40話 届かないもの
「……リアラちゃん……」
リアラが内包する果てしない憎悪に触れて、フィルローネはかける言葉を失う。
同時に、悟る。
彼女を説得することは不可能だ。
「フィルローネ、もういいだろ」
マイトが前に出た。
鉄甲をつけて、ガチンと鳴らす。
「やっぱり、そいつは魔女なんだよ。魔女になにを言っても無駄だ、言葉なんざ通じるわけがねえ。拳で黙らせるのが一番だ」
「思うところがない、なんてことは言えません。でも、リアラさんは、すでにこれだけの惨劇を引き起こしている。それは、決して許されることではありません。彼女のことを想うのなら、ここで止めてあげるのが私達のやるべきことです」
リーナも杖を構えた。
いつでも魔法を撃てるように魔力を溜める。
「いくぜ!」
「まって、マイト!? リアラちゃんは……」
フィルロ―ネの制止を無視して、マイトは前に出た。
悪である魔女を討伐するために、自慢の拳を叩き込もうとした。
彼女に必要なのは救いではない。
救いなんて与えてはいけない。
同情すべき部分はあるかもしれないが、しかし、それ以上に罪を重ねすぎた。
許せるわけがない。
それなのに、この期に及んでリアラを救おうとするフィルローネは甘い。
……ただ、マイトは勘違いをしていた。
フィルローネはリアラを救おうとして、制止しようとしたわけではない。
そうではなくて、マイトの身を案じてのことだった。
「我は願う。血を喰らいたい、魂が欲しい。そのために必要なものは、無慈悲な断罪の刃。故に顕現せよ……魂喰ラウ刃<ソウルイーター>」
リアラは漆黒の剣を右手に顕現させた。
それを見て、マイトはわずかに迷う。
おそらくは魔法で作られた剣。
高い威力を秘めている可能性がある。
真正面からぶつかるのは得策ではない。
「うらぁあああああ!!!」
しかし、あえてマイトは真正面から突撃した。
(あの剣はやべえ。見ているだけで背中が震えてきやがる。でも、直撃を食らわなければいい。俺の鉄甲は、攻撃だけじゃなくて、攻撃を捌くことで防御にも優れている。斬撃を受け流して、リアラの懐に潜り込む。そのまま一撃……だ!)
敵の攻撃を受け流して、逆に痛烈なカウンターを叩き込む。
今回が初めてではなくて、今まで、何度となくとってきた必勝の戦術だ。
(相手が魔女だとしても!)
リアラは剣を振る。
目の前に迫る斬撃に、マイトは鉄甲の位置を合わせた。
問題ない。
タイミングはバッチリだ。
斬撃が鉄甲に触れた。
マイトは絶妙なタイミングで鉄甲を傾けて、リアラの斬撃を受け流して……
「なっ……!?」
受け流すことができない。
漆黒の刃は、鉄甲を紙のように斬り裂いて、そのままマイトの腕も叩き落した。
「がっ……」
激痛が走り、マイトは顔をしかめた。
しかし、まだだ。
まだ負けたわけではない。
残った腕をリアラの頭部に叩き……
「……っ……」
叩きつけるよりも先に、リアラが第二撃を放つ。
超高速の斬撃。
マイトはそれを知覚することができず……
その首が飛んだ。
――――――――――
「……?」
マイトを殺した後、リアラは、ふと違和感を覚えて自分の手を見た。
わずかに震えている。
なぜだろう?
毒は……受けていないはずだ。
そもそも、度重なる拷問で毒に対する耐性を獲得しているため、今更、麻痺毒なんてものは効果がない。
リアラの知らない毒の可能性もあるが、マイトがそれを使っていた様子はない。
単純に手が震えていた。
「……まあいいや」
リアラは手の震えを強引に抑え込み、リーナに刃を向ける。
「次はリーネだね」
「……」
「あれ? どうしたの?」
「……よくも」
「うん?」
「よくも……よくもっ!!!」
怒りに吠えるリーネは、魔法の詠唱を始めた。
それを見て、リアラはやれやれと肩をすくめる。
「人に復讐をするな、とか言っておいて、いざ自分の番になったらこれか。やれやれだね」
「うるさいです、魔女め! マイトの仇、私が……」
「遅いよ」
リアラの姿が消えて……
次の瞬間、リーネの背後に。
一瞬で死角に回り込んだリアラは、そのまま漆黒の剣を振る。
ザンッ!
肩から腹部までを斬り裂いた。
「……っ……!?」
リーネはまともな悲鳴を上げることもできず、倒れて、そのまま命を落とす。
意識があったのは一瞬。
ほぼほぼ即死だろう。
「これで二人」
リアラは淡々とつぶやいた。
「?」
再び手が震えていた。
本当になんだろう?
病気だろうか?
この件が片付いたら、一度、チェックした方がいいかもしれない。
そんなことを思いつつ、リアラはフィルローネに向き直る。
「マイトとリーネは死んだよ。フィルローネはどうする?」
「……」
フィルローネは、リーネのように怒りに囚われるのではなくて、ただただ、悲しそうにしていた。




