ピンチ到来
灰色の蛆虫に脅された事も忘れて朝のトレーニングに励む。
「アンタと居るとホント飯に困らねぇな!」
トレーニング後の朝飯にと大きめのボアを仕留め下処理をしながらディーゼルがそんな事を言ってきた。フクロウを使って索敵すれば造作も無い事だが、通常こんな易々と狩れないのが普通だ。ある程度の稼ぎが有る冒険者でも高級食材である肉を毎日とは食べれない。俺たちは毎日必ず肉を食べているから忘れていたがこれは結構な贅沢だ。しっかり腹を満たして残りは燻製にして保存。勿論ダンジョンの為だ。昨日あんな事があったがそれはさて置きダンジョンへ向かう。
「しかしアレだな、道のりが面倒くさいから馬でも欲しい所だな」
ただ楽をしたいわけじゃ無く遺跡ダンジョンまで1日かかってしまうのと、荷物を多く持てるようになるなど色々メリットが多いと思う。
「家より先に馬を買う奴があるかよ(笑)」
ディーゼルにまともなツッコミを受けたが確かにそうだ。この場合の家は【拠点】の事だ。実績を重ねたパーティーが有名になり、クランを立ち上げようやく拠点を築き、余裕が出来てそこで初めて馬の購入を考えるのが順序だ。この世界で馬は割と贅沢品の部類で貴族か商人か有名冒険者しか持っていない。今の俺達が馬を欲しがるのは、言わばアルバイトしながらフェラーリに乗るのを夢見る様なもので、実際多くの冒険者は【馬】を持つのが一つのステータスであり男の憧れとも言える。実際、異世界でよく襲われる行商人の馬車も積荷より馬目当てみたいなところがあるくらいだ。
「いや待てよ?今の俺らに家とか拠点はいらねーか、だったらロキの言うように先に馬がいいかな?馬乗ってたらモテそうだしな(笑)」
(ま、お前はそんな事しなくてもモテるだろうけどな)
道中フクロウとオロチで索敵をし警戒を怠らないようにしているが今の所暗殺者や追手はいないようだ。多少面倒でもしっかりお相手しないと思い通りにならないからね、この世界で1つ分かった事が有る。【欲しければ奪えば良い】と言うのをマリーの一件で実感した事だ。あのシャルローズはかなり好みなので蹂躙したい所だが強盗みたいに奪うのはちょっと引っかかる。なので揉めてしまえば向こうから手を出してくるので返り討ちの上で奪うのは俺ルールではセーフだ。そしてこの揉め事は力でしか解決出来無いとなると、そう遠くない未来シャルローズを好きなように出来る事はほぼ確定している。その時の事を考えると楽しみで仕方ない。
「やっと着いたな…やっぱさ、本気で馬買わね?」
「お前モテたいからって(笑)」
「まぁな(笑)いやでもモテて楽できりゃ最高じゃねーか?」
う〜ん、一理もニ理も有類どころか、それこそまさに真理でもある。昔は時計だの車だの男のステータスに関わるものは手が届き難いから見ないようにしていたが、いざ稼げるとなると蓋をしていた欲望の水瓶が溢れ出し、そして欲しくなってくる。男の憧れフェラーリを。
「ちょっとマジで考えるか!ま、稼ぎ次第だな」
「よし来た!やってやろうぜ!」
どうやらウチの社員のヤル気も漲ってる様なので本気で検討するとしよう。確か馬一頭で最低でも金貨10枚、良い馬になると13〜15枚はするって聞いたな。なら2人で金貨30枚は見た方がいいって事か…
いいね、見栄やステータスの為に命を賭ける生き方ってのも悪く無い気がするし、本来生物としてはそれが正しいのかも知れない。とにかくダンジョンに入り稼ぐ名目は沢山有るがその中の項目が1つ増えただけでやる事は今までと同じだ。
———遺跡ダンジョン31階層ゲート部屋———
先に下僕達にマッピングをさせている間に飯を食い休憩。前回の続きからスタートしたがやはりダンジョンは良い!己の命と肉体を使って稼ぐ『生きてる!』って充実感がハンパない。それは隣の男も同じ様で俺より嬉々として大剣を振り回している。実はこの大剣にギミックが仕掛けて有り、柄を捻って下に引くと柄が伸びる様になっていて、槍と剣の中間くらいの【片手槍】に変形する。雑魚処理には最適で遠心力でブン回して薙ぎ払う様はまるで無双ゲームさながらだ。そして意外にもトール親方の案で追加された【盾】がかなり役立っている。30階層以降まるで課金武器のお試し購入画面の様に都合よく魔法や飛び道具を使うモンスターが増え、これではまるでダンジョンに接待されている様な気分だ。そして土属性は本来防御に優れた魔法なのでシールドとの相性はバツグンに良く、ディーゼルの新装備デビューは取り敢えず大成功となった。
