毛虫 毛虫シリーズ3
毛虫シリーズ3です。1、2を読んでからお読みになることをお勧めしますが、3から読んでいただいても大丈夫です。
そもそも世の中を変えるなんてできるんかな?
今日も公民科の授業で社会科の教師が、「国民主権の意味は、国民一人ひとりが国を変えていく力を持っているということです」と力説してたけど、どうなんだろう。こんな裏金裏金と騒がれてる最中の総選挙の投票率が50パーセントそこそこ。物価高だ、裏金だといっても、みんな諦め?いやそこそこ満足してるんじゃないかな。大体1人の力で何も変わらないし。
始発駅。今日は体育の授業もあってかなりお疲れモード。いつもより早い電車。車内は高校生と年配の人ばかり。よその学校の生徒の隣に、ビミョーにスペースを空けて、他人が座れそうで座れない、かと言って詰めすぎない、そんな感じで座席をキープ。他人の身体が触れるのは嫌だし、かと言って空けすぎると、多少狭くても強引に入られるとピチピチでやってられない。みんなそんな感じで座ってる。近すぎず遠すぎず。
間もなく発車のタイミングで、男性が乗ってきた。キョロキョロしながら自分の方に近づいてくる。細身の体型だけど、まさか女子高生の間には座らないよなあと思っていると、「ちょっとすみません」。詰めるように促し、まさかのシッテング。な、なんなんこの人。座るとカバンの中をゴソゴソ触って、その手を自分の上着のポケットに突っ込んだ。
自動音声が流れ、電車が動き出した。次の駅まですぐ。次の駅は地下鉄との連絡駅なので結構たくさん乗ってくる。高校生が沢山とおばあちゃんたちが5人ほど乗ってきた。ドアが閉まるタイミングで、隣の男はすくっと立ち上がり、数歩進んでおばあちゃん集団の1人を指名するかのように、1人のおばあちゃんの前に立ち、「さあ どうぞ」と有無を言わせぬキッパリモード。おばあちゃんも断れないやろこれはと私が思うぐらい。「新手のナンパか」と思わずにいられないぐらいの指名感。しかし、おばあちゃんも動揺するわけでもなく、何やら言葉を発して頭を下げて座った。顔見知り?その割に男はおばあちゃんに話しかけるでなく、ドア付近に立ち外を見ている。座ったおばあちゃんがカバンを膝の上に置いた。え、この赤いキーホルダーみたいなのって、え、白いクロス。え、確か体の不自由な人のヘルプマーク…。見えてた??
おばあちゃんが小さく息を吐き出した。心地よい吐息。
その瞬間、なぜだか私は立ち上がり、かと言って新種のナンパはできなかったので、一番近くのおばあちゃん2に、「どうぞ」と声を掛けた。おばあちゃん2は「ありがとうございます、@@さん 座ってよ」とおばあちゃん3に声を掛けた。パッと見てもおばあちゃんグループの中では一番高齢なおばあちゃん3。
そんなやり取りを、座席をキープしている高校生たちは、もちろん昨日の私も、見てない。いや見えてない。見えてても見えてない。だって自分に関係ない。自分が疲れてるんだし、自分の方が早く席を確保したんだから。そもそもおばあちゃんはつり輪と一緒。なんの感情も湧かない。え、なんでこんな難しいこと考えるの?疲れてる?
次の駅に着いた。高校生が数人乗ってきた。ドアが閉まった。「キャ」。小さな悲鳴が上がった。なんだ? え、蛾? 蛾が高校生が占拠している座席辺りをゆらゆらと飛んでいる。しかも2匹。1匹が1人の女子高生のスカトートの上に不時着。「いやー」、声をあげて立ち上がりスカートのひだをもち左右に振ると蛾は隣の女子生徒のスカートへ。「怖い怖い」と結構大きな声を出して立ち上がり、2人は座席を離れ、いやいや2人だけでなくグループ4人は座席を離れ別の車両に移ってしまった。座席には蛾が2匹座ってる。
例の男が座席に近づき蛾をつかみ、ポケットに入れた。気のいい声で「ここ空いてますよ」。え、空いてる?空いた?何ですかこの状況。カーブの多い線路でしんどかったのだろう、おばあちゃんたちは口々にお礼を言いながら座った。おばあちゃんというのは大体がなぜかおしゃべり好きだ。「おにいさん、あの蛾はオスかなメスかな?」ニコニコと細身の、あれどっかで見たぞこの顔、えーあの時のイケオジだよね。「さあどうやろね。メスやと思うな」。何を適当なことを言う、どっちでもいいやん、なんなんこの人。「どこでメスってわかるんやろ?」おばあちゃんのツッコミ。「いや メスが2匹でレディガガ」。沈黙。
絶対怪しい。メスが2匹でレディガガ。そもそもアイツがポケットから出したに違いない。ああやって
蛾を使って席を確保した?でも何のため?老人施設の人?蛾の研究者?心理学者?
乗り換え駅に着いた。おばあちゃんたちは降りない。男は降りて4番線のホームで待っていた電車に乗った。私と同じ方向。
高校に入って初めてだ。席を譲ったの。若くても毎日疲れてる。頑張れとか努力とか、夢を求めてとかうんざりだ。揺れる電車で座ってボーっと景色を見てる時だけが心地よい。誰にも干渉されずぼーっと。でもあのヘルプマーク見た途端、思わず立ち上がった。おばあちゃんが座って小さく息を吐き出した音。レールの継ぎ目を通過する音と相まって、すっと耳に入ってきた。うん?あの男、もしかして。
明日も同じ電車に乗ってみよう。そしたらわかるはずだ。そう決めると躊躇なくイケオジと同じ車両に飛び乗った。