38話 最後の対峙
「……これで一人目」
悲鳴をあげず、完全に事切れたドルガを見て、リアラはニヤリと笑う。
時間はかかったけれど、四賢者の一人を最高の方法で殺すことができた。
文句なしの成果と言えるだろう。
「じゃあ、後はあなた達で楽しんでね♪」
ドルガが死んでもなお、操られている兵士達は攻撃を続けていた。
その命令を解除することなく、リアラは地下室を後にする。
階段を登りながら、ふと思い出す。
「そうそう。この街も、ちゃんと掃除しておかないと」
土の都の住民は、何事もない様子で平和を甘受している。
家族と笑い。
子供を抱きしめて。
愛する者と幸せな時間を過ごしている。
「そんなもの、ぶち壊さないとね♪」
彼らの平和は、帝国の崩壊の上に成り立っているものだ。
民のために尽くしたリアラを魔女と罵り。
母を殺した暴君達を英雄と讃えて。
ころころと手の平を返す、厚顔無恥な生き物。
それが、この都に住む民達だ。
リアラに言わせれば、害虫よりも質が悪い。
だからこその掃除だ。
なにもかも壊して、無に返して……そして、殺す。
そうすることで、初めて前に進むことができる。
もしもここにドルガがいたのならば、無関係な人々を巻き込むのはやめなさい、とリアラを諭すだろう。
ただ、リアラから言わせれば無関係なんてことはない。
皆、帝国の崩壊を望み。
リアラと母の血を求めていた。涙を願っていた。
そして、平和国という偽善に偽善を重ねた国の恩恵を受けて生きている。
それだけで敵だ。
リアラにとって、倒すべき敵で……
復讐の対象なのだ。
憎い。
憎い。
憎い。
私は全てを奪われたのに、奪った側はのうのうと平和に生きている。
そんなことが許されるだろうか?
例え神が許したとしても、リアラは許さない。
故に、虐殺を始める。
「安心して。死体はアンデッドにして、有効活用してあげるから♪」
リアラはバルコニーに移動した。
街を見下ろすと、あちらこちらで火の手が上がっている。
未だ暴動は鎮圧されていないのだろう。
くすりと笑いつつ、リアラは手の平を街へ向けた。
「とりあえず、あの辺を派手に吹き飛ばして……」
「アリアちゃん」
「……っ……」
最近、聞き慣れるようになった声に、リアラはピクリと小さく震えた。
振り返ると、フィルローネ、マイト、リーナの姿があった。
それぞれ、警戒の表情を浮かべていて……
その警戒はリアラに向けられていた。
あぁ、そうか。
彼女達は気づいたのか。
リアラは小さく吐息をこぼす。
「どうしたの、みんな? 怖い顔をして」
大根役者だな。
そんなことを思いつつ、リアラはアリアを演じて、問いかけた。
「正直に答えて」
「なにを?」
「……この惨劇を引き起こしているのは、アリアちゃんなの?」
「どうして、フィルローネはそう思うの? 私がなにかするところを見たの?」
「見たわ」
フィルローネは固い表情で続ける。
「アリアちゃんが、領主様達を……」
「へぇ」
リアラは感心した。
戦闘に集中していたとはいえ、フィルローネ達の気配を感じることができなかった。
Aランクパーティーは伊達ではないらしい。
「見ていたのに助けなかったんだ?」
「私達が見たのは、もう……ほとんど終わりだったから」
リーナが悲しそうに寂しそうに言う。
「信じられなかった、信じたくなかった。でも、アリアちゃんは……魔女なのよね?」
「そうだよ」
「なんでだよ! なんで……俺達を騙していたのか!?」
「うん、騙していたよ」
さらりと言い切るリアラに、マイトはショックを受けたような表情になる。
「みんなに近づいたのは、Aランクパーティーという名声を利用するため。おかげで、わりと簡単に領主の懐に潜り込むことができた。ありがとう」
「ぜんぜん嬉しくないわね……」
「そう? けっこう、本気で感謝しているんだけど」
「アリアさんは……いいえ、リアラさんは、これからどうするんですか?」
「この街を壊すよ♪」
リアラはとても楽しそうに言う。
事実、土の都が壊滅したところを想像すると、それだけで心が躍る。
快楽すら得てしまいそうなほどの幸せを覚えた。
「そんな……どうして、そんな酷いことを……」
「リーネ、フィルローネ。こいつは魔女だ。魔女のやりたいことなんて、俺等にはわからねえよ」
「それは、でも……理由を教えてください! なにか事情が……」
「え? 復讐をしたいだけだよ?」
それ以外に理由なんてない。
深い事情なんてない。
平和国を許せない。
だから、殺して壊す。
たったそれだけの理由なのだ。
「はっ、なにが復讐だ! 国を奪われたことを根に持っているのか? そもそも、魔女であるお前達、皇族が原因だろうに! 逆恨みもいいところだぜ」
「そっか」
リアラは笑う。
にっこりと笑う。
「なにを聞かされているかわからないけど……私は、がんばったんだよ? 毎日毎日、魔力が枯渇するまで人々の治療を続けて、聖女らしくあろうとしたの。本当にがんばったんだよ?」
「嘘だろ。そんな話、聞いたことねえよ」
「マイトがそう信じるなら、それでいいよ。でも、私にとっての真実は違うの。私は、聖女しての務めを最後まで果たそうとして、がんばり続けて……それで捕まった」
当時のことを思い返して、リアラはわずかに顔をしかめた。
思い返すだけで吐き気がする。
心臓の鼓動が激しくなる。
頭痛と目眩もした。
胸元に手を置いて、心を落ち着けて……
『地獄』を語る。




