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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「風呂敷」

作者: 霧夜シオン


落語声劇「風呂敷ふろしき


台本化:霧夜きりやシオン@吟醸亭喃咄ぎんじょうていなんとつ


所要時間:約30分


必要演者数:3名

      (0:0:3)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


さき熊五郎くまごろうと夫婦。

   やきもち焼きの熊五郎くまごろうに振り回される毎日。


熊五郎くまごろう:おさき亭主ていしゅ

    非常なやきもち焼きで知られる。


政五郎まさごろう:おさきの兄。

    事あるごとに妹に駆け込み寺にされていい迷惑をしている。


おかみ:政五郎まさごろうの妻。




●配役例


お崎・おかみ:

熊五郎:

政五郎:



※枕は誰かが適宜てきぎねてください。



枕:世の中にはやきもちを焼く人ってえのが一定数いるもので。

  焼く餅の大きさが小さいうちはまだいいですが、これがどでかいのに

  なりますと、もうのべつまくなしに、ちょっとしたことでも

  やきもちを焼き始めるもんですから始末におえない。

  今日もお江戸のどこかでやきもち焼きの亭主ていしゅを持つかみさんが、

  災難さいなんにあっていますようで。


お崎:兄さん大変、大変よ兄さん!

   もう大変なんだから!

   兄さん、大変大変大変!


政五郎:相変わらずけたたましい女だねこいつは。

    ほかに言葉がないのかね。


お崎:【荒く息をついた後】

   …大変かける高さわるに。


政五郎:かーッ、くだらないこと言うね。


お崎:だから大変、大変なの!

   大変大変!


政五郎:なんだいまったく、隣町の極道ごくどうでも攻めてきたってのかい?

    うちは町内会がしっかりしてるから驚きゃしないよ。


お崎:そうじゃなくて、大変なの!

   聞いて聞いて聞いて!


政五郎:お前ね、にわとりみたいにうちへ飛び上がってくるんじゃないよ。

    いくら急ぎの用があるからって向こうからけ込んできて、

    ほこり蹴立けたてて下駄げたをあっちこっちにぎ捨てるんじゃない。

    普通に上がって来なさいよ。

    一人で考え事をしてる時にそう来るもんだから、

    びっくりして全部吹っ飛んじまったじゃないか。

    どうしたんだい?


お崎:だってさ、兄さんの前だけどね、

   大変な事ができあがっちゃったんです。


政五郎:また始まりやがったよこんちきしょう。

    お前の大変はのべつまくなしだよ、大変だ大変だって…。

    あのな、大変だって言葉はむやみやたらと使うんじゃない。

    生涯しょうがいのうちにいっぺん使つかやぁいいんだ。


お崎:どんな時に使うんです?


政五郎:そりゃあ…大変な時に使うんだな。

    だからどうしたんだよ。


お崎:うちの人がさ…


政五郎:死んだのか?


お崎:死んだんだったら、なんであたしが大変って言わなきゃならないん

   だい?

   死んだんだったらちょっとひと月くらい我慢してりゃ、

   あとはもうこっちの勝手かってじゃない。


政五郎:…恐ろしいこと言うねこいつは。

    で、だからどうしたんだ。


お崎:うちの人がね、今朝けさいったのよ。


政五郎:朝いった?

    …おめえンは、朝からそんなことしてんのか?


お崎:そうじゃないわよ!

   仕事に行ったの!


政五郎:そりゃ当たり前な事じゃねえか。


お崎:当り前は当たり前だけどさ、横浜行くって言ったの。

   横浜の真金町まがねちょう


政五郎:なに、横浜の真金町まがねちょう

    おめえンとこの亭主ていしゅの仕事って何だっけ?


お崎:噺家はなしかだよ。


政五郎:なに、噺家はなしかァ?

