで自分自身に言い聞かせるように負け宣言を口走った。
「ディーゼル、退却だ。一旦街に戻って対策を考えよう」
グレゴール遺跡ダンジョン46階。それが今の俺達の限界だった。
———トール工房———
「成る程、通常のパーティーならその辺は範囲攻撃持ちの魔法職が居れば超ボーナスエリアですがそうなりましたか」
「そう、んで相談なんだけどカレナリエルさんのお知り合いとかで魔法職の人居ない?」
「生憎とエルフは殆ど森から出ないのと、エルフやハーフエルフの奴隷は超高額なので貴族と商人が独占してますね」
「じゃあ地道に募集しかないか〜」
「いえ、魔法職はこの世界に置いて超高学歴、地球で言うならマサチューセッツ工科大学やオックスフォード大学レベルなので引く手数多です、まず見つかりません」
マジかぁ…まぁ1人心当たりは有るんだが…マリーだ。でも正直あんまり仲間にはしたく無いのが本音だ。背に腹は変えられないが一度は命を狙われたワケだし、何より『仲間』って感じがしない。アレは俺たち専用のオナホとして置いておきたい。
「じゃあさ、俺の左手の弾丸クナイをショットガンみたいに出来るかな?」
「あ〜・・・成る程、良い発想ですね!」
「マジで!じぁさじゃあさ、ディーゼルの武器なんだけど…」
アイデアは尽きない。