30話 幸せになってほしい
「ふぅ……」
フィルローネは酔いで頬を赤くしてて、やや足元がふらついていた。
リーネの肩を借りて中庭に移動して、夜風を浴びる。
「ちょうどいい風ね」
「もう……飲み過ぎですよ」
「だな」
後をついてきたマイトは少し呆れ気味だ。
「俺でさえ、そこまで酔っていないっていうのに」
「仕方ないでしょー。私だって、飲みたい時は思い切り飲みたいのー」
「やれやれだな」
「もう……なにか嫌なことでもあったんですか? 依頼は成功したのに」
「嫌なことじゃなくて、良いこと……よ♪」
フィルローネは嬉しそうに笑う。
しかし、その言葉の意味がわからないマイトとリーネは不思議そうにした。
「アリアちゃんのこと♪」
「アリアがどうかしたのか?」
「もしかして、アリアさんのパーティー加入が嬉しくて? でも、まだ正式な返事はいただいていませんけど……」
「だいじょーぶ! アリアちゃんなら、絶対に加入してくれるから!」
「どこからその自信がくるんだ……?」
「まあ、私も加入していただけたら嬉しいですけどね」
マイトとリーネは、アリアのことを考えて顔をほころばせた。
アリアは強い。
たぶん、自分達の誰よりも強いだろう。
しかし、強いだけでパーティーがうまくいくとは限らない。
力は重要だ。
ただ、それ以上に互いを信じる心が大事だ。
パーティーとは、互いに支え合い、背中を預けることができる信頼を得なければいけない。
それが得られなければ連携はうまくいかず、あっという間に崩壊するだろう。
しかし、今回の依頼は問題なく成功した。
一名、人質に被害が出てしまったけれど……
事件の規模から考えると、成功と考えていいだろう。
実際、ドルガから咎められることはなく、むしろ称賛された。
即席のパーティーで、ろくに訓練をしていない。
それなのに、互いが互いのやるべきことをして、信じて、依頼を達成することができた。
実はとても相性がいいのでは? なんてことを考えてしまう。
そう考えると、マイトとリーネも、フィルローネのように自然と笑みを浮かべてしまう。
「私、アリアちゃんに惚れたわ!」
「えっ」
「冒険者として、っていう意味よ?」
「なんだよ……」
「ほっとしてません?」
「うるせえ」
マイトがそっぽを向いて、リーネがくすりと笑う。
「アリアちゃんがいれば、銀翼の希望はさらに一歩、高みに登れると思うの」
「だな」
「依頼を終えたばかりで浮かれているのかもしれませんけど、うまくいく予感しかありません」
「でしょう? でも……私は、無理強いはしないつもり。絶対に加入してもらう、ってことは考えていないの。アリアちゃんが断るなら、その意思を尊重するつもりよ」
「おいおい、それでいいのか? あんな逸材、これから出会えるかどうか……」
「この最大限の幸運を活かすべきでは?」
「そうなんだけどね。でも、アリアちゃんが嫌がることはしたくないの」
フィルローネは遠くを見る。
その視線の先に、街の灯りが広がっていた。
ぽつぽつとした小さな光は、地上に降りた星のよう。
宝石のように綺麗で。
冬の太陽のように温かい。
その輝きに惹かれることはあるけれど、しかし、独り占めにしたいとは思わない。
アリアの翼を奪うなんて、絶対にダメだ。
彼女は自由に飛ぶからこそ輝いている。
「アリアちゃんの意思を最大限、尊重したいの。だって……あの子には、幸せになってほしいから」
「……そうだな」
「ですね」
マイトとリーネは、それぞれ頷いた。
フィルローネも。
そして、マイトとリーネの二人も、アリアが影を抱えていることに気づいていた。
その影がどういうものか、どういう感情なのか、それはわからない。
ただの予想でしかないが、とても辛い目に遭ったのだろう。
まだ子供なのに親はおらず、冒険者なんてものをしていることがその証明だ。
アリアに仲間になってほしい。
しかし、それ以上に幸せになってほしい。
それが三人の共通の想いだった。
妹みたいで。
娘みたいで。
血は繋がっておらず、出会ったばかりではあるが、家族のように思っている。
そんな相手の幸せを祈り、願うことは、三人にとって当たり前のことだった。
「パーティーに正式に参加してくれれば、私が絶対に幸せにしてあげるのに♪」
「それ、どちらかというと、俺の台詞じゃないか?」
「え……マイトさんって、年下趣味だったんですか……?」
「ちげーよ!?」
「マイト……年下の子が好きなのはいいとしても、アリアちゃんをそういう目で見るのはどうかと思うわよ?」
「だからちげーよ!」
「私、ちょっと騎士団に行ってきますね」
「なら、私は冒険者ギルドで除名の手続きをしてくるわ」
「お前らなぁ!?」
フィルローネとリーネが楽しそうに笑う。
それを見て、マイトも笑う。
今、ここには笑顔があふれていた。
確かな幸せがあった。
しかし……彼らは気づいていない。
リアラが求める幸せは、その笑顔の中に含まれていないのだ。
リアラが欲する幸せは、平和国の血と涙と悲鳴。
それ以外のものはなにもいらない。
そのことに彼らは気づいていない。
気づくことができないでいた。
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「さあ、始めよう。ここから、私の本当の復讐が始まる」




