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3.事件簿:狐坂(3)

 急坂を登るため、スクーターのエンジンが唸る唸る。制限速度四十キロとあるが、三十キロしか出ていない。まあ、二人乗りの限界か、坂が急すぎるのか。

 坂のせいだな。平地では普通に二穴でも走ってるしな。

 後ろから車に抜かされながら、狐坂に到着した。

 車道から歩道に乗り上げ、スクーターを止める。急坂の為、真っ直ぐ立つだけでもバランスを取らなければならない。

「話には聞いていたが、思っていた以上に坂が急だな。」

 坂に合わせて立つと足の高さが靴一つ分違う。

「ここで走るのは怖いね。こけそうだもん。」

 飾も同じ様な感想を持ったようだ。

 ここは、山と山の間を縫うように走る二車線道路だ。歩道も両側にある。意外と立派な道だな。ただ、狐坂と呼ばれるヘアピンカーブだけはヤバイ。高低差と角度がキツイ。

 スクーターを曲がる為に倒すとサイドスタンドが擦れて火花が散りやがった。後ろの車のおっさん、ビックリしてたな。

 やっぱり山間部は昼間でも薄暗いな。それに背筋が冷える。これは何か居てもおかしくないな。

「とも君、あれ。」

 飾が俺の袖を引っ張る。指差した先には落ち武者が一体浮いていた。足は無い。下半身は霞んでいた。

「お、早速出た出た。幸先いいね。足は無し。ボロボロの甲冑。血まみれの身体。折れた刀。典型的な幽霊か。」

「へ~、落ち武者って若武者なんだね。元服したてかな。若いね~。」

 と俺達はマジマジと現れた若武者の幽霊を観察する。驚きも恐怖も無い。

 俺達にとっては、幽霊が居るのが日常なのだ。ただ、妖異を見る為には、その類の血の力が強くないと見えない。

 その類とは妖異の力を継いでいるかどうかだ。

 大昔は、妖異に誘拐されたり、夜這いを掛けられたりして、孕むことが多かったそうだ。その妖異が強ければ、子供に強い力が引き継がれ、弱い妖異だと弱い力を受け継ぐか、もしくは何も受け継がない。

 ま、俺達のご先祖様がどういう理由か知らないが、強い妖異の血を受け入れたってことだな。ちなみに、途中からは血を濃くする為、積極的に人側から取り入れたらしい。

 男の妖異か女の妖異か知らないがよくやる気になったよな。さすがの俺でも最初は無理だったね。立たねえもん。ダメダメっす。ご先祖様、キモ過ぎだわ。よく思いついたわ。


 現代のほとんどの人は、妖異が見えない。俺達みたいに血力が強い人間しか幽霊を見ることができなくなって長い時が経ってる。

 江戸時代くらいまでは、多くの人が見れたらしい。明治時代の西洋化に伴い、その力を失っていったとクソジジイが言っていたな。

 誰もが妖異の存在を信じなくなって、血力も否定したそうだ。

 存在を信じる人がいなければ、力を失うのが多数の妖異の悲しい性質かな。

 さてと、目の前に集中するか。

 若武者は十四、五歳くらい。いや、もう少し若いか。刀は無造作に右手にぶら下げている。刃は全然欠けていない。ほぼ新品。

 対して、鎧はボロボロの血塗れ。矢、槍、刀の順に傷が多いな。最初の矢の斉射にハリネズミにされ、槍で戦闘力を奪われ、刀で止めをさされたのか。そりゃ全身血塗れになる。ご愁傷様。

