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33話 剛拳

 魔物は人に近い形をしていた。

 ただ、その肌は赤黒く変色して、右足が膨れ左足は萎んでいるなど、体のバランスはめちゃくちゃだ。


 両手を床について四足で移動して、鋭い牙を獲物に突き立てる。

 あるいは槍のような鋭い爪で対象を貫く。


「確かに見たことのない魔物ですが……我が正義、あなた達が砕けると思わないでいただきたい」


 ドルガは拳を腰だめに構えた。

 両足でしっかりと床を踏み、魔力を全身にみなぎらせる。

 それは可視化できるほどの強烈な魔力量で、白いオーラが立ち上がっていた。


 いつでも動けるようにしつつ、兵士達は彼の後ろで待機。

 この場合、下手に加勢すれば邪魔をしてしまうということを兵士達は知っている。


「……」

「……」


 ドルガと魔物が対峙する。

 牽制するかのように睨み合い……


「むぅんっ!!!」


 ドルガが先に動いた。

 一足で魔物の懐に潜り込み、右拳を叩き込む。


 それは、破城鎚に匹敵する一撃。

 どれだけ強力だったとしても。

 どれだけ異質だったとしても。

 直撃を受けた以上、耐えられるわけがない。


「ゥルグ……!?」


 人間には認識できないような、悲鳴らしきものをこぼしつつ、魔物が吹き飛んだ。

 壁に激突して、そのまま崩れ落ちる。


 魔物の腹部には、ドルガが作り出した大穴が空いていた。

 それを見て、兵士達がどよめく。


「す、すごいっ……俺達の剣はまるで通らなかったのに、拳であんなことができるなんて!」

「さすがドルガ様だ! いける、これならいけるぞ!」

「……いいえ、まだです」


 湧き立つ兵士達とは別に、ドルガはあくまでも冷静だった。


 相手は未知の魔物。

 ならば、腹部を貫かれたくらいでは死なないかもしれない。

 急所である頭部、あるいは胸部を狙わないとダメかもしれない。


 いや。

 もしかしたら、頭部も胸部も急所ではなくて、まったく別のところに存在するのかもしれない。


 確実な死を確認していない。

 それにまだ嫌な感じがした。


 勘ではあるが、ドルガは魔物がまだ死んでいないと判断して、構えを解かない。


 その勘は正しい。

 彼の力は英雄王に劣るものの……

 しかし、その隣に立って戦うことができるほどの実力者なのだ。

 数々の修羅場をくぐり抜けてきたのだ。

 積み重ねられてきた経験が戦場の空気を感じ取っていた。


「ルゥ……オォオオアァ……!!!」


 腹部を貫かれた魔物は絶命していない。

 ゆっくりと起き上がり、怒りに燃える瞳をドルガに向けた。


 仲間意識もあったのだろう。

 他の魔物達は様子を見ているだけだったが、続々と前に出てきた。


 仲間がやられかけたことで、同時に戦わないと厳しい相手……強敵と認識したようだ。


「む」


 ドルガの視線が一瞬、迷う。


 目の前の相手を兵士達に任せて、残りを相手にするべきか?

 それとも、確実にトドメを刺してから残りを相手にするべきか?


 安全を考えるのならば後者だ。

 しかし、その間に兵士達が傷ついてしまうかもしれず……


「ドルガ様! 他の連中は私達にお任せください!」

「倒すことは叶わないかもしれませんが、時間稼ぎくらいはできます!」

「あなた達……」


 兵士達はドルガを信頼していた。

 心の底からの忠誠を捧げていた。


 なればこそ、今、自分にできることをする。


 残念ながら、自分達に魔物を倒す力はない。

 時間稼ぎが限界。


 でも、今はそれでいい。

 ドルガに確実に魔物を仕留めてもらう。

 その間、自分達はドルガが囲まれないように敵を足止めする。


 もちろん危険はあるだろう。

 しかし、敬愛する主のためだ。

 多少の危険なんて気にするところではない。

 むしろ、この命を捧げられると思えば喜びすら覚えた。


「……わかりました」


 ドルガはすぐに決断を下した。


 大事な部下達が自分のために命を賭けてくれている。

 そこまでの忠義を捧げてくれていることを、ドルガは心の底から感謝した。


 そして、強く決意する。


「ですが、誰一人、死んではなりません。これは命令です」


 民はもちろん、部下達も守ってみせる。

 絶対に……だ。


「「「はっ!!!」」」


 ドルガの想いに応えるように、兵士達の凛とした声が響いた。


 そして……


「……心魂掌握<メンタルプリズン>……」


 わずかな雑音が紛れ込んだものの、それに気づく者は誰もいない。

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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新作を書いてみました。
【氷の妖精と呼ばれて恐れられている女騎士が、俺にだけタメ口を使う件について】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
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