表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

2.事件簿:狐坂(2)

 オフィスビルの裏手の駐車場には、俺の愛車である黒のスクーターが置いてある。

 排気量が125CC未満の小さなスクーターだ。原付二種って区分の奴だな。

 何で小さいスクーターに乗っているかだって。

 燃費が良い。車検が無い。保険が安い。税金が安い。荷物入れが大きい。小回りが利く。置き場所に困らない。

 最高じゃないか。良いこと尽くめじゃないか。


 いや、ごめん。強がりはよそう。夏は暑いし、冬は寒い。雨でずぶ濡れ。雪の日は乗れない。高速道路も自動車専用道路も走れない。

 いっぱい欠点あるよ。

 でもな、貧乏な俺には、車なんて贅沢は許されないんだよ。

 貧乏じゃなきゃ、車くらい欲しいさ。年間維持費を考えたら、到底手が出ない。

 ふっ、俺にはスクーターが似合っているのさ。

 中古で手に入れてから六年しか経っていないのだが、表面のカウルは傷だらけだ。

 丁寧に乗っているのだが、仕事柄、どうしても傷が入ってしまう。

 こればかりは悲しいが、修理するお金もない。

 どうせ、すぐに傷がつく。外装の修理はあきらめている。


 走りに関しては、何の不自由も無い。こちらに関しては、定期的にバイクショップで点検してもらっている。いざという時に、エンジンがかかりませんではお話にならないからな。

 スクーターの中の機械の事までは、良く知らない。ああ、正確には日常点検位はできるけど、整備ができない。したくない。プロに任せたい。

 動画サイトを見れば、自分で整備できるだろって。そしたら、お金を節約できるだろって。

 そんなことは俺も分かってる。ここで重要な事が一つ。

 俺は自分の整備の腕を信用できない。自分と飾の命を預ける気になれないんだよ。

 ここは譲れないんだ。皆、分かってくれ。金よりも命が大事だろ。

 目標から逃げることだってある。勝てない相手から逃げるのは当然の戦術だ。

 気合いだけで戦うのは、勇気じゃない。単なる無謀だ。俺の命は、そんなに安くないね。

 一目散に逃げる時に自分が整備したスクーターのエンジンがかからん。走行中にブレーキレバーが取れた。何て事態になったらどうする。

 悔やんでも悔やみきれんね。一万円をケチるんじゃなかった、とね。

 で、無理してスマートキー付のスクーターにした理由も分かったんじゃないかな。

 そう、逃げる時に鍵を探して、挿して、回して、スタートボタンを押す。

 数秒のロスだろ。スマートキーなら、ノブを回して、スタートだけだ。二秒かからない。逃げるにはこの差は大きいよな。数万円高くなる価値はあるよな。分かってくれるよな。


 俺は、スクーターに跨りエンジンをかける。一発でかかり、小気味が良いアイドリング音が駐車場に響く。すかさず、飾がタンデムシートに乗り込む。

 飾の勢いが強すぎ、バランスを崩しかけ、右側にスクーターが倒れそうになる。

 これ以上、傷をつける訳にはいかない。俺は右足に力を入れ、踏ん張る。何とか持ちこたえた。

「おい、飾。乗る時はもっと静かに乗れ。こけるだろ。バカタレが。」

「は~い。ごめんなさいでした~。」

 反省を全く感じさせない軽い涼やかな声だった。

 飾は俺の腰に両手をしっかりと回し、体を密着させる。

 男ならば嬉しいことなのだろうが、飾は起伏に乏しい。背中に当たるべき感触が全く無い。

「は~。」

 俺は思わずため息を漏らす。

「どしたの?」

「何でもない。」

 そもそも妹分に何を期待しているのだか…。

「出すぞ。」

 そう言うと俺は都大路へとスクーターを発進させた。


 俺は、飾のナビに従いに閑静な住宅街に入り、分譲住宅の一つにスクーターを止めた。

「到着だよ。ここ。」

 俺は指差された一戸建てを見る。二階の角部屋から黒い靄が漏れているのが見えた。

「ああ、漏れてるな。完全に妖異案件だ。俺の領分だな。」

「でしょ。私だって靄くらい見えるもん。単独で対処することは爺様に止められてるけど。」

 孫娘がかわいいクソジジイは、飾に危険なことは絶対にさせない。その代わりに俺を道具として、そして盾として利用するのだ。

 ま、そのお陰で収入になるのだけど…。貧乏って悲しい。

 ちなみに表札は出ていない。個人情報保護って奴っすか。本当に調査がしづらい世の中だよ。

 俺は玄関先にスクーターを止める。

 飾はヘルメットを左ミラーに引っ掛けるとインターホンを押した。

 俺もヘルメットを右ミラーに引っ掛け、飾の背後に立つ。今時は、インターホンにカメラが付いているのは当たり前。下手すると別のところにもカメラが付いていて、スマホで確認されていることもある。