 まあ、初陣だろうな。敵と一太刀も交わせず討死か。そりゃ、怨みや未練が残るだろうさ。

 若武者はふわりふわりと近づいてくるが、俺達も下がり距離を詰めさせない。

「おとせ…。おとせ…。」

 若武者は呟く。これが恵子さんが聞いたやつか。

「何を落とすんだ。それとも貶すのか。」

「おとせ…。おとせ…。」

 若武者は、同じ言葉を繰り返す。

 若武者は左手で俺の足元を指差した。

「おとせ…。おとせ…。」

 また同じ言葉を繰り返す。

「ちょいと、地中は無理かな。ここの歩道は舗装されているし、素人には掘り返せないかな。何か他は無い?」

「おとせ…。おとせ…。」

「いや、無理すっわ。ととと。」

 若武者は刀を俺に振り下ろした。だが、あきらかに下手くそだ。余裕で避ける。

「おいおい、怒るなよ。話を聞きに来ただけだぜ。今のところ、何もしねえよ。」

 はい、初陣決定。戦闘経験無しの雑魚だ。

 落ち武者の技量は分かった。想像通り、初陣での討死だ。装備から見て敵の良い首級になっただろう。

「おとせ…。おとせ…。」

 若武者は刀を横薙ぎに振るうも俺はしゃがんで頭の上を通過していくのを見る。

 祓うか、封じるか、滅するか。はてさて、どうしたもんじゃ。

「とも君、出直そう」

 こっそりとスクーターの陰に逃げ込んでいる飾が言った。

 ちゃんとそこに居るのは、気づいてましたよ。飾にケガさせたらクソジジイに殺されるのは俺だからな。安全圏に居てくれた方が助かるってもんよ。

 ここにいても新情報は出なそうだ。落ち武者を確認できただけ良しとしよう。

「飾、逃げるぞ。」

 はっきりと逃げるという言葉を使う。弱点が何かもわからぬ敵に真っ向勝負何てしない。戦うなら準備万端が俺のモットーだ。

「はいは~い。」

 飾は先にスクーターの後部座席に跨る。

 俺も走ってスクーターに乗り込む。バイクと違ってタンクが無いから、あとからでも運転手が座れるのがスクーターの利点。

 そして、スマートキーの本領発揮。ノブを捻って、エンジンスタートからの即離脱。

 脱兎のごとく走り出す。すぐに坂を下り始める。ミラーにベルトで引っかけていたヘルメットがあちこちに当たり、運転の邪魔をするが気にしてられない。ここは我慢。

 二穴では狐坂の急坂は力不足で登らないことは実証済み。なら一択だろ。当然、下る。

 誰も居ない歩道を走り、車道へと飛び出す。ちゃんと車が周囲に居ないことは確認済みだ。

 すぐにスピードが上がり五十キロを超える。さすが下り坂。加速が早いね~。

 スピード違反にノーヘルだが、そのまま走る。警察に捕まるより、妖異に捕まる方がヤバイ。呪いを押し付けられたり、下手したら即死なんてこともある。今回は高熱にうなされる程度だろうがな。しかし、しんどいのは嫌だ。個人事業主だから、休業=無収入だ。

「逃げるが勝ちだ!」

 ミラーに小さく映る若武者の幽霊を確認しながら叫ぶ。

 だが、妙にスクーターが思うように曲がらない。ガードレールに擦る様に曲がる。これがスクーターの外装に傷がつく原因だ。原因元を確認する。

 後ろの飾が若武者の幽霊に「バイバ~イ」と呑気に手を振っていた。

「飾、体重移動を俺に合わせろって言っただろ。」

「とも君なら大丈夫じゃん。ちゃんと走ってるよ。」

「擦ってるじゃねえか。走れてねえよ。スクーターは、二人の息を合わせろって言ってるだろ。」

「はいはい。ちゃんと覚えてますよ~。」

 拗ねた口調で飾は言うとタンデムバーをしっかりと握り、俺の体重移動に合わせた。今度は体を密着させない。

 スクーターが俺の言うことを聞き始める。狙ったラインできっちりコーナーを曲がる。

 やれやれ、最初からそうしてくれよな。頼むぜ。

 正直、抱き付かれると運転しづらい。バイクやスクーターは体重移動で曲がる。ハンドルは駐車時と渋滞時に使うくらいだ。

 抱き付かれるとスムースな体重移動ができなくなるからな。あと、ブレーキを掛ける度に後席の人間の体重が運転手に圧し掛かって重い。これが意外に疲れる原因となる。

 何よりも後ろの人間の体重移動も重要だ。曲がりたい方向と逆方向に体重を掛けられるだけで曲がらなくなる。一番いいのは、運転手の動きをトレースしてくれることだが、まあ無理だね、普通は。自分自身でバイクとか運転したことがなけりゃ先読みなんてできない。

 普通じゃないのが飾だ。飾は免許を持っていないが、中学生の頃から俺の後ろに散々乗ってきた。運動神経が元々良いのもあるだろう。俺の考えを先読みし、トレースしてくれる。

