39話 地獄
「皇族に伝わる秘密を話せと、鞭で打たれたよ。たった一回で肉が裂けて血がにじんで、骨に響くような痛みだった。私は止めて、ってお願いしたけど、止めてくれなかった。秘密を話せ、皇族の居場所を教えろ。そんな知らないことを言うように強制されて、でも、答えることなんてできない。何度も何度も鞭で打たれて、全身の皮が剥がれ落ちてしまったようになって……声が枯れるほどに悲鳴をあげて、ずっと泣き続けたんだ」
「でも、鞭打ちなんて生易しいものだったんだ、って後でわかったの」
「今度は裸にされて、水に沈められた。知っている? 息ができないって、すごく苦しいんだよ。痛いじゃなくて、苦しい。これ、耐えられないんだよね。痛みは悲鳴をあげてごまかせばいいけど、水の中だからそれもできないし……本能的な危機感がすごいんだよね。このままだとまずい、って思うけど、でも、なにもできない。繰り返し、窒息寸前まで水に沈められるんだ」
「たまに、楽な時はあったかな? 手足の爪を剥がされた時。細い金具を指と爪の間に入れて、ビリビリってやるの。すごく痛いよ? 泣いて叫んで、お願いします、って訳のわからない懇願をしちゃうくらい。でも、鋭い痛みが一瞬で、後は鈍痛だけ。だから、比較的楽な方だったかな? でも、両手足で計20回あるから、やっぱり楽じゃないかも」
「それと……」
――――――――――
「……っていうところかな?」
囚われている間、私が受けた拷問について、半分くらいを語り終えた。
フィルローネ、マイト、リーナの三人は、素直に話を聞いてくれていた。
信じてくれたかな?
たぶん、信じてくれたよね。
だって、ものすごく顔が青い。
想像して、うげぇ、ってなっちゃったんだと思う。
「リアラちゃん、は……そんな日々を、過ごしていたの……?」
フィルローネが震えつつ、そう尋ねてきた。
「だね。ただ、これでもわりと控えめに話したつもり。実際は、三倍くらいエグいかな?」
「そんな、こと……」
「痛くて苦しくて辛くて……ほんと、酷い日々だったよ。でも、ね? それ以上に許せないことがあるの」
私に対する拷問は耐えることができた。
どうにかこうにか心が壊されずに済んだ。
でも……
「ママは、生きたまま火炙りにされたんだよ?」
「……っ……」
「それを見て、誰も彼も楽しそうに笑って、当然の報いだって笑って……最後は首を斬り落とされた」
リアラは当時のことを思い返した。
あれからしばらくの時が経つけれど、今でも鮮明に覚えている。
過去に戻るかのように、当時の光景を脳裏に思い浮かべることができる。
その度に怒りが燃え上がり、憎悪が湧き上がる。
「許せる? 許せるわけがないよね? じゃあ、殺さないと。私をいじめて、ママを奪ったこの国の人間、全てを逆に殺してやるの。奪ってやるの。だって、そうしないと不公平だよね? 私だけやられっぱなしなんて、納得できないよね?」
「そんなことは……決して許されることじゃないわ。リアラちゃんの話が本当だったとしても、罪のない人だっている。そんな人を巻き込むなんて……」
「罪のない? ママが殺されるところを見て、ざまあみろって笑っていた人達に罪はないの? 直接、手をくださなければ、なにをしてもいいの?」
「それは……でも、殺されるほどの罪じゃないわ」
「殺されるほどだよ。私は、絶対に許せない」
「それでも、復讐なんてダメよ」
フィルローネは、リアラをまっすぐに見て言う。
ありったけの想いを込めて。
彼女のことを考えて。
本心でぶつかる。
「復讐なんて意味はないわ。憎い相手を殺したとしても、リアラちゃんのお母さんが帰ってくるわけじゃない。たぶん、後に残るものはなにもない。得られるものはない。ただただ、虚しさに包まれるだけよ」
「それに、リアラちゃんのお母さんは、あなたが復讐をすることなんて望んでいないわ。それよりも、どこか離れた場所で平穏に生きることを望んでいると思う。そのためなら、私は、リアラちゃんの味方になるわ。穏やかに生きられる場所を一緒に探す」
「復讐は復讐を生むだけよ。リアラちゃんに殺された人にも大事な人がいる。大事に想う人がいる。その人が新しい復讐者になるかもしれない。殺して、殺されて……そんな悲しいことを繰り返すだけ。意味なんてないわ」
フィルローネは必死にリアラを説得した。
一時とはいえ、パーティーを組んだリアラと戦いたくない。
そんな思いを抱いていた。
ただ、それだけではない。
リアラに幸せになって欲しい。
そのことを心の底から思い、復讐なんて止めてほしいと願っている。
彼女のことを本当に想っているのだ。
「……そっか」
リアラは、フィルローネの想いを感じ取ることができた。
その想いに嘘はないと判断した。
……しかし。
フィルローネの言葉は、リアラの心になにひとつ響かない。
「私は、復讐を止めるつもりはないよ」
「リアラちゃん……!」
「意味があるとか、意味がないとか。正しいとか、正しくないとか。そういうのは、本当に、どうでもいいの。心底、どうでもいいよ」
「なにを……」
「私がどうしたいか? そこが一番、大事だと思うんだ。で……私は、この国の全てが許せない。なにをしても、なにをされても、どんなことがあっても、許すことはできない。だから……殺す」
リアラはにっこりと笑う。
それは天使のように可憐な笑みなのだけど……
底の知れない憎悪が込められていた。
「英雄王は殺す。四賢者も、もちろん殺すよ。帝国を裏切り、平和国に加担した貴族達も殺す。平和国を信じて、恩恵を受ける者も殺す。男も女も。子供も老人も。なにもかも、全員、殺す……斬り刻んで、磨り潰して、それらを魔物の餌にして、それから魔物ごと燃やし尽くして灰にして、魔法で吹き飛ばして見えないくらいに粉々にして、なにもかも、この世界から消し尽くしてやる!!!」
「私は!!!」
「この国が世界に存在することを、絶対に、認めないっ!!!!!」