    こないだ日本橋のたもとでアサリいてたぞ。


お崎:そ、時々アサリいたり、落語の二ツ目やってんの。


政五郎:…どういう夫婦なんだお前らは。


お崎:それで、うちの人が行ったから、それからあたしまた寝たのよ。


政五郎:亭主ていしゅが働きに行ってお前は寝るのかい。


お崎:当り前じゃないかい、体力充実させとかなきゃ。

   亭主ていしゅより先に死んじまったら、何のために結婚したんだか分からな

   いじゃないか。


政五郎:…はあ。


お崎:それからお昼ちょっと前で、うまこくまえぐらいに起きてね、

   お昼食べたんだよ。

   それからまた寝たの。


政五郎:よく寝るなお前は。


お崎:それで、昼過ぎに起きてまた片付けものしたり空をながめたりね。

   体を動かしたりね、くしゃみを三つしたのよ。


政五郎:それで、どうしたんだよ。


お崎:さるこくくらいかな。

   うちの人が可愛かわいがっている町内の若い人がたずねてきたの。

   しんさんってね、町内の若い女の子にちょっとチヤホヤされてる

   イイ男なの。

   旦那だんなはいますかって言うから、

   いないよ、まあ上がって話ぐらいでもしていったらってさ、

   世辞せじのつもりで言ったんだよ。

   そしたら馬鹿に人の言う事信用する人でさ、

   そうですかって上がってきたんだ。

   今のはうそだよ、世辞せじだよなんて言うわけにもいかないじゃないか。

   しょうがないからお茶出したり世間話せけんばなしでもしてるうちにさ、

   さっきの夕立ゆうだちだろ。

   真っくらになってぴゅーって吹いてきた。

   吹きこまれてきちゃ嫌だと思うから戸を閉めてさ、それからも二人

   で話してたんだ。

   そしたらさ、大変大変…!

   うちの人が帰って来ちゃったのよ!

   大変でしょ?


政五郎:大変、ってお前ね…亭主ていしゅがよその家に帰ってきたってんなら

    そりゃ大変だろうけど、亭主が自分の家に帰って来たんだったら

    、なにもおかしい事ないだろ。

    それいちいち大変だって言ってたらお前、

    毎日大変だって言ってなきゃいけないだろ。

    さっきも言ったけどな、大変って言葉は普段そういう時に使うも

    んじゃないよ。

    大変というのはな、大変な時に使う言葉なんだぞ。


お崎:だって、遅く帰ってくるって言ったのに早く帰ってきたら驚くじゃ

   ないか。


政五郎:また違ってんな。

    早く帰ってくるって言ってたのが遅く帰ってきたんだっら

    驚いてもいいよ。

    そればかりじゃない、三日も四日も、一年も二年も帰ってこなく

    なると、はてな?ってことがあってもいいけど、

    遅くなるってのが早く帰ってきたってのは、別にいいじゃないか

    。


お崎:そうはいかないよ。

   だって困るじゃないのさ。


政五郎:なんでだよ。


お崎:だってうちにしんさんいるでしょ。


政五郎:!あぁそうか、おめえその若いもんとーー


お崎:【↑の語尾に喰い気味に】

   違うわよ!

   そんなんじゃないの!

   やきもち焼くんだよ、うちの人。


政五郎:なに、やきもち?

    何をそんなにくことがあるってんだ?


お崎:なんでもだよ。

   ほんとに些細ささいな事でくんだ。

   あたしがね、八百屋やおやでもって大根だいこん高いよ、負けなさい、

   って会話しただけで、


熊五郎:おめえ、あの八百屋やおやの奴にれやがったな?

    バカに親しげに話してるじゃねえか。


お崎:小僧こぞうさんみたいな子なんだよ?

   それを相手にさ、れたのなんだのって…。


政五郎:まぁ…それも愛情だ。


お崎:愛情だか何だか知らないけどさ、本当にもう嫌になっちゃうよ。

   そういう人なんだよ。

   こないだもね、み取りの人が来たんだけど、ちゃんと全部

   んで行かないんだよ。

   いつも残るもんだからさ、ぽちゃんとね返ってきておりがくる

   の。


政五郎:はぁ。

    でもな、今は水洗すいせんおもなんだから、そんな話知ってる人は

    だんだん少なくなってくるよ。

    で、どうしたんだ。


お崎:それだからね、いつもちゃんとんで行ってよって言ったらさ、

   お宅は小便ばっかりでしょうがない、うんこがない。


政五郎:お前は何の話をしてんだよ。


お崎:こっから本題なの。

   そこへうちの人が来てさ、何を勘違かんちがいしたのか、


熊五郎:てめえ達二人はあやしい!