 は~。歩くのが面倒だからとスマホで普段から呼び出され続けてきたことを思い出した。

 女子高生に完全に下駄代わりにされている俺って悲しい。こういう存在をバブルの時のアッシー君とか言うんだっけか。くそ。

 まあ、ガソリンを満タンにしてくれるので、ついつい言われるままに迎えに行くのだが、情けない。これも貧乏が、貧乏が悪いんだ~。

 左に右にスクーターを倒し、時折、砂を噛んだタイヤが滑るが、飾の体重移動も加わり安定して狐坂を下り切った。

 近くのコンビニの駐車場に飛び込む。明るい所や人気が有る所ならば、危険度は低い。低級の妖異ならば近づいてこない。

 あの若武者は、恐らく低級だろう。それほどの力は無いと思いたい。


「とも君、面白かったね。」

 飾が無邪気な笑顔を向けてくる。どうやら、尻尾を巻いて逃げ走ったのが楽しかったようだ。ジェットコースター感覚なのだろう。アトラクションじゃねえよ。

 こういう人間には免許を取らせたらダメだ。やばそうだ。免許が欲しいと言ったら反対しよう。

「俺は面白くない。妖異の専門家である『識屋』が敵前逃亡って悲し過ぎる。はぁ。」

 俺は喉の渇きを覚えるが金がもったいない。コンビニが目の前にあるのに我慢だ。事務所に帰るか公園で水を飲もう。

「私、喉乾いちゃった。何か買ってくる~。」

 と言うと俺の返事を待たず、飾はさっさとコンビニへ入っていった。

 おかしい。女子高生のお小遣いという資本力に大人である俺の資本力が負ける。貧乏はヤダ…。

 飾はスポーツドリンクを一本だけ買ってきた。ペットボトルの蓋を開け、ゴクゴクと飲む。

 口元から零れる雫がそれはそれは美味そうだ。思わず俺の喉がゴクリと鳴る。

「とも君も飲む?」

 と言うと飾は飲みかけのスポーツドリンクを俺に渡す。遠慮なく受け取り、一口、二口と飲み、のどを潤す。あぁ~冷たくて気持ちいい。渇きも治まる。

「サンキュー。」

 感謝の言葉を述べて、飾へ返す。飾はそのままペットボトルに口を付け、また飲み始める。

 この程度の事でお互い照れない。飾が離乳食を始めた時から飯を食わせていた。離乳食がついた汚い手で俺の顔を触りまくる。それを避ける為に幼児の飾に押し倒された。

 さらに俺の顔についた離乳食を食べる為に頬だけじゃなく口や鼻も舐められる。

 それも何度も何度もだ。恐らく、飾は幼すぎて覚えていないだろう。

 こんなことを毎回されれば、間接キッスがどうとかで照れる要素は全く無い。

 飾のファーストキスが俺である事は、墓まで持って行ってやるのが優しさだろう。

 無論、これが俺のファーストキスでもあるのだが、当時、中学生だった俺にそんな感慨は無い。

 この後、散らかした離乳食を片付け、ご飯で汚れた飾と俺が一緒に風呂に入りドタバタしたからだ。懐かしいな。

 あの頃は、ちっちゃくて、『と~に~』って、ちょこちょこと付いて回ってきて可愛かったなぁ。今は、外見は美少女だが厚かましくなった。遠慮を知らない。図々しい。

 どこで育て方を間違えた…。

 俺の大切な聖域である事務所に私物を勝手に置くし、暇が有ったら遊びに来るというか、ほぼ毎日放課後に寄る。友達と遊べ。

 遠出したら、タクシー代わりに俺を呼びつける。

 どこで育て方間違えたかな~。はぁ…。

 それに俺自身は、淡い思春期と比べ物にならない程の文字通り生臭い経験値を積んできている。この程度の事で心は揺れない。もう二十四歳だからな。それなりの場数は踏まされてるよ。

 でも、事務所を開いてからは浮いた話は無い。金が無い。デートもできない。だから、みんな離れていった。大学までモテてたのに…。貧乏はヤダ。早く、一発当てたい…。

 ふと見れば、飾の耳が少し赤くなっていた。そうだな。春先だし、スクーターで冷えたかな。仕方ない奴だな。だから、ヘルメットを半キャップじゃなく、ジェットヘルメットにしておけと言ってるのに…。

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