ダンジョンダイブ4
ダンジョン迄の道中オロチとフクロウの具合はかなり良好だ。ただ、常に視界に表示される2匹のバッテリー残量が微妙に気になる。充電では無く魔石を食わせればいいらしいから最悪オロチの毒で仕留めてフクロウが取り出すと言う現地調達が出来なくもない。しかし索敵を任せられるのは体力的にも精神的にもかなり楽が出来た、良いコンディションでここまで来れたのでいつもの串肉もよけいに美味しく感じる。さて、いざゲートへ。
———30階層ゲート部屋———
実は面頬に自動マッピング機能も付けてもらった。そして今実験的に2匹を走り回らせてドローンによる自動マッピングテストをしている所だ。そして俺はゲート部屋でモニターを見ながらコーヒーを飲んでいる。コーヒーを飲み終える前にフクロウが音も無く飛び回り75%以上マッピングしてしまった。オロチはやはり地面を蛇行するので空と勝負するには分が悪いようだ。にしても決して狭く無い1フロアを数分でマッピングとは…
「何だこれ…?地球産を遥かに凌ぐスペックだな」
もう驚愕し過ぎて語彙力を無くす。そして敵が居た位置もマーキング済みだが、まぁコイツらはウロウロしてるから位置情報は当てにならない。がしかし、その辺に必ず居ると言う事と種類、数、装備などの事前情報が分かるのは大変に非常に有難い。これはチートと言っても過言では無い。やっと来たかチート。マッピングと前情報のお陰で驚くほどスムーズに探索が進み、あっという間に40階ボス部屋前に到達。10、20、30階はボスが決まっていたがここからはランダムらしい。強さはある程度同じで1体のみだが20種以上のボスが確認されているので事前対策などは立てにくいようだ。
「さてと…」
いつものルーティンで扉をあけ、2匹を先に入れて部屋の端にスタンバイさせる。戦闘力は期待出来ないのと壊れてしまう恐れがあるので戦闘には参加させない。ま、オロチの毒は効くかも知れないが万が一という事もあるので端っこで見ていてもらう。ちなみに後で見返せるように録画中だ。
そしてこの部屋のボスはガーゴイル、歩く音も見た感じの質感も完全に石像だが石の翼で宙へ舞い上がる。と言うかなぜ飛べる? と余裕をこいていたのも束の間、三叉の長槍で空中から一方的な攻撃をされてしまい手も足も出ない上に、どうやらいくら飛んでも疲れないようで一度も降りてこない。10分近くこんな状態が続いてしまったのでここで久々にコンパウンドボウの登場だが
バシュ! カン
アッサリ弾かれてしまった。恐らく軽すぎるのと先が尖っているので石には刺さらないようだ。なので弓矢からスリングショットに切り替えてパチンコ玉を撃つ。
バシュ! ゴッ
鈍い音と共にガーゴイルの表面がほんの少しだけ欠けたようなので恐らく方向性はあってると思う、ダメージを与えれるのは裂傷じゃなくて打撃だ。しかし手持ちの打撃系武器は鴉丸のナックルくらいしか効かなそうだが届かない
たまたま引きが悪かったのかダンジョンが俺を観察しているのか、なにはともあれお手上げだ。鉤縄で引っ掛けて引き寄せるのも考えたが、この世界では代えの効かない貴重な素材だから切られたく無いので躊躇ってしまう。
「詰みだな、出直すか」
何だか懐かしい、有利なポジションから一方的に攻撃されるこの無力感は久々だ。勿論ブラック企業時代のクソ上司からのパワハラの話だが、思えば丁度こんな図式だなと失笑してしまった。そう言えばある日、余りにも腹が立ってこっそりハナクソを投げた事があった。約2メートルほど離れたデスクの小さいコーヒーカップに向かって奇跡の軌道を描き着水、翌日コロナで休んでいた。俺のハナクソと病気の因果関係は関係ないと思うがあの時の感動は今も記憶に新しい…ん?
右手を見るといつのまにかホジった覚えの無いハナクソがあった。いやハナクソでは無いが指先ほどの弾丸の形をした物体がある、多分だがコレはこの前の土属性のお陰だとすぐにわかった。でも確か火みたいにポンポン出せないって聞いてたし周りに砂や土が無いから何から出来たんだコレ?真っ黒だから俺の魔力由来なのは分かるけど・・・ま、それは後で考えるとして今はコレに現状打破を期待する。親指ほどもある塊をコンパウンドボウにセット、面頬のアシストが起動してエイムを表示、距離7.12m、風速0、ガーゴイルの鼻っ柱のど真ん中にレーザーポインターの光が当たる。羽ばたいているので多少の上下をしているがAIが敵の単純な往復行動を演算、弾道予測と照らし合わせ1秒後の結果を表示してくれている。そこにレーザーポインターの光を当てて…
ドシュッ! バガァァン!