    み取りのいい所にれやがった、恋(肥)に迷ってるんだろ!


お崎:なんてさ、洒落しゃれにも何にもなんないよまったく。

   それで出刃包丁でばぼうちょう持ち出してきたんだ。

   み取り屋さん、「ごめんなさぁーーいッ」って逃げちゃった。

   そしたら今度はさ、


熊五郎:何かあったからあやまったんだろう、どうなんだ!


お崎:だなんてもう、大変な事になったんだよ。


熊五郎:はぁー、それでそのみ取り屋はどうしたんだ?


お崎:それきり来ないよ。

   だからみ取りが来なくて困ってるんだ。

   誰か紹介しておくれよ。


政五郎:いるわけないだろ。


お崎:それからあの、肥桶こえおけ天秤棒てんびんぼう置いてっちゃったのよ。

   兄さん引き取ってくれない?


政五郎:誰が引き取るか!

    そんなくさいもの押し付けようとするんじゃないよ!

    そういう話をしに来たんじゃないだろ!


お崎:ああ!そうなのよ!

   それで、うちの人が酔っぱらって早く帰って来ちゃったもんだから

   、とっさに後ろの三畳さんじょうの押し入れ開けて、しんさん入れて隠してね、

   うちの人が寝たら帰そうと思ったんだけど、そういう時に限って

   寝ないんだよ。

   長火鉢ながひばちの前に、こ~~んな大きな越前えちぜんガニみたいに横になっちゃっ

   てね、トロトロトロトロいい出した。

   押し入れの中にいるのは生き物だからくしゃみもすればもこくしね。


政五郎:女のくせにもこくって言い方があるかお前。

    おならをれる、と言いなさいよ。


お崎:たいした違いはないじゃないか。

   それでどうしようもないから、お酒買って来るって言って、

   家を出てここに来たんだ。

   もうどうしていいかわかんない。

   兄さん助けて、後生ごしょう、お願いこのとおり。

   んん~~~~ッ。【両手すり合わせて拝んでいる】


政五郎:そうやってはえみたいにおがんだってしょうがないだろ。

    まったくどうしてお前はそういう事をするんだ。

    考えるとものがよく見えるということもあるよ。

    押し入れの中に隠して亭主ていしゅが寝た所をねらって帰そうという、

    そこまではいいよ。

    もしも寝なかったら、もしも、もしくは、あるいはどっこい、

    どうするんだ?

    そういう事を考えなきゃいけないのに考えられないのが、

    女心おんなごころの浅はかさと言うんだ。

    故人の金言きんげんてのはうまい事言ってんだよ。

    憎まれっ子、夜にはばかりとか。


お崎:どういうこと?


政五郎:憎まれっ子はなんやかんや言われて昼間ははばかりに行けない。

    だから夜中にそっと行くんだ。

    あとは、女は三階さんがい家無いえなしと言ってな、

    わかるか?


お崎:あぁ、高い所にいると用がせないから?


政五郎:そういうことだ。

    二階までだ。

    貞女ていじょ屏風びょうぶにまみえず、

    というのがあってな、

    貞女ていじょは女、亭主ていしゅは男だ。

    貞女ていじょ亭主ていしゅがいて、そこに屏風びょうぶがあると向こうが見えない。

    見えないと色々あるからこれはあいまみえない、

    貞女ていじょ屏風びょうぶにまみえずと、こう言うんだ。


お崎:そうなんだね。


政五郎:だから、ななたび探して人を疑ってはいけないぞとか、

    疑うのははじだとか、色々と知らなきゃならないんだ。


お崎:…分かるけどさ、

   うちの人はさー…


政五郎:【↑の語尾に喰い気味に】

    だから、俺が何とかしてやるってんだよ!

    亭主ていしゅに気づかれないようにうまくやっときな!


お崎:じゃ、じゃあ兄さん、頼んだよ!


政五郎:おう、すぐ行く。


    【二拍】


    ちぇっ、何かってェと俺んとこ来やがって。

    おいおっかぁ、ちょいと。


おかみ:なんだい?


