4話 堕ちた聖女
「見よ! これが悪の最後だ! 悪が最後に辿る道であり、待ち受けている絶対的な結末だ! だがしかし、私は彼女に感謝しよう。その身をもって、悪であることの悲惨さを教えてくれたのだからな。どうしようもない、救いようのない悪女ではあったものの、その点を教えてくれたことだけは感謝しよう。故に、最後に慈悲をくれてやる……はぁっ!!!」
オーレンが剣を抜いて、一閃。
炎に包まれていたマリアの首が落ちた。
それは血を撒き散らしつつ地面を転がり……
リアラの目の前にやってきたところで止まる。
「……」
「……」
もう動かなくなった母と目が合う。
母が死んだ。
唯一、残された家族。
最愛の人。
それが、たった今。
無惨に、残酷に、無慈悲に……殺された。
母がなにをした?
流行病の時も飢饉の時も、母は率先して民のために行動した。
自分の身を削るようにして働いた。
それなのに、その民は母の死を喜んでいる。
当然の報いだと笑っている。
「……マ……マ……」
首だけになった母を見たリアラは、呆然とつぶやいて……
それから、なにか黒いものがふつふつと湧き上がるのを感じた。
それは憎しみだ。
それは絶望だ。
リアラは、今の今まで民を信じようとした。
いつかわかってくれると、そう思っていた。
どんな酷い拷問を受けても、それでも、心はまだ清らかな聖女でいられた。
そんな彼女を支えていたのは、愛する母の存在だ。
いつかまた、母に会うことができる。
優しい笑顔で頭を撫でてくれる。
そう信じていたからこそ、リアラもまた、人々を信じることができた。
心が絶望に染まることはなくて、憎しみを抱くこともなかった。
しかし、その母は……たった今、失われた。
とても無惨な方法で殺されてしまった。
もう、リアラを押し止めるものはない。
彼女の枷は解き放たれて……
この2年間、溜めに溜め込まれていた憎悪、絶望、悲しみが解き放たれる。
「あぁあああああアアアアアァァァァァァっ!!!!!」
それは悲しみの涙ではなくて。
憎しみの叫びでもなくて。
誕生の産声だ。
「こいつ、おとなしくしろ!」
近くにいた兵士が、突然叫ぶリアラを剣の柄で打ち据えようとした。
……それよりも先に、リアラの呪が紡がれた。
ガラガラにかすれた声で、しかし、ハッキリと憎悪を言葉にする。
「嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ。みんな嫌いだ、死んでしまえ。私は歌う、死の喜びを。破滅を賛美して、絶望を受け入れよう。終わりの炎をここに……悪夢ノ炎<ナイトメアフレア>」
リアラを中心に、天まで届くほどの黒い炎が立ち上がる。
それは周囲にいた兵士達を一瞬で骨まで焼いて、灰すら残さない。
「あなたに幸せを。あなたに笑顔を。あなたに安らぎを。神よ、私は願います。この者の心に花を咲かせることを。そのための光をここに……神聖光<ブレス>」
続けて、リアラは治癒魔法を唱えて、己自身を治療した。
2年の拷問でボロボロになっていた体は、時間を戻したかのように元に戻っていた。
ただ、血で赤く染まった髪はそのままだ。
しかし、リアラはそれで構わないというかのように、さらに呪を紡いで、己を縛る手枷足枷を壊した。
「なっ……ば、バカな!? いったい、どうやって魔法を……」
「それよりも、この威力はなんだ!? おかしいぞ、こんな魔法を使えるなんて聞いたことがない!」
2年の拷問で受けた傷を完治する魔法などない。
複数の人を跡形もなく燃やし尽くす魔法なんてない。
あまりにも威力が高すぎる。
明らかな異常事態に、兵士達はただただ愕然として、足を止めていた。
……彼らは気づいていない。まるで自覚していない。
リアラに超常的な力を与えたのは、彼ら自身なのだ。
魔法は想いを紡ぐ力。
心の力を具現化して、現実を書き換える奇跡だ。
故に、強い想いを持つ者ほど強い力を持つ。
リアラはとても優しい子だったため、聖女と呼ばれるほどの力を持っていた。
そんな子が絶望して、果てのない憎しみを抱いたら?
2年の間、常人なら1日と耐えられないような拷問を受け続けて。
それでも人々を信じていたけれど、酷い裏切りを受けて。
あまつさえ、最愛の母を目の前で無惨に殺された。
リアラの絶望と憎悪は計り知れない。
そして、それが彼女に強大な力を与えていた。
「ええいっ、なにをしている!? 悪を見逃すつもりか!? その聖女……いや、魔女を討てっ!」
「は、はい!!!」
オーレンの喝で兵士達は我に返り、一斉に武器を構えた。
しかし、今のリアラにそんな鉄のなまくらが通用するはずがない。
今の彼女は、果のない絶望と憎悪により、魔王に匹敵する力を手に入れたのだから。
「苦しめ、泣き叫べ、命乞いをしろ。私が願うのは、お前達の破滅。魂すら残さず、全てを喰らってみせようではないか。煉獄よ顕現しろ……滅ビノ旋律<イクリプスディザスター>」
無造作に振るわれたリアラの手の平から、紅の斬撃が飛び出した。
それは、リアラに襲いかかろうとしていた兵士を、鎧ごと真っ二つにする。
それだけで終わることはなくて、紅の刃は周囲にいた民を飲み込んだ。
十人近い民が巻き込まれて、悲鳴を上げる間もなく絶命した。
なにが起きたのか?
悪逆非道の限りを尽くした憎い皇族の最後を見に来たはずなのに、なぜ、自分達が殺されているのか?
民は現状を正しく認識することができず、呆けたように黙ってしまう。
そんな中、
「あはっ……ふふふ、あははは……あはははははははははははっ!!!!!」
リアラの笑い声だけが響き渡るのだった。
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