35話 四賢者の力
リアラの力があれば、ドルガの屋敷に入ることができた……彼の懐に潜り込むことができた時点で終わりだ。
毒を盛ればいい。
あるいは不慮の事故を作り出せばいい。
ドルガがいかに強者であろうと、敵と認識していない相手からの攻撃を防ぐことはできないだろう。
それでも。
リアラは、そういう手を取ることはない。
毒殺?
事故死?
なんてつまらない。
なんてくだらない。
簡単に死なせるわけにはいかない。
私が全てを奪われて絶望をしたように。
ドルガの全てを奪い、絶望の底に叩き落してから殺すのだ。
故に、リアラは、まずは力でドルガを叩き伏せることにした。
「私、この時を待っていたんだよ? ずっと、ずっと、ずっと、ずぅぅぅっと……あはっ♪ やっと殺せる。やっと殺せる。あぁ、もう。すごく嬉しくて、どうにかなっちゃいそう」
リアラは漆黒の剣をドルガに向けた。
そして、片手をくいくいとやり挑発する。
「さあ、やろう? 無惨に、無様に、残酷に殺してあげる♪」
「魔女めぇっ!!!」
ドルガは力強く床を蹴り、リアラに向けて突撃した。
怒りの咆哮を発しているものの、しかし、芯は冷静なまま。
歩法や視線でフェイントを織り交ぜつつ、リアラに接近。
丸太のような腕を叩きつける。
それは、拳でありながら鉄を砕くことができる一撃だ。
正義を示し、悪を断罪する。
「んっ」
リアラは漆黒の剣でドルガの拳を受け止めて……
しかし、全ての力を受け流すことができず、吹き飛ばされてしまう。
宙で体勢を整えて。
重力が横になったかのように、壁に足から着地した。
リアラにダメージはない。
ただ、手が多少痺れたらしく、不思議そうに自分の手を見る。
それから、笑み。
「やるね」
「私の拳は正義を執行するためにある。悪である魔女が逃れられると思わないことですね」
「正義、ね……なら、その正義の力をもっと見せて? あなたが正しいって、あの行いが……ママを殺したことに問題はないって、示してみせて。ほら、ほら。ほらほらほらほらほら……私に教えてみせてよぉっ!!!」
正義、正義、正義。
正しい行い、悪を断罪、平和のために。
平和国の者は、どいつもこいつもそんなことばかり口にする。
反吐が出る。
怒りを通り越して嫌悪感が湧いてきた。
誰もが嫌う虫を見た時のような、そんな感情。
リアラは笑い、そして怒り……
今度は攻勢に出た。
リアラは重力を無視して壁を走る。
魔力による身体能力強化。
それと、魔力操作により自身にかかる重力を変えてみせるという、誰も成し遂げたことのない偉業を見せていた。
「なっ……!?」
まったく予想していなかったリアラの行動に、ドルガの反応が遅れる。
その隙にリアラはさらに距離を詰めた。
剣の間合いを獲得するが……
漆黒の剣を振ることなく、さらに加速。
剣で斬るのではなくて、そのまま殴りつけた。
「これで、おあいこ」
リアラはニヤリと笑う。
ただ、すぐに顔をしかめた。
「でも……痛いね。あなたの体、鉄でできているの?」
「私の体は神に祝福されています。あなたのような悪しき力が届くことはありません」
「へぇ、そうなんだ」
「……なぜ、笑うのですか?」
攻撃が通じないと知り、それでもリアラは笑みを崩していない。
より一層、楽しそうにしていた。
「私は、あなたをただ殺したいだけじゃないの。あなたが信じる正義を砕いて、神様の祝福を踏み潰して……拠り所をするものとを全部、ぜーーーんぶ壊してから、それから殺したいんだよ。だって、そうでしょ? そこまでしてあげないと不公平だもん。私は、あれだけ酷いことをされたんだ……そしてママは、もっともっと苦しんだ。簡単になんて殺してやらない、とことん、徹底的に、ギリギリのところまで追い詰めて、どうか殺してください、って泣いて懇願するまでいじめてあげる♪」
「愚かな……貴様は力を手にしていたとしても、そこに大義はない。復讐などと筋違いの恨みに囚われた愚者に、私を倒すことなどはできません」
「なら、試してみよう? ほらほら、まだまだいくよ!」
リアラは床を蹴り……
しかし、その目的はドルガではなくて、彼に付き従う兵士だった。