政五郎:ちょいと行って来るから、風呂敷ふろしき出してくれ。


おかみ:どこにあるの?


政五郎:どこにあるのって…お前な。

    家のものをきちんきちんと始末させる為にお前がいるんだ。

    風呂敷(苦しい)時の神頼みてんだ。


おかみ:つまんないねぇ。


政五郎:そういうとこが気に入らねえんだ。

    どこかにあるだろ。押し入れの中とかに。

    あたま突っ込んで探してみろ。

    ほれ早く、早く早く、早くしろ。


おかみ:ったく、しょうがないねえ…。

    【うんうん言いながらごそごそ探している】


政五郎:~~早くしろってえとなんで遅くなるんだよお前は!

    あのな、俺はお前のケツを見たくてそう言うことさせてるんじ

    ゃないよ。

    俺はお前をーー


おかみ:【↑の語尾に喰い気味に】

    はばかりさま!

    うるさいねほんとに。

    あたしだってね、お前さんにお尻を見せたくてこんなことしてる

    んじゃないの!

    こっちへ頭が来るとこっちにお尻がくるんだからしょうがないだ

    ろ!後ろに目はないんだから!


政五郎:お前だってつまんねえこと言ってんじゃねえか。

    いつまでもケツ振って誘うんじゃないよ!

    ほら、そこにあるんじゃねえのか?


おかみ:なんでも使わなきゃ損だと思ってんだから…ほら!


政五郎:言ってろこんちきしょう。

    ってせめてたたんでよこせよ!

    ったく…じゃ、ちょいと行って来るからよ。


おかみ:どこ行くの?

    どこ行くの!?


    どこ行くのーーーーー!!?


政五郎:この野郎、船を見送るような声を出しやがって。

    どこ行こうと勝手だろ、丸くなって寝てろ。


おかみ:丸くなって寝ようと三角になって寝ようと、大きなお世話せわだよ!

    言えないところにでも行くのかい?

    ったくこの、上げしおのゴミ!


政五郎:上げしおのゴミは引っ掛かりたくて流れてんじゃないんだよ!

    上げてくるからスーっと行きたいんだけど、

    そこにくいなんかがあるから引っかかっちゃってな、

    くい(悔い)が残るってのを知らねえんだろこの野郎。


おかみ:だってあたしはね、心配なんだよ。


政五郎:心配なんてうそつきゃがれこんちきしょうめ。

    おとなしく寝てろィ!


    【二拍】


    まったく、女ってぇのは信用できねえや。

    どれ、着いたが…え~~と…、


    あぁなるほど、言う通りだ。

    長火鉢ながひばちの前に越前えちぜんガニがいやがる。


    おうッ!いるかい!?


熊五郎:【酔っぱらってる】

    ?おぉっ!

    政五郎まさごろうの兄貴ぃじゃねえかいぃ!

    よく来てくれたァ!

    こっち、こっちこっち、入ってくんねえ!


政五郎:…何言ってんのか分からねえや、ろれつが回ってねえよ。


熊五郎:さぁ上がってくれ、上がってくれ上がってくれ!

    上がってくれ上がってくれ、ず~~っと上がってくれい!

    ず~~っと上がって裏へ抜けると、長屋ながやかどだぁ。


政五郎:だいぶ酔ってやがんな…。

    じゃ、ちょいと邪魔するぜ。

    だいぶいい心持こころもちのようだな。


熊五郎:いい心持こころもち?冗談じょうだんじゃねえよ。

    面白おもしろくともなんともねえ。


政五郎:そりゃ何でだい。

    悪い酒でもんだのか?


熊五郎:あぁ悪い酒だぁ。

    いい心持こころもちで帰ってきたら、

    うちのかかあが悪い酒にしやがったんでェ。

    聞いてくれよォ!

    聞いて聞いて聞いて!!


政五郎:…似たもの夫婦ふうふだなおい。


熊五郎:俺ァ今日の朝、仕事で横浜に遅くなるよってんで行ったんだ。

    ということはだ、待ってなくてもいいよ、飯食ったっていいよ、

    寝たっていいよって気持ちを伝えてんだ俺ァ!