 最初から俺の姿を見せておいた方が無難だ。後で姿を現すと不信感を持たれることが多い。これも仕事上の経験だ。

「はい、どちら様ですか。」

 年上の女性の声だ。恐らく母親だろう。

「恵子さんの同級生の井筒 飾です。お見舞いに来ました。後ろのは兄です。ここまで送ってもらいました。」

「あらあら、ありがとう。ちょっと待ってね。」

 そう言うとインターホンは切れた。

 被害者である娘へ確認に行ったのか、玄関を開けに来るのだろうか。

 しばし、待たされると玄関が開いた。四十代後半の地味な女性だった。母親で間違いないだろう。少々、表情に陰りが見える。看病疲れだろう。妖異の残滓は無い。

「お待たせしてごめんね。どうぞ入って。」

「お邪魔しま~す。」

「失礼致します。」

 そして、二階の角部屋にある被害者の部屋に案内された。飾はお見舞いの品を用意していた。

「これで、元気を出して下さい。」

 飾は、スポーツバッグからゼリー飲料と野菜ジュースを数本取り出す。

 ま、高校生らしいお見舞い品か。

「まあ、ありがとう。冷蔵庫に冷やしておくわね。」

 そう言うと母親は部屋を出て行った。


 やや少女趣味に彩られた部屋の片隅のベッドでは、顔を赤くした少女が呻き苦しんでいた。

 額に貼られた冷却シートの効果を大きく上回る発熱だろうか。

「恵子ちゃん、飾だよ。お見舞いに来たよ。僕に何かできることあるかな。」

「飾ちゃん、あり、がと…。」

 少女はそれだけを言うと目を閉じた。体力と気力が無い様だ。今の反応からすると本当に飾の同級生だった様だ。てっきり、口から出まかせを言っているのかと思っていた。

 俺は目に力を注ぐ。黒い靄がハッキリと見え、額から黒い靄が発生していることがわかった。

「飾、額に注意しろ。」

「とも君、わかった。」

 飾は冷却シートを慎重にめくる。少女の額を露出させる。無論、肌には触れない。

 額に青い痣が浮いていた。誰かに掴まれたかの様に指の痕が克明に残っていた。

 残滓ではないが、顔には殴られた跡や擦り傷も確認できる。

「飾、確認できるか。」

「ちょい待ってね。」

 少女が虚ろである事を利用し、飾がパジャマの隙間から四肢や身体を覗き込む。

「顔と同じだね。打撲痕、擦過痕があるよ。」

 さて、考えろ、考えろ。何の事象だ。落ち武者を見たのであれば、その落ち武者に掴まれたと考えるのが自然だろうな。だが、打撲痕と擦過痕は、落ち武者との関連がイメージつかない。逃げる時に転んだのか、それとも…。

「こんにちは、恵子さん。兄の智典です。しんどいのにゴメンね。話、少しいいかな。病気、良くなるかも。」

 極力やさしく声をかける。その声に横でクククと笑いかみ殺している不謹慎な奴がいた。あとで折檻だ。

 恵子は力なく頷く。これが風邪とかではないと本人も分かっているのだろう。

「落ち武者と何処で会ったのかな。」

「狐坂のカーブ。」

「触れたのは額だけかい。」

 恵子は頷く。

「痛いところはあるかな。」

「全身。」

「どうして、ケガをしたのかな?」

「わから、ない。おぼえて、ない。」

「落ち武者は知り合いに似ていたかい。」

 首を振る。

「落ち武者は『おとせ』って言ったんだよね。心当たりある?」

「…ない。知ら…ない…。」

 そういうと恵子は気を失ってしまった。荒いが、規則正しい呼吸をしているので問題は無いだろう。

「飾、現場に行くぞ。これ以上、新しい情報は入らんな。」

「りょ~か~い。」

 俺達は階段を降り、玄関へと戻った。

「おば様、お邪魔しました~。お大事にして下さ~い。」

 飾が台所の方へと声をかける。返事を待たず、俺達はさっさと靴を履き、家を出た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