ガーゴイルの頭が吹っ飛び墜落、地面に叩きつけられ石の体は粉々になった。
「威力ヤバ…」
コレはハナクソなんて名前は付けられないなと思いながら宝箱を開けると今回は金貨と銀貨のみだった。それからコンパウンドボウを試したくて何発か撃って分かった事が連射は出来ないと言う事だ。弾丸の精製に結構な集中と時間が必要で、4発も撃つと気怠くて気持ち悪くなり探索所では無くなった。しばらく休憩すると容体は回復したが動きはかなり悪くなったのでこの日は切り上げた。
一晩寝たらかなり回復したが多少の気怠さが残っている気がするので本日はトレーニングのみで探索はお休みとしトール君ちに向かう。
「弾丸の精製ですか?」
「でも魔力消費が多いのか気持ち悪くなっちゃってさ、今もまだちょっとダルいんだよね〜」
「魔力は筋力の消費と似てるので使えば使うほど段々と力が入らなくなるあの感じに似てるんでちょっと症状が違いますね」
「でね、周りに砂も土も無かったけどこんな感じの塊を精製出来てさ」
そう言って昨日精製して使用した後に回収出来た弾丸を3個机の上に置いた。
「鉄っぽいですね、形も弾丸と酷似している…と言うか明らかにホローポイントみたいな作りですね」
「そう、だから完全に俺の意識が投影されているのは分かるけど使用後に闇雲みたいに消えないし完全に物質みたいだし」
それから色々考察して一つの実験をする事にした。体重計に乗って弾丸を精製、その際に面頬のバイタルサインもチェックしながら計測した結果、弾丸1発の精製で体重が100g減ったのが確認できた。バイタルチェックでは俺の血液が100ml減っていたので、どうやらこれは血液を消費して精製していると判明した。
「だから採血した後みたいな気持ち悪さだったのか」
「て事は昨日で5発、さっきので計6発分の血液、つまり600mlも血が減ってるって事ですね」
「お手頃サイズのペットボトル程の血が…そりゃあ気持ち悪くもなるよね」
「個人差があったり食べのもにもよりますが、恐らく3〜4週間で血液は完全に回復します、探索は最低でも2週間は休んだ方が良いと思いますよ」
まぁ、昨日で金貨1枚と銀貨数枚ゲットしたのでお休みはいいんだけども…いや、体が資本のこの世界で無理は禁物だ。ダメ!絶対! なのでしばらくはトレーニングとドローンズを使っての周囲のマッピングのみにして回復に専念したが、これが意外と楽しくてハマってしまう。画面を主観モードに切り替えて操作するとオロチなら臨場感あるローアングルでの盗撮が楽しめたり、フクロウならダイナミックに自分が飛んでる気分を味わえたりと、お陰で1週間はかなり楽しく過ごせてしまった。力は若干入りにくいが気持ち悪さは全く無くなったので久々に薬草採取でも行こうとギルドに足を運ぶ、久々なだけあって薬草クエストはかなりの数が有った。しかし薬草の場所は予め忠実なる我が下僕に調べさせてあるので楽勝だ。リハビリにはちょうどいい感じのクエストを受注し鼻歌混じりで現場へ向かう。
「お!あったあった」
既に薬草の場所はマッピングに印がしてあるのでそこを回るだけの簡単なお仕事、周囲の警戒と索敵は万全、ほぼピクニックだな。
「ん?何だコレ?」
草むらに突然円形に干上がった場所が現れた。その真ん中にはニンジンみたいな葉っぱが一本出ていて明らかに異様な感じがするので遠くからズームをかけると【マンドラゴラ】と表示が出てきた。引き抜くと叫び声を上げ、それを聞くと死んでしまうアレだ。けど名目はゴーレムである我が下僕達に引き抜かせるとどうなるんだろう?と言うか引き抜くには流石にパワーが足りないか。
「いかんいかん、どうすれば引き抜けるか考えてしまう」
俺の悪い癖でこう言う事にチャレンジしたくなる衝動に駆られる。
「あ、闇雲で覆っちゃえば…」
思いついてしまった。確かに可能性は充分あるが確証がある訳じゃ無い、しかし闇雲のサイレンス効果は絶大だ。そう絶大なのだ。
「暗遁の術 闇雲」
可能性が勝ってしまい行動に移す。マンドラゴラを闇雲で覆いながらゆっくり引き抜くと…紫色のニンジンに顔がある!かなり気持ち悪い!見た瞬間ゾクッと寒気がしたのは目が合ったからだ。物凄く恨めしそうな顔でこっちを見てる(泣)