身長約180センチ、体重およそ120キロ、脂肪を纏うが決してノロマでは無く怪力この上無い。その顔は醜い醜悪な豚で常にヨダレで汚れている。そんなオークがディーゼルめがけて全速力で突っ込んできた。オークの得意技の1つ【体当たり】だ。大関か横綱の全速力タックルを想像すると良い、まさにそのものだ。それに対して盾を構え真っ向から受ける所存のディーゼル。
力と力がぶつかる瞬間凄まじい轟音がダンジョンに響き渡る。衝撃音と共に吹っ飛ぶオークはまるで人身事故そのものだった。
欠けた月の様な形をした盾を構えダッシュ。オークとインパクトの瞬間ディーゼルは25Kgの盾を10倍重くして250Kgの鉄塊と化した盾を相手にぶちかました。結果オークは激しく吹っ飛び最早その時点で勝敗は決していた。ディーゼルはゆっくりと近づき見下す相手の喉元へ大剣を突き出した。
「ロキ…この武器と盾すげぇな。トール親方ってもしかして名工か?」
「まぁな、彼は特に頭が良いから経験しなくても計算で解っちまうからお前の能力を最大限に引き出すモノが造れちまう」
「俺さ、成り行きでアンタの奴隷になってそれはそれで『別にいっか』くらいだったんだが…なんて言うか今自分に合っている?いや出来る事?上手く言えねぇけど今は本当に感謝してるぜ」
ディーゼルが珍しく神妙な顔つきで真面目な事を言い出してちょっと気恥ずかしいが気持ちはわかる。この前までただの炭鉱夫だったのに今はオークを足元に見下ろしている。普通オークは3人がかりで立ち向かう様な相手だが、それをタイマンで真っ向から蹴散らしてしまうディーゼルは完全に猛者と言えるだろう。彼は今、自身の本当の才能を自覚したのだろう。
それからのディーゼルの動きは洗練されていった。朝のトレーニングで培った動きの意味を知り、型の意味を知り、考えながら一つ一つを確かめていた。
「なるほど…」
さっきから戦う度に次々と何かに気付き何を発見していた。ボス部屋に来る頃にはダンジョンに来た時とは別人の動きになっていて力任せの大ぶりから小さく早く、だがそれは土魔法によりとてつもなく重い一撃に変わる。
「ディーゼル、ボスを前にはやる気持ちは分かるけど取り敢えず先に腹を満たそうぜ」
今にもボス部屋に飛び込みそうなディーゼルを制して何とか飯を済ます。30〜40階層も上場の稼ぎだが今のディーゼルはお宝に目もくれず、自身の強さにしか興味が無いようだ。かなりハマったねこれは(笑)
早く早くと急かされながらボス部屋に入ると、出てきたのは半身半獣のケンタウロスだった。てっきり虫系が来ると構えていたのでこれは嬉しい誤算だ。しかし戦闘が始まると誤算はこちらだったとすぐに気付かされた。
ケンタウロスは長めのハルバートと盾を装備していて、最初パカラッパカラッとリズム良く走り出しコチラの様子を伺ってるのかと思っていたら、とんでもない角度からリーチを活かした初手の一撃を鎌鼬で受けてしまい、不覚にもカーボン製の鎌鼬と俺の右腕が折れてしまった。馬の下半身の機動力とハルバートの遠心力を足した攻撃は想像を絶する威力だった。
「ロキ!下がってろ!」
真っ赤なマントを翻し俺の前に立ちはだかってくれたディーゼルの背中は逞しかった。ケンタウロスは再び走り出しオークとは比べ物にならないスピードでコチラへ走ってくる。
三日月の盾からケンタウロスを睨むディーゼル、相手の攻撃をしっかり見極め防御耐性に入る。どうやらケンタウロスは盾ごと吹っ飛ばすつもりらしい、ハルバートをゴルフスィングの様にすくい上げながら振る舞う。
ガギーンッ!!!
金属同士がぶつかり火花が飛び散る。ディーゼルはしっかりと盾を操作してケンタウロスの攻撃を完全に防ぎ切り、同時に盾の死角から伸ばした大剣でケンタウロスの右前足を払うと敵は即座に転倒してしまう。
ズサーーッ!
