28話 毒を招く
「ありがとうございました。あなた達のおかげで鉱山は解放されて、人質達を助けることができました」
領主館の客間。
再び足を運んだリアラ達は、ドルガから丁寧な感謝の言葉を受けた。
Aランクパーティー『銀翼の希望』は、不当に占拠された鉱山解放の依頼を請けた。
そして、鉱山を占拠する元帝国兵達を捕縛。
不幸な事故があり、人質の一人が死亡する事態になってしまったけれど、他は問題なく、依頼を達成することができた。
その功を労うために、ドルガは『銀翼の希望』一行を館に招いたのだ。
「ありがとうございます」
「いいえ……その、私達は犠牲者を出してしまいました。依頼は失敗したに等しいかと」
「……ごめんなさい」
リアラは申しわけなさそうに頭を下げた。
それを見て、フィルローネ達は難しい顔になる。
捕縛した元帝国兵の一人は、失敗した時の保険にあらかじめ自爆装置を体に巻き付けておいた。
その爆発に巻き込まれ、人質の一人が帰らぬ人になったのだ。
常識で考えて、そこまでするなんて誰も予想ができない。
フィルローネも考えていなかった。
リアラに非はない。
あるとしたら、あの場を任せたフィルローネにあり、また、『銀翼の希望』全員の責任だ。
そう諭したもののリアラは落ち込んだまま。
フィルローネ達もどう接していいか迷い、心のケアは成されていない。
……もちろん、全てリアラの演技ではあるが。
「いいえ、気になさらないでください。確かに、人質の一人が亡くなったことはとても悲しいことですが……しかし、あなた方がいなければ、さらに多くの犠牲者が出ていたことでしょう。あなた達は、一人を助けられなかったのではなくて、残りの十人近い人質を助けることができたのですよ」
「領主様……ありがとうございます」
「「ありがとうございます!!」」
領主の言葉に感銘を受けた様子で、フィルローネとマイトとリーネの三人は深く頭を下げた。
それを見て、リアラも頭を下げる。
「頭を上げてください。あなた達は、私にとっての英雄です。英雄殿にそのようなことをさせてしまうなんて、とても失礼なことです」
「はい、ありがとうございます」
「ところで……この後の予定はどのようになっているでしょう? もしよろしければ、歓待の宴を開きたいのですが」
「そんな。そのようなことをしなくても……」
「言ったでしょう。私にとって、あなた達は英雄なのです。なればこそ、英雄をもてなさなければなりません。せめてもの感謝の気持ち、可能ならば受け取っていただきたいのですが……あぁ、もちろん、それとは別に依頼料はお支払いいたしますが」
「えっと……」
フィルローネは仲間の方を見た。
マイトとリーネは、賛成と言うように頷いていた。
リアラもまた、二人に続いて頷く。
ドルガは純粋な厚意で歓待を申し出てくれている。
それを断るということは、彼の名誉を傷つけるだけではなくて、真心も否定することになってしまう。
……なんてことを、フィルローネは考えたのだろう。
ややあって笑顔で頷いた。
「ありがとうございます。ぜひ、参加させていただきます」
「よかった。では、さっそく準備を……と言いたいところですが、実はすでに進めておりまして。ほどなくして夕食ができるでしょう。我が家の料理長が心を込めて作る料理を堪能していただければ」
「手際がいいんですね」
「これでも領主を務めておりますので」
二人は小さく笑う。
「ただ、もう少し時間がかかりますので……それまでは、やや無粋ではありますが、依頼についての詳細をお聞きできれば」
「ええ、もちろんです。それと、可能でしたら、こちらからも質問をいいですか?」
「かまいませんよ」
そして、銀翼の希望とドルガの間で情報交換が行われる。
ドルガは、フィルローネ達がどのようにして事件を解決したか?
その詳細な流れを聞いて……
それと、最後に依頼料と必要経費の調整をした。
フィルローネは、メンバーを代表して事件のその後を尋ねた。
人質となっていた人々の健康状態など。
そして、犯人の元帝国兵の処置。
元帝国兵は、現在、領主の館にある地下牢に囚われているらしい。
そこで尋問が行われているという。
本来ならば、それは騎士団の役目だ。
国に仕える騎士が犯罪者を裁く。
しかし、鉱山の不法占拠の犯人は元帝国兵という、非常にデリケートな存在だ。
決して逃すわけにはいかず……
また、一つでも多くの情報を得て、他に仲間がいるのなら確実に捕まえなければいけない。
なによりも魔女に繋がる情報が欲しい。
故に、元帝国兵はドルガのところに送られて、尋問を受けていた。
「……と、いうわけなのです」
「なるほど、ね……まさか、魔女が関わっているかもしれないなんて」
「魔女って、アレだよな? 帝国の皇女で、人を騙していた大罪人だよな? 半年前に処刑されなかったか?」
「マイト、これは他言無用ですよ? 領主様は、私達を信じて話してくれたんですから」
「はい。すみませんが、絶対に漏らすことのないようにお願いいたします。民が知れば、パニックを誘発するかもしれませんからね」
「……でも、あえてそんな話をするっていうことは」
リアラはドルガを見た。
彼は神妙な表情で頷く。
「……はい。今回の事件、魔女が関わっている可能性があります」
「そう……ですね。魔女の情報が流れてきたタイミングで、元帝国兵による鉱山の占拠……偶然の一致なのか、それとも……」
「あるいは、魔女の仕業かもしれません。そうなると、情報は正しいことになり……この土の都が災厄に襲われるやもしれません。それだけは絶対に避けなければなりません。そのための力を、引き続き貸していただきたい」
「……」
フィルローネは即答を避けて、しっかりと考えた。
半年前に処刑されたはずの皇女。
元聖女が魔女に堕ちて、悪魔のような所業を繰り広げているかもしれない。
それが本当なら見過ごすことはできないが……
しかし、相手の力が不明だ。
元聖女なのだから、それなりの力を持っているだろう。
ただ、戦闘に特化しているわけではないから、戦えば負けることはないと思う。
ましてや今、アリアという秘密兵器がいる。
ただ……なぜだろう?
嫌な予感がした。
背中が震えるような悪寒がする。
「おいおい、なに迷ってんだよ? 俺達『銀翼の希望』は、こういう時のために冒険者になったんだろう?」
「騎士団で対処できないことを、私達で……その理念を叶えるために、私は、このパーティーに参加しています」
「それは……」
二人の言うことは正しい。
とても正しいことで納得できる。
……しかし、嫌な予感は消えてくれない。
「わかりました。断言はできませんが、できる限り力になると約束します」
嫌な予感は消えていないが、フィルローネはドルガに協力することにした。
彼の話が本当なら放っておくことはできない。
土の都に災厄が降り注ぐというのなら、どの道、ここをホームとしている以上、衝突は避けられないだろう。
そんな判断をしたのだけど……
フィルローネは、それが過ちであることに気づいていない。




