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9話 師

「戦い方……ねぇ」


 グリムはポケットからタバコを取り出して、魔法で指先に火を点して、吸う。

 一服してリアラに視線を戻した。


「そんなものを覚えてどうするつもりだい?」

「殺したい人がいるの」

「やれやれ、物騒な話だね。復讐かい? やめておきな。そんなものをしても意味はないし、悲惨な末路を迎えることしかないよ」


 ただのグリムの戯言ではない。

 その言葉には深い想いが込められていた。

 グリムの正体は不明だが、波乱万丈の人生を送ってきたのだろう。


 簡単な一言。

 それだけでも、リアラの心に響くものはあったけれど……


 しかし、最奥に潜む黒い炎を消すことは叶わない。


「あなたの言葉の本当の意味は……わからないよ。私、子供だから」

「なら……」

「でも、このまま、なにもかも忘れることなんてできない。許せない、絶対に許せない……なにがなんでも、どんな手を使ったとしても、絶対に……殺す」


 帝国を潰した騎士を殺す。

 酷い拷問をした者を殺す。

 醜い民を殺す。

 全てを奪ったオーレンを殺す。

 最愛の母を奪った……平和国を殺す。


 殺して、殺して、殺して、殺して、殺して……

 殺し尽くす。

 一人も逃さない。

 血で血を上塗りして、悲鳴に悲鳴を重ねて、涙で涙を洗う。


 そんなリアラの決意を感じ取ったらしく、しかめっ面でグリムはタバコを消した。


「嫌な世の中だね、子供にこんな顔をさせるなんて」

「……教えてくれないなら、それでいい。私は……戦う。助けてくれてありがとう」


 リアラは部屋を出ていこうとして、


「待ちな」


 グリムに呼び止められた。


「今のあんたじゃあ、そこそこ暴れただけですぐに死ぬのがオチさ」

「その時は、アンデッドになってでも戦い続ける」

「……まったく。その頑固さ、誰に似たのやら」


 グリムはひどく懐かしいものを見たかのように、目を細くした。


 ただ、それは一瞬。

 いつもの仏頂面に戻り、二本目のタバコを口にした。


「あたしのことは師匠と呼びな」

「それじゃあ……!」

「辺境でひっそりと朽ち果てていくつもりだったが……これも運命なのかもしれないね。あんたがあたしを望むのなら、それに応えるのが務めだねぇ」

「なんのこと?」

「なんでもないさ。とにかく、戦い方は教えてやるよ。それでいいかい?」

「ありがとう」

「お礼なんてよしてくれ。あたしは、あんたをさらなる地獄に突き落とすんだからね……」


 そのつぶやきは寂しく、悲しそうな感情で満ちていた。




――――――――――




 翌日からグリムの稽古が始まる。


 グリムは老婆とは思えないほどの力を持っていて、リアラが全力を出しても、かすり傷一つつけることができない。

 逆に、投げ飛ばされたり、殴られたり蹴られたり、絞め落とされたり……手痛い反撃に遭う。


 もしもここに第三者がいたのなら、悲鳴を上げていただろう。

 それほどまでに、グリムの稽古は過酷で厳しく、凄惨なものだった。


 怪我をしない日はない。

 骨折は当たり前で、時に、命の危険に関わる怪我を負う。

 それでもリアラが生き延びることができたのは、魔力が上昇したことによる治癒魔法と、2年の拷問のおかげだった。


 グリムの稽古は、文字通り命がけ。

 しかし、2年の間に受けた拷問に比べれば天国だ。


 意味もなく痛めつけられることはない。

 毎日怪我を負うものの、しかし、それは強くなるための勲章のようなものだ。


 意味はある。

 強くなることができる。

 そして、復讐を果たすことができる。


 全てはそのために。


 殴られても、斬られても。

 病気になったとしても。

 命を落としそうになっても。


 リアラは決して諦めず、グリムの元で鍛錬を積んだ。


 そして……

 半年の月日が流れた。




――――――――――




「……」

「……」


 家の裏手で、いつものようにリアラとグリムが対峙する。

 殺気が幾重にも折り重ねられて、ピリピリと空気が張り詰めていた。


「……っ!!!」


 リアラが地面を蹴る。

 風のように前へ出て、右手に持つ黒の剣をグリムに叩きつけた。


 グリムは左足を軸に回転して刃を避けた。

 そのまま反撃の拳を繰り出そうとするが、それよりもリアラの方が速い。


 リアラは剣を捨てて蹴撃を繰り出した。

 黒の剣は意識を逸らすためのもので、あくまでも囮。

 本命はこちらの蹴撃だ。


 鞭のようにしなる蹴撃がグリムの脇腹を捉えた。

 そのまま吹き飛ばして、木の幹に叩きつける。


「はぁ……降参だよ」


 咳き込みつつ、グリムは両手を上げた。

 立ち上がり、治癒ポーションを飲む。


「やれやれ……あんたにはあたしの全てを授けるつもりで稽古をつけていたものの、まさか、半年で手も足も出なくなるなんてねぇ」

「師匠の教えが良かったんだよ」

「敬う気持ちがあるのなら、もうちょっと手加減してほしいものだよ」

「それも師匠の教え。どんな時であろうと、どんな相手であろうと、決して気を抜かないこと。全力で挑むこと」

「まったく……弟子の優秀さに涙が出そうさね」

「師匠。そろそろ、今日の稽古は終わりにしよう? もうすぐ陽が暮れちゃうよ。あと、今日はなにが食べたい? 特に献立は考えていないから、師匠のリクエストを受け付けるよ」


 家事はリアラが担当していた。

 これも稽古だ、とグリムに押し付けられたのだ。


「そうさね、今夜は……」

「師匠?」


 ぴたりと、不意にグリムの動きが止まる。

 明後日の方向を見つめたまま動かない。


 その瞳はどこか虚ろで……


「ごほっ、げほっ!」

「師匠!?」


 グリムは血を吐いて倒れた。

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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新作を書いてみました。
【氷の妖精と呼ばれて恐れられている女騎士が、俺にだけタメ口を使う件について】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
― 新着の感想 ―
[気になる点] グリム婆さんは元勇者PTの闘士とかかね。
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