四つ足は非常に安定しているが一本失うだけでその恩恵は無くなってしまう。ましてや背が高いケンタウロスは尚更だ。既に立っていられ無くなったケンタウロスに悠々と近づく。コケた拍子に盾も失ったケンタウロスはなす術もなく元々ギロチンだった大剣にその首をはねられた。タイマンでケンタウロスを下したディーゼルの後ろ姿は歴戦の戦士の風格を纏い始めていた。
「おい!大丈夫かロキ?」
「痛っ!あ〜すまない、やっちまったよ」
「まぁこう言う商売だ、仕方ねぇ。しかしどーするよ、一旦戻るか?」
「だな、来て早々悪いがトンボ帰りになっちまったな」
「な?やっぱ馬いるだろ?(笑)」
軽口を叩いてはいるが相当重症だ。前腕が危うく切り落とされるところだったが何とか骨で止まったと言ったところだ。そして今になって痛みが襲ってくる。すぐに処置したので出血は大した事ないがもう右腕は全く使い物にならない状態だ。ダンジョン入り口付近の道具屋で傷薬を買ったが焼け石に水だった。他の冒険者パーティーに声を掛けて銀貨一枚払ってクレリックに回復魔法をかけてもらったが、俺の闇属性と反発して聖属性がまるで効かなかったのを見て思い出した。
「あっちゃ〜、この設定をすっかり忘れてた」
クレリックは逆にここまで回復魔法が効かない事を気に病んでお金を返そうとしてくれた。が男が廃るので突き返そうとしてやはり返された。
「いや、それでも大事な魔力を使わせたんだ、せめて半分は貰ってくれ」
渋々半分だけ受け取ってくれたので何とか面目がたったが、こりゃあ急いで帰るしか無さそうだ。
帰りの道中は熱が出だしてそれはもう大変だった。激痛と熱、出血による疲労と寝不足も体力をじわじわと削ってくる。これは本格的に馬の購入を考えてしまう。
やっとの思いで朝方街の入り口付近に到着した時は涙が出そうになった。
「おっと大変だ、大怪我で手負じゃないか」
街の大門の入り口で待ち構えていたように悪人顔が3人現れた。
「あぁ〜そうだった…」
痛みでこの設定も忘れていたが俺は賞金首だった。
「これはすぐ教会に行かないとヤバいレベルの怪我じゃないか!おっと、お前さん教会にも嫌われてるんだっけ? 大変だなオイ(笑)」
それも思い出した。俺は病院=教会に行けないんだった。何か色々な都合の悪さが重なってくるこの感じは嫌いだ。だが心強い相棒がこの現状を打破してくれた。襲いかかる3人組をあっと言う間に一蹴、何事も無く街は入る事ができた。今のディーゼルは
最早並の人間ではまるで歯が立たないようだ。取り敢えず周囲に敵が居ないかを慎重に確認しながらトール君ちへ向かう。オロチを忍ばせて遠隔でトールを起こして家へ入れてもらった。
「ごめん、やってしまったよ」
「この家業に怪我は付き物ですからね、遅かれ早かれですしこの先も有りますよ」
取り敢えず服を切って腕を出し作業台の上に置いて見ると思ってた以上にグチャってた。トール君も頭を抱え込む始末。ここに来て教会と対立した事が悔やまれる。まさに後悔先に立たず。まぁどの道俺は聖属性が効かないからそこはいいか。
「結論から言うと教会にも行けませんし回復魔法も効かないので恐らく腕を元通りには出来ません」
あ〜隻腕か、しかも左腕。利き腕失うのはやだなぁ…思ってた以上の辛さが現実となって襲いかかる。もう戻らない腕を見ながら悲しみに暮れる。
「2択です。①切り落として義手 ②ぶっつけ本番の錬金手術 どうしますか?」
「え!?」
思わぬ突然の質問に驚いた
「錬金手術?って何?」
「言わば僕の得意分野【生物工学】です。オロチやフクロウみたいな生物と鉱物のハイブリッドですね、この場合サイボーグ手術みたいな意味合いになります」
「え、やる。絶対やる」
「いやいや!期待しないで下さいよ!やった事ないしどうなるかわからないし、結局普通の義手みたいに不便なモノになるかもわかりませんし」
だとしても、どの道義手になるならワンチャンあるかもなのでチャレンジしてみたい。
「トール君、その錬金手術を是非お願いします!」