31話 復讐の始まり
「ふぅ」
銀翼の希望を招いた夕食会を終えて。
自室に戻ったドルガは、心地いい気分で追加の酒を嗜んでいた。
普段、彼は酒はあまり飲まない。
飲みにしても少量だ。
ただ、今日くらいはいいだろう。
忌まわしい元帝国兵を捕らえて、事件を解決することができた。
そして、素敵な者と出会い、話をすることができた。
機嫌を良くしたドルガは、ゆっくりとグラスを傾けて酒を口に運ぶ。
「し、失礼しますっ!」
一人、のんびりとくつろいでいると、館の兵士が慌ただしい音と共に駆けつけてきた。
若干、ドルガは不機嫌になるものの……
しかし、すぐに考え直す。
館で働く兵士達は、力だけではなくて、礼儀作法もそれなりに躾けられている。
その兵士が、ノックも忘れてしまうほどに慌てているのだ。
よっぽどのことが起きたに違いない。
ドルガは叱責を止めて、気持ちを切り替えて、兵士に尋ねる。
「どうしたのですか?」
「そ、その、それが……」
兵士の口から告げられたのは、あまりにも予想外の言葉だった。
「ぼ、暴動です! 街で民による暴動が起きていますっ!!!」
――――――――――
始まりは、とある民家だった。
どこにでもあるような普通の家。
家族も、特筆するようなことのない、ありふれた人達だ。
強いて挙げるのならば、家長である父親が鉱山の占拠事件に巻き込まれ、人質となっていたこと。
ただ、その問題は解決した。
Aランク冒険者パーティー『銀翼の希望』によって元帝国兵達は捕縛されて、無事、人質となっていた父親は帰ってきた。
人質となっていたこと。
事情聴取を受けたこと。
それらのせいで疲労が溜まっている様子ではあったが、怪我や病気をしているわけではない。
一晩、ぐっすり眠れば良くなるだろう。
家族はそう思っていたのだけど……
夜。
ふと、眠っているはずの父親がリビングに姿を見せた。
寝ていなくていいの?
そう心配する家族に、父親は無言で暖炉の火かき棒を手に取り……
……家族を虐殺した父親は外に出た。
これだけでは足りない。
もっと人を殺さなくては。
混乱を巻き起こさなくては。
訳のわからない破壊衝動に襲われた男は、手当たり次第に人を襲い始めた。
止めに入る者、親しい友人などが説得を試みたものの、全て血に染まる。
警備の兵士が現れ、すぐに男を取り押さえようとした。
しかし、兵士では歯が立たないほどに異常に強く、逆に返り討ちに遭う始末。
なにかがおかしい。
兵士は応援を求めようとして……
そこで気がついた。
街のあちらこちらで火の手が上がっていることに。
それと同時に、悲鳴が聞こえてくることに。
おかしくなったのは男だけではない。
他にもたくさんの者が異常をきたし、魔物のごとく暴れ回っていた。
――――――――――
「ふふ」
部屋のバルコニーに出たリアラは、炎が広がりつつある街を見て微笑む。
現在、街で起きている混乱……それは全てリアラによるものだ。
人質になっていた者、全ての魂を掌握した。
彼らはリアラの操り人形だ。
夜。
遅い時間になると同時に、無差別な破壊を繰り返すように『設定』しておいた。
簡単に制圧されたら困るので、同時に強化魔法も発動するようにしておいた。
限界を超えた身体能力を引き出すことができる。
とはいえ、なにも準備なしに限界なんて超えたら、必ず反動が来る。
具体的に言うと、肉体が壊れる。
暴れられるのは1時間程度といったところだろう。
「でも、それで十分」
リアラは視線を横にやる。
そこには、領主の館と併設して建てられた、土の都の騎士団支部があった。
騎士団支部は蜂の巣を突いたような大騒ぎだ。
武装した騎士が次々と街へ繰り出している。
見ると、領主の屋敷からも兵士が出動していた。
この事態を見過ごすことはできないと、ドルガが私兵の派遣を決断したのだろう。
「うんうん。予定通り」
なにもかもリアラが思い描いた通りに進んでいた。
ゴォン! という轟音が響いて、領主の屋敷が揺れた。
それもまた、リアラの計画に含まれていた。