政五郎:ふむ。


熊五郎:な?それで俺ァ横浜行って仕事したよ。

    そしたらトントントーンって仕事が早く終わっちまったんだ。

    遅くなるよって言ったのに早く帰っちまっちゃ悪いってんで、

    港の見えるあの長い腰かけみたいなとこで横になって寝てるわけ

    にもいかねえ。

    仕事が終わったから我が家と思えばいそいそと家に帰ってガラッ

    と開けて、いま帰ったっつったらこの野郎、なんて言ったと思う

    ?

    「!おまえさん、もうお帰りかい!?」

    なんでェ、もうお帰りだとはよ。

    早くて悪いかっつったら、

    「早くて驚いたよ、早いからもうお。」っつうんだ。

    遅いからおってのは分かる。早いからおってのはどこにある

    っつったら、

    「どこでもあっていいじゃないか、あたしが寝ようってんだから

    寝ようよ。」

    て言うもんだから、それはしてくれよと。

    寝ようよってのは所帯しょたいを持って三月みつきか半年、お互いがまだね、

    何にもわかんなくって珍しくってよ、

    湯から上がってぽっと桃色になって、薄いの着て、

    こうしなだれかかって、寝ようよ、って言われたら

    俺だって寝る気になるよ。

    こいつ見てくれよ、寝る気がどこにある?

    頭は霜降しもふりになっちまって、顔はなんかじゃがいもの皮みたいな

    のになっちまって、手足はごつごつしててよ、あんなのでつかまれ

    たらびっくりしてえちまうよ!

    そんなこう、頑丈がんじょうになっちまった奴が寝ようよって言うんだ。

    兄貴の前だけどね、寝る気になるかい?

    ますます眼がえちまうよ!

    どうしてそういうこと言って亭主ていしゅおびやかすんだと!


政五郎:【つぶやく】

    からみ酒が過ぎるんじゃねえのか…?


    なに、お前さん、おびえてんのかい?


熊五郎:おびえてるんだよ俺ァ!

    何とかしてくれよ兄貴ィ!


    …そういや、兄貴はどうして来たんだい?


政五郎:ん?俺か?

    ああ、ちょいとわきへ行った帰りにめ事があってな、

    そいつを解決して帰ってくる途中だったんだ。    


熊五郎:ほぉ~、どんなの?

    ちょちょちょい、聞かしてくれよ聞かしてくれよ。

    どういうことやったんだい?


政五郎:ああ、ちょいと向こうでな。

    そこのかみさんの頼みなんだけどよ。

    かみさんの亭主ていしゅが朝早く仕事で出かけたんだ。


熊五郎:ほうほう、それはあるある、あるな。


政五郎:で、遅くなるからってんでのんびりしてたら、そこへ亭主ていしゅの友人

    がたずねてきたんだ。

    如才じょさいのないかみさんだからな、

    上がってお茶でもって話をしてるってぇと夕立ゆうだちが降ってきた。

    吹きこまれちゃ嫌だってんで、戸を閉めて二人で話してる所へ、

    そのやきもちきの亭主ていしゅが帰ってきたってんだ。


熊五郎:あぁ~~、そりゃ具合ぐあいが悪いなァ。


政五郎:あぁ具合ぐあいが悪いよ。言ったってわからねぇんだから。

    とっさの機転きてんでかみさんが、押し入れを開けてそこへ亭主ていしゅの友人

    隠して、酔っぱらってる亭主ていしゅを寝かせようとしたが、

    寝ないってんだ。


熊五郎:ほぉ!

    そいつぁ良くねえなァ!


政五郎:ああ、そういうわけだからよ、なんとかしてうまく話をつけて

    きたんだ。


熊五郎:へえ、どうつけたの?


政五郎:亭主ていしゅに分からねえようにして逃がしたんだよ。


熊五郎:どうやって?


政五郎:そこまで言うのかよ…いいだろ。


熊五郎:いいからいいから、言ってくれ言ってくれよぅ!

    どんなのどんなの?


