8話 美味しいごはん
「……ぅ……」
リアラはゆっくりと意識を取り戻した。
目を開けると知らない天井が映る。
続けて顔を動かして周囲を確認した。
丸太を組んで作られたログハウスだ。
部屋は広く、壁一面に本棚が並べられている。
その手前に机。
「ここは……うぐっ!?」
体を起こすと、芯に響くような鋭い痛みが全身を貫いた。
自分を抱きしめるようにして、背を丸くして、悶える。
悲鳴をあげなかったのは、よくわからない意地だ。
これ以上泣いてたまるものかという、運命に対する反抗のようなもの。
「おや。ようやく起きたみたいだね」
「あなたは……」
部屋の扉が開いて老婆が姿を見せた。
髪は白に染まり、深いしわが刻まれている。
ただ、背筋はまっすぐ伸びていた。
歩き方もおぼつかないということはなくて、しっかりと床を踏み、力強さを感じさせる。
「くっ……!」
「だから、動くんじゃないよ」
「え」
気がつけば老婆が目の前にいて、リアラは、トンと額を指で押された。
たったそれだけのことで体から力が抜けて、再びベッドに寝てしまう。
「今、なにを……」
「体の重心をちょっとズラしてやっただけさ。誰にでも通用する技じゃないが、弱っているあんたには効果てきめんだろう?」
「……」
「ほら、食べな」
ぶっきらぼうに言いつつ、老婆はサンドイッチが乗せられた皿を差し出してきた。
リアラは再び体を起こして、ゆっくりと皿を受け取る。
それから、じーーーっとサンドイッチを見つめた。
「毒なんて入ってないよ」
「……信じられない」
「あのね……殺すつもりなら、もっと簡単にやれるよ。それに、あんたを助けたのはあたしだよ」
「あなたが……?」
言われてみると、体中は酷く痛むものの、死の予感やどうしようもない悪寒を感じることはなくなっていた。
いつの間にか、そこそこに綺麗な服を着ている。
めくってみると、その下に包帯。
怪我の手当の跡が見えた。
「……どうして、私を助けてくれたの?」
全身傷だらけで、ぼろぼろで。
それでいて、老婆に対しては黒の剣を顕現して、刃を向けた。
普通に考えて助けてもらえるわけがない。
騎士団に通報するか、そのまま見捨てられるか、その二択だろう。
「……別に。ただの気まぐれだよ」
「気まぐれ、って……」
「ほら、さっさと食べな。それだけ話せれば、食べる気力もあるだろう? 食べるものを食べないと、傷は治らないよ」
「あ」
言うだけ言うと、老婆は会話を一方的に打ち切り、部屋を出て行ってしまった。
リアラは少し迷い、空腹に負けてサンドイッチに手を伸ばした。
恐る恐る口に運ぶ。
「……美味しい」
自然と涙がこぼれた。
この2年、リアラはまともな食事をとっていない。
カビの生えたパン、腐ったスープ、泥水……そんなものばかりだ。
「美味しい……美味しいよぉ……」
リアラはぽろぽろと涙を流しつつ、ゆっくりとサンドイッチを食べた。
――――――――――
「ここは……どこかな?」
まともな食事を食べたことで体力が少し回復して、ゆっくりだけど歩いて動けるようになった。
窓から外を見ると、なにもない平原が遠くまで広がっていた。
村のどこかにある一軒家だと思っていたが、ここは村ですらないらしい。
「おや、歩けるくらいには回復したのかい」
「っ!?」
突然、老婆の声が聞こえてきて、リアラは猫のように飛び上がる。
扉の開く音が聞こえない。
それだけではなくて、気配をまったく感じなかった。
まるで幽霊だ。
驚いたリアラは、反射的に黒の剣を顕現させてしまう。
しかし、老婆は慌てることなく動揺することもなく、自然体のままだ。
「なんだい、それであたしを斬るつもりかい?」
「……怖くないの?」
「怖くないね」
老婆は迷うことなく答えた。
「その剣は確かに厄介だ。とんでもない代物だ。ただ、扱う者がなっちゃいない。あんたが使っている限り、脅威にはならないよ」
「……っ……」
老婆の言葉に、リアラはついついカチンと来た。
脅威にならない?
それは目が曇っていないか?
この剣で、何人もの騎士を切り捨てた。
オーレンもあと少しのところまで追い詰めた。
それなのに……
「なら……確かめてみてよ」
気がつけば、リアラは老婆に斬りかかっていた。
攻撃の予備動作を見せない、完璧な奇襲だ。
間違いなく刃が届いた。
……そう思っていた。
「え?」
次の瞬間、リアラは宙に舞っていた。
くるっと宙で回転して、床に転がる。
したたかに背中を打ち付けて、一瞬、息ができなくなった。
「かはっ……な、なんで……」
「なんでもなにもあるものかい。そんなわかりやすい攻撃、子供だって避けられるよ」
そんなはずはない。
現に、自分は何人もの騎士を斬ってきた。
この老婆が異常なのだ。
そう……異常に強いのだ。
「あなたは、いったい……」
「そういえば、まだ名乗ってなかったねえ。あたしは、グリム・テイラー。しがないババアさ」
「普通の人には思えないよ」
「なら、なにに見えるんだい?」
「……怪物」
卓越した剣士か、それとも熟練の格闘家か。
グリムの『武器』はわからないものの、相当なレベルに位置していることがわかる。
「口の悪い子だね。それで? あたしが怪物だとしたら、どうするんだい? 逃げるかい?」
「ううん」
リアラは、そうすることが定められていたかのように、自然に言葉を紡いだ。
「私に戦い方を教えて」
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