本当に気持ち悪い、ずっとこっちを見てくるので引っこ抜きにくいったらありゃしない。もう全部を闇雲で覆って一気に引き抜く。がしかし、やはり叫び声は聞こえない。マンドラゴラの魂の叫びは虚しく闇の中に呑まれ俺には届かなかったようだ。
「ドンマイ」
そんな哀れなマンドラゴラを煽りながら袋にしまい持ち帰る。
「マ、マンドラゴラ!」
ギルド内がザワつく。実は面頬に翻訳機能をつけてもらったのでもう言葉の壁は無くなった。リアルタイム通訳なので聞いても話しても翻訳される。
滅多に取れないマンドラゴラはやはり薬の素材としてはかなり貴重なようで銀貨7枚と買取額もかなり高額だった。その帰り道に
「ねぇ!ちょっと待って!」
後ろから追いかけてくる人がいた。歳の頃はかなり若く見える、恐らくまだ10代後半か、いってても20代前半は間違いない。腰上まで伸ばしたブロンドの髪の躍動感は若さを物語っている。ウィザードがよく着るボディラインの出る服は防御力こそ低そうだが男に対しての攻撃力はオーバーキルと言える。真っ白な肌のフランス人っぽい顔立ち、長いまつ毛に少しタレ目だが目頭の始まりと目尻の終わりの長さが日本人の比では無い、この世の者とは思えない可愛さを醸し出している。
「あ、あの、何か…」
こんな若い美人に話しかけられたことの無い俺は最上級の挙動不審でおもてなしをする。
「凄いね!マンドラゴラ!どうやったの!?」
「あ、いえ、たまたま…」
「そんなワケ無いじゃん!」
そんなワケ無いのである。マンドラゴラの生態的にそれは絶対無いからだ。
「凄腕を見込んでお願いがあるんだけど」
「え、何でしょうか?」
きゃるんとした瞳で見上げながら長いまつ毛をパチパチさせるあざとさは俺には充分通用する、もう引き受ける気だ。
「あのね、やりたいクエストがあるからパーティー組んで欲しいの!」
悪く無い気分…いや、正直言って良い気分だ。女性に頼られる、必要とされる事がきっと男の本懐なんだろう。アドレナリンとかエンドルフィンがとめどなく溢れてくるのが分かる。
「それは良いんですけど、今体調悪くて休養中で10日後なら大丈夫ですがそれでもいいですか?」
「ありがとう!じゃあ10日後の朝ギルド前で!必ずよ!」
青春時代を思い返すあの躍動感溢れるフレッシュさで手を振りながら帰って行った彼女の名前を聞き忘れた事を思い出し後悔をしようとした瞬間
「名前聞き忘れてた!(笑)」
遠くから大きな声で呼びかけて来た。夕日の逆光であまりよく見えない彼女に向かって「ロキ!」と何十年ぶりかの大声で返す。
「マリー!」
それだけ言って彼女は夕日に消えていった。
青春やんけ。その日はずっとニヤけて翌日もその翌日もニヤけていた。体が本気で回復したがっているのが分かる。ひたすら寡黙にトレーニングだけをこなして10日後に備える。
———10日後———
待ち合わせ慣れてないあるあるで早く来すぎているのは言うまでもなく、「お待たせ!」を心待ちに待っているとご注文以上の「お待たせ!」が笑顔でやって来た。実際にコレを喰らうと一瞬フリーズしてしまう効果がある事を初めて知った。マリーの目標は取り敢えず20階のボスらしく魔法耐性が高くて1人ではどうしても勝てないでいるようだった。
通常10階と20階はソロ、30階からパーティー、30階をクリアしてようやく冒険者を名乗れると言う暗黙の了解が有る。まぁ最初からパーティーでも30階のボスをクリア出来れば1人前って見られるような感じだ。ただ、男に関しては10.20階はソロクリアしないと童貞よりバカにされる。道中そんな話を聞きながらやっぱどんな世界でも苦労はあるんだなとしみじみ思う。マリーは道中もずっと楽しそうに話してくれた。
見慣れたダンジョン前に到着、いつもの串肉を今日は2人分買って手頃な石に座り齧り付く。聞くとマリーは17歳らしく水属性のウィザード。この世界では15歳が成人なので、この傭兵稼業は2年の先輩だった。ま、この辺りはあまり戦争が無いからもっぱら探索をして研鑽を積んでいるらしい。
「闇属性? 聞いた事はあるけど…」
「でも、魔法自体にあまり攻撃力は無いからもっぱら力技だけどね」
「逆に凄いね!」
マリーはとても明るくて無邪気で他愛もない話にもいちいち反応してくれる。こんな子と学生時代を過ごしたかった人生だった…ま、今は自分の役割に集中しよう!
「じゃ、そろそろ行こっか」
石から腰を上げ、2人でゲートに向かう。