政五郎:どんなのったって、俺ァ別に忍者でもなんでもねえからよ、

    うちから持ってきた風呂敷ふろしきをこう、ばーって広げた。

    あ、そうだ。

    仮におめえをそのやきもち焼きの亭主ていしゅ野郎だとするぞ。


熊五郎:まぁしゃくな役回りだけど、いいよぅ。

    それでそれで、どうしたんだい?


政五郎:ああ、この広げた風呂敷ふろしきをな、亭主ていしゅ野郎のそばへ持って行って、

    ぶわっと掛けちまったんだ。


熊五郎:【風呂敷に巻かれながら】

    おぉぉっ、こりゃこりゃ、何も見えねえな!

    なにしゃべってんのかも聞こえづれえ!


政五郎:で、ぐるぐるっと巻いてな、こうやって頭ぁ抱きかかえて、

    おさえちまったんだ。


熊五郎:あ、兄貴、意外と苦しいよこれ…。


政五郎:で、これならいけるだろうと思ってよ、

    こうやったまんまちょいと伸びあがってな、

    後ろの押し入れの戸を開けたんだよ。

    そしたら中でもって亭主の友人が変な顔してやがるからな、

    【押し入れの中にいる新さんに向かって】

    大体話聞いて様子がどうなってるか分かってんだろお前。

    どうすりゃいいかわかってんなら、ほら早く出ろ出ろ出ろ。


    そう言ってやったんだよ。

    そしたら出てきてよ、頭なんか下げてやがるから、


    【再び新さんに向かって】

    んなことしなくたっていいんだよ。

    忘れ物するんじゃねえぞ!


    なんてこと言ったんだ。


熊五郎:もが、もがが…。


政五郎:んでな、家出て向こうのかどまで行って頭下げて、

    もう見えなくなったから、これなら大丈夫だろうってんで、

    っと!

    【風呂敷を取る】

    風呂敷ふろしきを取ったと、こういうわけなんだよ。


熊五郎:ぶはっ!

    兄貴、さすがにちいと苦しかったよ。


政五郎:おうそいつはすまねえ。

    つい、実演に力が入っちまった。


熊五郎:いやぁ、うまく逃がしやがったなァ。


    だけどその風呂敷ふろしき、大きな穴があいてるよぅ。


政五郎:!?

    【風呂敷を広げて】

    ぬぁッ!!?


熊五郎:おおきな穴があいてるよ。


政五郎:ぉ、おう…大きな、穴はあいてるけど、

    俺の話は分かるよな?


熊五郎:わかるよぅ。

    兄貴の話があんまりうめえから、


    目の前に見えるようだったよ。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


立川談志(七代目)

古今亭志ん生(五代目)


※用語解説


真金町まがねちょう:神奈川県横浜市南区に実在する町の名前。

    すでに故人だが、とある有名な落語家の名人のお宅がある。


憎まれっ子、夜にはばかり:本来は「憎まれっ子、世にはばかる」。

             人から憎まれたり嫌われたりしているような

             者が、案外あんがい世の中ではばをきかせているという

             ことを指す。


女は三階さんかいいえ無し:本来は「女は三界さんがいいえ無し」。

         三界さんがいとは仏教語で、欲界・色界しきかい無色界むしきかい、すなわち

         全世界のことを指す。

         女性は幼少のときは親に、嫁に行ってからは夫に、

         老いては子供に従うものだから、広い世界のどこにも

         身を落ち着ける場所がないという意味。


貞女ていじょ屏風びょうぶにまみえず:本来は「貞女、両夫にまみえず」。

           貞節ていせつな女性は、亡夫ぼうふみさおを立てて、再び別の夫を

           持つことをしない。


ななたび探して人を疑ってはいけない:物を紛失した時、つい人を疑いたく

                 なるものだが、自分で何度も探した

                 上で疑っても遅くはない事をいう。


はばかりさま:はばかさま

       相手の世話になった時、またはちょっとしたことを相手に

       頼む時の挨拶あいさつの言葉。恐れ入ります、ご苦労様。


如才じょさいない:抜け目ない、抜かりない、愛想あいそがいい、機転きてんく。


午の刻:午前11時~13時までの時刻を指す。今でも使われている正午しょうご

    はこれに由来する。


申の刻:午後16時~17時ころの時刻を指す。




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